【15】第一発見者の証言。

 玄関の扉を開けると、それは殺風景という言葉が一番に出てくるような光景が広がっていた。レイズ城の中にある各部屋を俺はいつも見ていた。当然それが特別なものという認識はある。しかしどうしても比較対象して見てしまう。色で例えるならレイズ城の中は虹色で、グレメルの家は灰色だ。少しばかりホワイスたちが住んでいる魔法で造られた家の中と似ていたが、物がほとんどないという点が大きく違っていた。


「こっちよ」


 イローナに案内され部屋の奥に進むと、木製のベッドに腰掛ける女の子の姿が見えた。その子が俺たちの姿を見て立ち上がろうとすると、慌ててイローナが止めに入る。


「グレメルは座ってて大丈夫だから」

「でも……」


 申し訳なさそうにこっちを見てくる。俺も小さく会釈をしてから声をかけた。


「初めまして、レイズ城で一等兵として勤めているビリーフと申します。この度の事件の調査を国より命じられて今、この場にいます。あ、この子は親戚のホワイス。ちょっとした事情がありまして、自分が預かっているんです」

「……こんにちは」


 俺の背後に身体半分を隠して、小さな声で挨拶をするホワイス。どうやらホワイスは初対面の相手には警戒をするらしい。いわゆる人見知りというやつ。俺の時は少し違ったが。


「わざわざ、こんな遠くまでお越しいただいてすみません。グレメルと申します。イローナさんの後輩で、レン王子のメイドとして勤めておりました」


 丁寧にお辞儀をするグレメル。俺も自然と頭を下げていた。

 彼女が精神的大きなショックを受け、自宅療養をしていることは聞いていた。しかし聞いていた以上に彼女は憔悴しきっているように見えた。かわいそうな話だが、再びメイドとして働くことは難しいだろう。彼女自身も同じように思っているに違いない。だからこそ、俺はあの時のことを思い出させるようなことを訊いて良いものかと、俺の中で再び迷いが生じた。事件から四日が経っているとはいえ、まだまだ心の傷は癒えないはず。無理に押しかけることさえ、本来なら控えるべきだ。

 ただ、今は千載一遇の機会。恐らくイローナが間を取り持ってくれなければ、グレメルと会って話をすることはできなかっただろう。


「急な訪問だったのに申し訳ございません」

「いいえ、本来ならすぐに話さなければいけない立場。こうしてお暇をいただいてしまっているのも、王家に仕える身としてあってならないのです」

「良いのよ、別に。あなたは深く捉えすぎよ」


 すかさずイローナがフォローに入ると、グレメルは頭を振るって言った。


「ですが、私は事件の第一発見者。すぐにでも見たこと全てを正直に話さなければいけないのです。それがレン様のメイドとしての勤め。それに……レン様の葬儀にも参加できなかったのですから、レン様のメイドとして失格です」


 言葉のひとつひとつはしっかりと聞き取れる。正直なところ、ショックを受けた影響で何も話すことができないという状況も想定していた。イローナが一目置いているを話していてのも頷ける。グレメルはとても優秀なメイドだったのだろう。


「それじゃ、事件当日のこと。覚えている範囲で話してくれますか?」


 そう言うと、一瞬だけイローナの鋭い視線を感じ取った。それでも俺は反応することなくグレメルの言葉を待っていると、言葉を噛みしめるかのようにグレメルは語り出した。


「あの日は、いつも通りの朝を迎えたはずでした。私は陽が昇る前に起きて自分の身支度を済ませると、すぐにレン様のお部屋に向かいました。レン様は他の王家の方々よりも早起きというのはビリーフさんもご存じですよね」

「ええ、レン様が毎朝城内にある書庫で読書をされているという話は知ってます」

「そう、時には私よりも早く起きていらっしゃることもありました。レン様の勤勉さは私たちも舌を巻くほど。国の歴史や動植物の書物を中心に、最近では小説や魔女に関する本をよく読まれておりました」


 魔女という言葉がグレメルの口から漏れた瞬間、ホワイスのことをみると、意外にもホワイスはおとなしくグレメルのことを真っ直ぐ見つめているだけだった。俺は逸れかけていた話を元に戻そうとグレメルに言葉をかける。


「レン王子の部屋に向かう途中で、誰かに会いましたか?」

「いいえ、誰にも会いませんでした。ただ、レン様の部屋の扉が少しだけ開いていたのを覚えています」


 扉は開いていた。それはつまり密室ではなかったということ。今更密室であるかどうかは重要ではない。しかしそれでも俺の中では、犯人の逃走経路が扉であるという可能性が考えられるということで、魔法という特殊な力を使って逃走した線を疑わなくて済むことにはなる。それはそれで重要なことだ。


「レン様が扉を開けたまま就寝されることは、今までに一度もありませんでした。だから何だが嫌な予感がして……」


 グレメルはそれ以上の言葉を呑んだ。俺もイローナもその後のことは実際に目にしている以上、問い詰めるようなことはしなかった。ただ、俺にはグレメルに対して、どうしても聞いておきたいことがあった。


「グレメルさん。ひとつだけ聞いても良いですか?」


 再びイローナの鋭い視線が俺を襲う。それでも俺はグレメルへの視線を外さないように、強い意志を持って返答を待つ。


「はい」

「ありがとうございます。――まず、レン王子が就寝する前、最後に会話をしているのもあなたですよね」

「そうです」

「それではその時、レン王子の言葉や仕草に違和感を覚える様なことはなかったですか?」


 探偵の鉄則。被害者の最後の言葉や行動から何かしらの手がかりを掴む。とても重要なことだ。するとグレメルは答えた。


「いいえ、いつも通りでした。ただ……コップ一杯の水を用意した意外は」

「水、ですか」

「はい。喉が渇いているから水が欲しいと、就寝される前に頼まれお渡ししました。もちろん、普通の水ですよ」

「レン王子は薬など寝る前に飲んだりすることは?」

「いいえ、私の知る限りでは」

「あたしも聞いたことはないわ」


 イローナが口を挟む。

 それではなぜ、あの日に限って水を頼んだのか。あの日は特別空気が乾燥していたというわけではない。喉の渇きの原因が空気の乾燥ではないのなら、考えられるのはひとつだった。


「レン王子は、深夜に誰かと会う約束をしていた。だから水を頼んだ。話をするだけで人は喉が渇くものだろう」

「そうかしら、それはいくらなんでも安直過ぎない?」

「いいや、会話の相手がレン王子にとって緊張するような相手だったらどうだ」

「緊張するような相手?」

「そう。例えば……目上の相手」


 そう言った途端、イローナと視線が合った。お互いに想像している人物は同じだろう。


「でも待って。例えそうだったとしても、その人物が犯人という証拠にはならないわ」

「確かにそうだな。でも当時あの部屋にコップなんて置いてなかった。それはつまり犯人がコップを片したんだ。もしかしたら割ってしまったのかもしれない。そうじゃなかったとしても、レン王子が深夜に誰かと会っていたという事実を隠したかったからこそ、コップを現場から持ち去った。それ以外に考えられない」


 犯人像は少しずつ見えてきている。すでにモラーリから貰った写真から事件当日の夜にレン王子とブルーノ王子、そしてレドクリフが会っていたことは判明している。そしてグレメルに頼んだ水の証言が、その写真の信憑性を高めてくれた。

 しかし、レン王子を殺害したという決定的な証拠ではないことはわかっている。最終的には当人たちに。その時のために、もっと武器となる証拠を揃えなければ、真犯人を捕まえることはできないだろう。

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