【11】平和を保つための方法。

「んふーーん!」

「おお、すごい」


 粉々に割れてしまった食器が元通り。ひび割れすら見当たらない。

 初めて自分の目で見た魔法という力。俺は心の底から驚いた。てっきり呪文のようなものを唱えるのかと思っていたが、ホワイスは杖を持ってりきんだだけ。それでも思わず声を漏らしてしまった。そんな俺の反応を見て、ホワイスもどこか誇らしげな表情を見せる。


 ホワイスがその力を見せてくれた経緯には、単に俺の好奇心で見たかったという思いに加え、ここにいる三人の信頼を固くする意図があった。お互いに何ができて何ができないのか。それを把握しておくことは、これからの作戦において不可欠なこと。俺とイローナはすでに知った仲。だからこそホワイスが持つ魔法という力がどれほどのものなのか知っておかなければいけなかった。

 ホワイスによれば、物を直したり動かしたりは自由にできるという。ただし限界はあり、余り大きな物や既に他の力が加わっている物を動かすには相当な魔法力が必要らしい。例えば、上空から落ちてくる物を空中で止めるのは難しいということ。

 他に頭の中で想像したものを具現化したり、炎や水を出したりすることもできるという。


「それはクリーチっていう魔法なんだけど、ホワイスはあまり上手くできない。クレイスならすぐできるよ」


 そう言ってホワイスも杖を使って俺たちに見せてくれようとしたが、ランタンの明かりほどの大きさの炎が生まれただけで、それ以上は難しい様子だった。そもそも何もないところから炎が出現しているだけでもすごい。なのにホワイスは、わかりやすく肩を落としている。


「落ち込むことはないわよホワイス。あなたは立派な魔女。あたしから言われても嬉しくないかもしれないけど、頼りにしているわ」


 イローナのひと言で、けろっと機嫌を良くしてくれるホワイス。どこで教わったのか、子どもの扱いにもイローナは慣れている様子だった。


「それじゃ、そろそろ行こうか」


 俺たちが向かうのは、レイズ城ではなく城下町。そこである人物の助けを求める。これはイローナからの提案だった。

 時刻は夕刻。日が暮れて行き交う人もだいぶ少なくなっていた。

 城下町に足を踏み入れるのは何年ぶりだろうか。俺は二十歳を迎える前に城の兵としての試練を熟し、すぐに新兵として城の警備の職に就いた。兵士として働き始めてからは、城の外へと出かけることはほとんどなかった。特に城下町は幼少期を過ごして以来。町の雰囲気に大きな変化は見られない。市場ではまばらな人々が交流を重ね、道を荷物や人を乗せた馬車が通る。ただひとつ、目立っていたのが全ての人が黒い腕章を帽子や衣服の一部につけていた。レン王子の死を悼む。この腕章を見る度に、改めて国の危機が迫っているのではないかという不安が募るばかりだった。


 市場を抜け、さらに住宅街の奥まった路地裏、人通りの少ない暗がりにそのお店はあった。


「ここよ。入って」


 イローナに促され俺は建物の中に入る。


「うっ、なんだこの臭い」


 独特な香りが俺の鼻を刺激した。


「薬草の香りだよ。もちろんただの薬草じゃない。色々と配合して育てた代物もあるんだぜ。ん? あんちゃん初めて見る顔だね」

「おじさん、こんばんは」

「お、なんだいイローナじゃないか。それにホワイスちゃんも一緒かい」

「こんばんはー」

「相変わらず可愛いな、ホワイスちゃん」

「あの、モラーリさんですよね」


 俺が口を挟むと、それまで甘えたようなモラーリの笑顔が一瞬で、老いたゴブリンのように変わった。


「あんちゃんは?」

「自分はビリーフ。レイズ城で一等兵として勤めています。イローナとは幼馴染みで」

「そうなのかい、イローナ」

「まあ、腐れ縁みたいなやつよ」

「ふ~ん、それにしても珍しいな兵士さんがうちの店に来るなんて。やっぱり、王子殺しの件かい?」

「え、何か知ってるんですか?」


 このモラーリという人物は、イローナが通っている薬草店の店主であるのだが、実はもうひとつの顔があった。


「まあ、これだけデカい話だ。町中きな臭い噂話で持ちきりだよ。俺もこの仕事を生業なりわいにしてずいぶんと経つが、ここまで情報が多いとなかなか整理できたもんじゃない。だから、質問をするなら慎重に。。それを判断するのは、やっぱり己自身ってことだな」


 そう、モラーリはこの国の情報屋でもあった。どこから情報を仕入れているのかは極秘らしいが、様々なところのコネを使って情報を仕入れ、また売ってもいる。イローナは薬草を買うついでに町で起きた小さな事件から大きなものまで、このモラーリから仕入れていたらしい。

 今回この場所を訪れたのも、レン王子の事件について、何かしらの情報が仕入れてある可能性を求めて訪れたのだった。


「おじさんのところにもやっぱり入ってきてるのね」

「まあな」

「それなら教えてください!」


 俺が近づくと、モラーリは少し身を引いて全身をなめ回すかのように見てきた。


「ビリーフって言ったか」

「はい」

「俺はな、情報を売るやつには絶対的な信頼がなきゃ売らないんだ。口が堅いことが信念だからこそ、どんな機密情報でも仕入れることができる。だから誰かに情報を売る時こそ、一番神経を使うんだ。わかるだろ」


 これは暗に、ただでは売らないということ。初対面の人間に対して、信頼を得ることはとても難しい。絶対的な信頼なんてどうすれば得られるのか。


「交換条件だ」


 言い淀んでいる俺に対して、モラーリが言葉を続ける。


「あんちゃんが知りたい情報並の情報を俺に教えてくれれば、代わりにあんちゃんが知りたいことに答えよう。もちろん俺だって全てを知っているわけじゃない。ただ、俺が仕入れている情報は確かなものだ。信頼できるかどうかは、イローナに聞けば良い」


 信頼できるかどうか。それはここに来るまでの間で既に聞いていた。

 イローナがわざわざこの薬草店を訪れるのは薬草を調達するだけでなく、町の情勢を把握し何かが起きる前に対策を練る。その役目を担っていたからだった。王国のメイドという立場でありながら、極秘裏に動いていた。いったいそれは誰からの指示だったのか。それを聞いたら、意外にもあっさりと答えてくれた。


 ――レン様よ。


 その言葉を聞いた時、最初は驚いたがよくよく考えれば、レン王子の直属のメイドの一人だったイローナ。レン王子の信頼も、他のメイドよりも厚かったのだろう。レン王子は町の情勢を知り、定期的に部下の兵士たちに見回りをさせていたという。それも国の平和のため。

 俺は城の外からは一歩も出ずに、城や王族たちの安全を守ることばかりを考えてきた。それが国の平和に繋がるものだと信じていたからだ。当然それは間違ってはいないと今でも言える。しかし、レン王子のような行動も、平和を保つための方法であることは確か。だからこそ、自分がしてきたことが無意味だったのではないかと、不甲斐なさを感じてしまっていた。


 今、こうして何もできず、ただ情報を得ることさえままならない自分に対して。

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