【17】勝手な言い草。
「ちょっと来て」
突然立ち上がったイローナが、俺の腕を掴んで外へと連れ出そうとする。
「なんだよ」
「ちょっと話がある。――ごめんグレメル。ちょっとだけ待っててもらえる?」
「あ、はい。私は大丈夫です」
「ホワイスも、ね」
イローナの優しい言葉とは裏腹に、俺の腕を掴むイローナの力は鎖で巻かれたようにビクともしない。ホワイスは不満そうではあったが、俺は後ろ髪を引かれる思いのまま家の外へと連れ出された。
玄関の扉を閉めてから、イローナが声を潜めて言った。
「こうなったら、もう突っ走るしかないわ」
「突っ走る?」
「そうよ。もう探偵ごっこは終わりにして、本人に直接ぶつけるしかないわ」
イローナが言っていることは、恐らくモラーリから貰った写真のことだろう。この写真を見せれば、相手の動揺を誘うことはできる。しかし、写真と事件とを結びつける決定的な証拠はない。下手をすれば、こちらが危うい立場にもなりかねないのだ。
「無理だよ。いくら写真があるとはいえ、まだ相手を追い詰めるには証拠が足りない」
「そこは信じるしかないわ」
「信じるって何を?」
「エルケットさんたちを、よ」
エルケット軍隊長もこの事件を解決すべく動いている。それは目が覚めた時に聞いていた。しかし、具体的なことは何も話してくれなかったはず。
確かにエルケット軍隊長は俺にとっては最も信頼できる人物の一人だが、自分に利用して自ら調査をしていたことに関しては、どうしてもしこりが残る。クレイスにしてもそうだ。結局二人は何をしようとしているのだ。エルケット軍隊長はクレイスの力を使って、犯人を捕まえようとしているのだろうか。
もし仮に、クレイスにもホワイスのように人が嘘をついているかどうかを判断する力があり、その力を使って犯人を見つけることができる。エルケット軍隊長はそれを以前から知っていた。だから、クレイスの力を必要とした。
それならなぜエルケット軍隊長は、クレイスの持っている力を知っていたのか。その結論は、俺でもすぐに紐解けた。二人は以前から知り合いだった。だからクレイスも素直について行ったのだ。二人の信頼関係は、俺でも知らない昔の時代にあったのだろう。
「なあ、もしかしてエルケット軍隊長から、何か聞かされてるんじゃないのか。俺には黙っておけって前置きして」
俺の予感は当たっていた。イローナも珍しく申し訳なさそうにして答えた。
「軍隊長命令だからね。でもこの際、もう黙っていてもしょうがない。――実は、エルケットさんが昔クレイスさんたち魔女をあの村へと
「まさか……」
「時間もなかったし、詳しくは聞けなかったけど、クレイスさんからしたら恩人に当たる人。その恩を今回返そうとしているんじゃないかな」
「その返そうとしていることって?」
「そこまでわからない。ただ、さっきホワイスがやって見せた嘘を見破る魔法を使おうとしているんじゃないかって思う」
イローナとこうして考えが一緒になるのは、これまでも何度かあったでの大きな驚きはない。それに今回ばかりは、話さえ理解していれば誰でも想定できる可能性だ。
「そうだな。もしかしたらクレイスさんは、ホワイスとは違って相手に触れずともその判断ができるかもしれない。もしそれができたら、エルケット軍隊長は、誰がレン王子を殺した犯人なのかを見つけることができる。おそらくもう城中の人間ひとりひとりに対して、尋問みたいなことをしているかも」
「そこまで大きな行動はできないと思うけど、クレイスさんの魔法の力がどれ程のものなのか判断できない以上、考え得る可能性は想定しておいた方が良いわね」
「わかった。それなら一刻も早く、城に戻ろう」
俺はそう言って、ホワイスを呼びに家の中へと戻ろうとすると、イローナが再び俺の腕を掴んだ。
「待って」
「今度はなんだ?」
「あたし、お城に着いたらウィスドンさんに会ってくる」
ウィスドンに会うということは、グレメルが夜中の世話役を交代したこをの裏付けをするということか。確かに、まずはグレメルが本当に嘘をついていないかを確かめておいた方が良いのかもしれない。
「わかった。俺も――」
「ううん、ビリーフはホワイスと一緒にエルケットさんを探して」
「どうして?」
「ウィスドンさんがいる場所には心当たりがあるの。ただ一人の方が動きやすい。ホワイスを連れてだと変でしょ?」
「いや、それは俺も同じだろ」
「あんたとホワイスなら城に迷い込んだ女の子を保護したってことで、なんとかなるでしょ」
“なんとかなる”とは勝手な言い草だ。本心は“なんとかしろ”ということなんだろう。とはいえ、反論したところで勝算はないので、仕方なく頷く。
「わかったよ。それじゃ城に着いたら俺はエルケット軍隊長を探す。イローナはウィスドンさんと話したら、メイド室で待っててくれ」
冷静になって考えてみれば、ホワイスはいわばクレイスから預かっているようなもの。それを押し付け合うのは間違っている。むしろ一緒にいて、何かがあれば守らなければいけない。それが本来の俺の役目だ。
イローナの態度に触発され反発してしまった自分を、俺はすぐに後悔した。
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