【14】王様ってどんな人?

「うわぁっ!」

「あふっ!」


 腹部に強い衝撃を受けて飛び起きた俺は、いったい何が起きたのかを理解するのに時間がかかった。寝ぼけ眼の視界に捉えたのは悪戯に笑うホワイスだった。


「もう、朝だよー」

「わかったわかった。起きるから、どいてくれ」


 お腹をさすりながら身体を起こすと、部屋の扉口にイローナの姿も見えた。


「おはよう。朝食済ませたら、すぐに出発するからね」

「ああ」


 当然のことだが俺とイローナたちの部屋は別で宿泊していた。何かあった時のために部屋の鍵を閉めていなかったとはいえ、もうちょっと優しく起こして欲しいものだ。

 ベッドから立ち上がり寝間着から着替えようとした時、ふと誰かの視線に気づいて振り向くと、ホワイスが珍しいものを見るかのような瞳で俺のことを見つめていた。


「どうかしたのか?」


 俺が声をかけると、一瞬首を傾げたホワイスはすぐに頭を振るう。


「ううん。何でもない」


 そう言って部屋から出て行く。その様子を見て、背中に何かついているのかと思ってみてみるが、特に何もない。いったい何だったのだろう。

 胸焼けのような違和感を覚えながらも朝食と支度を済ませ、俺たちは宿を後にした。宿の主人にお願いして馬車の手配をしてもらい、休暇中のメイドのグレメルが住む村へと向かった。途中で花屋などに寄り、手土産として菓子パンなども買った。こうした花やパンなどを喜んで受け取ってもらえるかわからないが、手ぶらで訪れるよりは良いだろう。ただ、菓子パンに関しては、朝ご飯を食べたばかりのホワイスがお腹が空いたとごねて買ったついでだったのだが。


「もうすぐ着くわよ」


 馬車の窓から外を見ると、田畑が広がり小川も流れている。その小川を沿うように少し古ぼけた民家が並んでおり、その一角にイローナは馬車を止めた。

 グレメルは父親と二人暮らしだった。母親は幼い頃に病で亡くし、父の手ひとつ育てられたのだという。年に数回実家に戻り、父と一緒の時間を過ごす。グレメルはメイドとして城に仕えながらも、親のことを大切にしていたという。これは全てイローナが道中話してくれたのだが、その話を聞いただけでも彼女の心の優しさが伝わってくる。だからこそ、今回のことは相当なショックを受けたはず。イローナが敏感に反発したのも、今なら頷けた。


「先にあたしが様子を見てくるから、悪いけど二人は馬車の中で待ってて」

「わかった」


 心を痛めている状態のグレメルに対して、いきなり知らない人物が訪ねてきたら驚くはず。それを察してイローナは俺たちを一旦馬車で待たせたのだろう。だから俺も素直に従った。

 花束を持って馬車を降りたイローナを見送った後、馬車の中では少し気まずい空気が流れた。よくよく考えれば、俺とホワイスが二人っきりとなるのはこれが初めてだ。子どもを相手にするのは余り慣れていない。何を話そうか迷っていると、ホワイスの方から口を開いた。


「ビリーフは、お城の兵隊さんなんでしょ?」

「ん? そうだけど」


 イローナからもそう説明されているはず。何を今更確認しただろうか。


「それじゃ、王様とも会ったことあるの?」

「もちろん。話したことだってあるぞ」


 と言いつつも実際に話したのは、ついこの間のアブソリューティが初めてなのだが、そこは敢えて言わないでおこう。


「王様ってどんな人?」


 どんな人か。改めて聞かれると、何と答えれば良いのか迷った。

 ここ数十年、他国との争いごとはほとんどなくなり、まさに平和と呼べる時代を造り上げた立役者と多くの国民が語っている。俺もその認識を物心ついた頃から抱いていた。だからこそ、今更どんな人なのか。ホワイスが知りたいのは王の人柄なのだろうか。それとも、人々の象徴とされている人物像なのか。何を答えれば、ホワイスが求める解答なのかを俺は思案しつつ答えた。


「王様は争いを好まない人だよ。だからこそ、ここ数年は戦争は起きていない。俺も兵士として城を守る仕事をしているけど、実際に誰かと戦ったことはないんだ。それも王様のおかげと言っても良い」

「それじゃ、ホワイスたちと一緒だね」

「一緒?」

「うん。だってスペル族も喧嘩はしないって、クレイスが言ってたもん」


 そういえば、スペル族は温厚な種族であるとクレイスが話していた。だからこそ、自らにあの誓約ともいえる魔法を使ったのだ。自分たちが滅んでしまうかもしれない。その危惧はあったはずなのに、それでも自らの種族を守るためではなく、自らの精神を重んじて争いを拒んだ。誰もができる決断ではない。ホワイスもきっと、王様が自分たちと同じような思いを抱いていると感じて、ほっとしたのだろう。いつも以上に表情が明るくなったように見えた。

 俺は少し気を許し、今度は俺の方から聞いてみた。


「ホワイスは、王様のこと好き?」


 すると、ホワイスは少しの間が空いてから答えた。


「わからない」


 会話の流れからして、「好き」と答えてくれるものだと思っていたが、その意外な返答に少々戸惑った。


「え、どうして?」

「だって、会ったことないもん」


 それもそうだ。いくら王様とはいえ、会ったことない人物に対して好きか嫌いかを聞かれても簡単に返答することは難しい。とはいえ、相手はこの国の王様。皆がその顔と名前を知っている。大人の人間であれば、嘘でも好きと答えているだろう。そこを「わからない」と答えたホワイスは、とても純粋で素直な心を持っているとも言える。


「お待たせ」


 ちょうど馬車の扉が開き、イローナが言葉をかけてきた。俺たちは手土産用の菓子パンを持って馬車から降り、正面にある一軒家に向かう。玄関の扉まで着いた時、イローナがひと言忠告してきた。


「グレメルもだいぶ落ち着いていたけど、変なこと言わないでよ」

「言うわけないだろ」


 俺の返答に、訝しんでくるイローナ。


「あ、あと。ホワイスのことはあんたの親戚の子ってことで話通してあるから、よろしくね」


 なぜ俺の親戚の子なのか。そこをいちいち問い詰めることはしなかったが、ホワイスが魔女であることは、とりあえず黙っておくということなのだろう。隠すこともないのだが、話が本題から逸れてややこしくなることは避けたい。その点に関しては、イローナも同じ考えで安心した。

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