【18】胸に突き刺さる。

 レイズ城に着いた頃には日が暮れてしまっていた。馬車を元の場所に戻して、俺たちは歩いて城の裏口へと向かった。


 レイズ城は、城の周囲360度を大きな塀で囲まれている。正面にある正門は、客人や商人が出入るする扉であり通行書がなければ基本的には通れない。もちろん、その正門には当然のごとく三名の門番がいる。そこに配属されるのは兵士歴が浅い新人が多く、俺も数年前まではその場所を主戦場としていた。

 そして、塀の裏口には、正門の半分程度の大きさの扉があり、そこは城内部のものが利用する一般の商人や客人は通れない扉があった。俺たち兵士が遣いに出る際やメイドたちが買い出しに行く際はこの場所を通る。ここには一人の門番がいる。ただその人は兵士ではない。“ゲンさん”と呼ばれる老人だ。本名は知らない。俺が城に来た頃からいて、ずっとこの裏口の門番をしている。昔から城に勤める人から言わせれば、生きた化石。ずっと同じ場所にいて退屈しないのかと常に不思議に思っている。


「今晩はゲンさん」


 イローナがいつもと変わらぬ態度で挨拶をした。俺もその調子に合わせて続ける。


「兵士ビリーフ、只今戻りました」

「おう、ご苦労さん」


 ゲンさんもいつも通りの返事をくれた。長く勤めていれば城の人間の顔と名前を覚えるもの。しかしゲンさんのすごいところは、入ったばかりの新人でさえ一度会えば記憶するその記憶力だ。だからこそ、裏口の門番を任せられているのだろう。

 ただ、今回ばかりはその記憶力が俺たちには厄介なのだ。


「ん、その子はどこの子だい?」


 予想していたとおりにゲンさんはホワイスの存在に気づいた。イローナも俺もここまでは想定内。事前に打ち合わせしたとおりにイローナが言葉を続ける。


「実はこの子、近くの森で道に迷っちゃったみたいで」

「それじゃ家に届けてあげた方が良いんじゃないか?」

「それが、人見知りなのか口をきいてくれなくて。それにもう日が暮れてしまってますし、一晩城の中で休ませてあげようかと」

「ああ、なるほど。それじゃ仕方ない。まあイローナが面倒見てくれるんなら大丈夫だろう」

「ありがとう、ゲンさん」


 どうやらすんなり通れそうだと思いきや何歩か歩みを進めたところで「ビリーフ」と、俺だけ呼び止められた。振り返るとゲンさんが手招きをしているので、ゆっくりと近づく。するとゲンさんは俺にしか聞こえないぐらいの声量で言った。


「事件の方はどこまでわかったんだい?」


 心臓を指先でトンと突かれたような感覚だった。

 城の中で俺がレン王子を殺害した犯人を捜す命を受けたことを知っているのは、あのアブソリューティに参加した人物以外には存在しないはず。もちろん事情を話したイローナ意外は。


「何のことですか?」

「隠しても無駄だよ。ワシには大抵のことは筒抜けなんだから」


 ゲンさんは誰かを貶めたり、自分の利益だけを考えて行動するような人物ではない。ましてやモラーリのように情報の等価交換を求めてくることはないだろう。それは俺がこのレイズ城に来てからの付き合い。ゲンさんへの信頼は、城に勤めるものは皆同じように抱いているはずだ。


「どうして知ってるんですか? ゲンさん」

「なにビリーフたちが昨日朝から城を飛び出して馬車を飛ばしていくのを見たら、誰だって今回の事件に関わっているんだろうなって思うだろう」


 確かに、普段は滅多なことがない限り城を離れることがない一等兵の俺が、城を飛び出して行けば不思議に思う。俺がイローナとともに城を出たのを目撃したのは、恐らく後を付けていたエルケット軍隊長と門番のゲンさんぐらいだろう。

 こそこそするつもりはなかったが、あまり大々的に犯人捜しをすることができない状況。俺が城を離れた時点で、事件に関わっていることは誰でも想像がつく話だった。


「ゲンさん、申し訳ないのですが、俺もヴァチャー王からの命を受けている身。ゲンさんと言えどもお話しできないんです」

「まあそうだろうよ。いやいや、ちょっとした興味本位さ。ビリーフを困らせるつまりはない。ただまあ、なんだ。ワシもレン王子が亡くなったことはショックでな。レン王子がこの国を治める時代は、きっともっと良い国になっただろうにって思うと無念じゃないか、なあ……」


 ゲンさんのもの悲しげな表情を見たのは初めてだった。それだけレン王子のことを思っていたのだろう。


「その無念。俺がきっと晴らして見せます」

「ああ、頼りにしてるよ。ビリーフ。お前はいずれエルケット軍隊長をも凌ぐ兵士に慣れるだろう。ワシが認めてやるよ」

「そんな……ありがとうございます」


 畏れ多いとは思いながらも、ゲンさんの言葉は胸に突き刺さった。俺はゲンさんを熱い握手を交わしその場を後にした。

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