【12】覚悟を持って立ち向かうには。

「わかりました。ただ、何をもって情報に価値をつけるのか。それを教えてください。そうでなければこちらとしても提供する内容を選ばなければいけないので」


 俺は交換条件に乗ることにした。しかし、その上で情報の価値基準がわからなければ、モラーリが納得してくれる情報に似合ったものを提供することはできない。


「まあ相場によって情報の価値はまちまちだ。とはいえ、今は王子殺しの件の情報なら、誰もが欲しているものだから価値は高い。あんちゃんが知りたいと思っているようにな」


 やはりそうきたか。しかし自分が持ち合わせている情報をこのモラーリに提供すること。それは国を裏切るようなことに繋がるのではないだろうか。国に仕える一人の兵士として、他人に情報を売ることなど許されない。ましてや初めて会ったばかりの胡散臭い情報屋。いくらイローナと親しいとはいえ、信頼するに当たる人物なのか確かめなくてはいけない。


「どうした? 国に仕えている兵士さんだったら、今回の事件のことも何か知っているんだろう」


 言い淀んでいる俺に対して、モラーリは慣れたように挑発してくる。すると見かねたイローナが口を挟んだ。


「おじさん。あたしが情報を売るわ」

「待て、イローナ」

「何よ」

「情報を売るって、どういうことなのかちゃんと理解しているのか?」

「ええ、もちろん。だからこそビリーフだって迷っているんでしょ。でも大丈夫。国を裏切るようなことにはならない。だってそうでしょ。情報売ることで国を救うことになれば、例えここで売ったとしても結果が良ければそれでいい。そのためにあたしたちは今、行動しているんだから」


 どうやらイローナにもちゃんとした考えがある。その熱意は十分に伝わって来た。それと同時に自分の中にある覚悟が、まだまだであることを痛感した。


 国を救うために、誰かが犠牲になってはならない。しかし別の人は言う。多くの犠牲の上に、平和は成り立っているものだと。

 俺はその言葉が好きではなかった。例えそれが自分自身を犠牲にして何かを救ったものだとしても、救われた者は本当に幸せなのだろうかと。犠牲になった者に対して悲しみや憂いを与えてしまっているのではないだろうかと。俺はそう思わずにはいられない。

 その葛藤のせいで、俺は常に一歩遅れてしまう。臆病な性格だと言われれば反論はできない。イローナのように強い意志さえあれば、例え自分よりも強大な敵を目の前にしても、背中を見せずに立ち向かうことができるのだろう。


「悪いけどイローナ。お前さんから情報を買うつもりはない」


 ビリーフが言葉に、イローナは驚きながら聞いた。


「え、どうしてよおじさん」

「俺はこの兵士さんがどれほどの覚悟を持って今ここに来たのかを知りたいんだ。ただイローナについてきた金魚の糞じゃないってことを証明してもらわなけりゃな。じゃなきゃ、今の不安定な情勢の中、女の子二人を守れるかどうかわからんだろう。男として、いや一端の兵士としての覚悟を証明してくれ」


 そこまで言われて、黙っているわけにはいかない。俺もたとえこの件が落ち着いたあと、兵士としていられなくなったとしても構わない。それぐらいの覚悟で臨むことを改めて自分に誓った。


「わかりました。お話しします。自分が知っていることを」


 俺は慎重に言葉を選びながらモラーリに知っていることを話した。

 ひとつは事件当日の様子。もうひとつは自分が事件解決の任を命じられたこと。そして今、ホワイスとともに自分たちにできることがないかと作戦を練っていることを。

 ただ、敢えてエルケット軍隊長のことは話さなかった。それは単に不確定要素が多く、憶測でしか話せないからだ。憶測の情報は、情報としての価値も薄いだろう。

 話し終えると、モラーリはなにやら帳簿のような厚い本を取り出し、指をしめらせながら捲り始めた。


「なるほどな。ここまで生の情報を聞けたのは価値が高い。実際に城の中で働いている人物と会えることすら珍しいからな。その情報は買ったよ」

「本当ですか!」

「ああ、それじゃビリーフさんよ。あんたが知りたい情報を教えてやるよ」


 モラーリはそう言って本を捲っていた手を止めて、無造作にページを一枚ちぎって見せてきた。


「ルートは教えられないが、確かな情報だ。きっとめん玉飛び出すぞ」


 意地汚く笑うモラーリを横目に俺はその紙を受け取る。すぐにイローナも覗きこんできた。


 そこに書かれていた、いや写っていた写真。王の側近レドクリフとレン王子、そしてブルーノ王子の姿。辺りは暗がりで、レドクリフとブルーノ王子の手には灯りが握られていた。レン王子は後ろ姿であり、その表情は窺えないが二人に何か詰め寄られていように見える。


「これはいつの写真ですか?」

「写真の下に書いてあるだろう」


 よく見ると確かに書いてあった。

 事件当日の夜。この三人は、会っていた。この三人が会えるのは恐らく城の中。具体的な場所までは判断できない。とはいえ、この写真を取った人物は城の中の人間以外にあり得なかった。

 いったい誰が撮ったのか。モラーリは知っていても教えてくれないだろう。その人物に話を聞ければ、この三人の会話の内容を知ることができる。そしてこの後に何が起きたのかも。


「ひとつ聞いても良いですか」

「なんだ?」

「この情報提供者は、いったいなぜあなたに情報を提供したのですか?」


 この聞き方であれば、何かしらヒントとなることを答えてくれると踏んだのだが、少し甘かった。


「提供者の心理は知ったこっちゃない。俺は情報を得て売る。そいつも金が欲しかったんじゃないか」


 元々、情報をお金で売買するのが情報屋。お金が欲しいからこそ、物や情報を売るのだ。その根本的なことを忘れていた。


「待って」


 そこで口を挟んだのはイローナだった。


「おじさん、嘘は良くないわよ」

「嘘?」


 俺が首を傾げると、イローナはモラーリに向かって言った。


「情報提供者の心理を利用するのが、おじさんの得意分野やりかたのくせに。ずるいわよ」

「ふふっ、やっぱりイローナの目は誤魔化せないか」

「どういうことだ?」

「モラーリさんはね。結構のよ」

「おいおい、そりゃちょっと酷いなあ」

「なによ。前に人の弱みを突いている時が、一番楽しいって言ってたじゃない」

「ふふっ、まあな。その写真の提供者も誰とは言えんが、大きな借りがあってな。こうして定期的に情報を持ってきてくれるんだ。だからお前さんの質問に答えるならこうだ『借りを返すために』ってこと」


 この写真を撮れるのはレイズ城の中を自由に歩き回れる人物。つまり城で働く誰かだ。何百人もいる中でその人物を捜すのは、今回の事件の犯人を捜すのと同じぐらい難しい。とはいえ、こうして城の内情が外部に漏れているという事実を知ってしまった以上、見過ごすことはできない――。

 そう、できないのだが、自分もたった今同じように外部に漏らしてしまった時点で同罪。自分を差し置いて他人の罪を裁くことこそ、矛盾している。俺の中での葛藤はいつまで続くのだろうか。

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