【10】考えてはいけない。

 イローナが作ってくれた料理は、お世辞抜きで本当に美味しかった。それはホワイスも同じ感想で、パクパクと口に運んでいた。さすが国に仕えるメイドといったところだろう。メイドたちの中で炊事や選択は当番制で行っているらしく、皆が同じレベルでこなすことができるのだとか。しかし料理に関しては専属のコックがいるはず。いったいいつ覚えたのだろうか。


「片付けは、よろしくね」


 本来なら片付けまでやってこそメイドなのだが、食べさせてもらった手前文句は言えない。食器を洗っている間、俺はこれからのことを考えた。


 イローナの話によれば、エルケット軍隊長は、国や王の意思に反した行動を取っていることになる。それは王族の方々から見れば謀反むほんと取られてもおかしくはない。そこまでのリスクを負ってまで、いったい何をしようとしているのだろうか。

 そしてエルケット軍隊長の俺に対しての信頼は、ただ利用するためだけの嘘だったとは正直思いたくなかった。俺がまだ新兵だった頃からの恩人。同時から腕っ節は誰よりも強く、まさに鬼の門番とも言えるほどの迫力のあったエルケット軍隊長。王族だけでなく部下からの信頼も厚く、正義感に溢れた人だ。俺はエルケット軍隊長に熱く厳しく指導されてきた。技の部分だけでなく精神面や様々な知識でさえ、学んだことは数多あまたある。俺にとっては父親以上の存在だ。

 だからこそ、今回エルケット軍隊長が俺をこの事件を解決するための人材として一番に推薦してくれたことは、なによりも嬉しかった。必ず、犯人を捕まえる。それがエルケット軍隊長に対しての恩返しにもなる。それを信じて疑わなかった。


「どうして、泣いてるの?」


 ふと横を見ると、心配そうに見つめてくるホワイスの姿があった。


「な、泣いてはないさ。ちょっと水が跳ねただけだよ」


 俺は慌てて食器を洗い終えると、早速イローナに言った。


「腹ごしらえも済んだし、さっきの話の続きを」

「そうね、それじゃ座って。ホワイスもこっちおいで」


 ホワイスはこくりと頷き、イローナの隣に座った。続いて俺もイローナの対面に座る。


「さて、これからのことなんだけど。正直あたし、あんたが寝ている間、ずっと考えてたの。犯人はどうしてレン様を殺したのか」


 犯行理由。それは誰もが想像するもの。俺だって“誰が”ということよりも先に、“なぜ”ということの方を一番に考えた。しかし、それを考えてしまうと犯人は限定されてしまう。しかもという最悪なものへと。だからこそ、敢えて避けていたのだ。

 なぜレン王子は、殺されたのか。というを。

 イローナが最初に、真犯人ではなく別の犯人を仕立て上げるようなことを発言したのも、それが脳裏にあったからなのだろう。


 俺の知る限りレン王子は兵士やメイドたち、そして国民からの人気も高く、容姿端麗で眉目秀麗。才知溢れる発言力を兼ね備え、人望もとても厚い人だった。そんなレン王子のことを殺したいほど恨んでいる人物、つまり怨恨を理由に犯行に及ぶ人物はほとんどいない。そう考えるとレン王子がいなくなることで、得をする人物。存在自体を疎ましく思っている人物……それは今最も次期王位継承順位が高い……。


「……ブルーノ王子」


 思わず言葉が漏れた。イローナを見ると、真っ直ぐ俺の視線に合わせてから、小さく頷いた。


「レン王子を殺害する理由がある人物を考えたら、ブルーノ王子しか考えられなかった。でも、それは考えてはいけないこと。――国の平穏を望むなら、ね」


 ヴァチャー王の次男、ブルーノ王子。その容姿はレン王子に引けを取らない美しさを持ち合わせているが、性格は少し暴君的な部分を持ち合わせている。よくある兄弟格差を感じざるを得ないのは、城中の者が頷くところがある。兵士やメイドたちへの当たりが強く、差別も酷い。気に入らない者に対しては、とことん嫌うことがあった。まさに天使と悪魔、勇者と魔王。そういった構図が当てはまる。

 俺自身もあまり近寄りがたい存在だった。確かブルーノ王子と親しかったのは、大臣のレドクリフだった気がする。ブルーノ王子が今回の件を一人で行ったというのも考えにくい。誰かの手助けがなければ、犯行を実行するのは不可能だろう。


 兎にも角にも考えれば考えるほど、どうしたら良いのかわからなくなる。まるで絵柄のないパズルを解いているような気分だ。すると、イローナが言った。


「そこで聞きたいんだけど、エルケットさんが今何を考え、何をしようとしているのか。ビリーフは想像がつく?」

「軍隊長が、か?」

「そう。あたしは思うの。あの人、しているんじゃないかって」

「まさか、そんな!」

「これは想像よ。でも、そうでもなきゃ、一人で行動している理由にならないわ」


 これはあくまでもイローナの想像であり、エルケット軍隊長が一人で何をしようとしているのかはっきりしない以上、考え得る可能性は考慮しておかなければならない。しかし今はホワイスもいる。そんな話をなぜ今するのか、俺には疑問しかなかった。


「もしそうだったとしても、今は軍隊長が何を考えているかよりも、俺たちがこれからどうするかを考えた方が良いだろ。クレイスさんのこともある」

「だけど勝手な行動が、エルケットさんやクレイスさんを危険な目に遭わせてしまうことになったらどうするの?」

「もちろん、そうならないのが一番さ。でも、リスクを恐れていたら何もできない。だからこそ軍隊長は行動を起こしたんだと、俺は思う。あの人なら大丈夫。それにクレイスさんも自分の身を守る魔法なら使えるだろうから、心配に思うことはない。そうだろホワイス」


 俺がそう言ってホワイスを見ると、力強く頷いてくれた。ここは俺の言葉よりも、彼女の言葉の方がイローナを動かしてくれるはず。


「うん。クレイスは、とっても強いから。だからホワイスも信じてる」


 この時が初めてかもしれない。ホワイスの意思の持った言葉を聞いたのは。幼い容姿からは、似合わないほどの力強い言葉。どうやらイローナの心にも届いてくれたようだ。


「わかったわ。二人がそこまで言うなら、あたしたちはあたしたちがやるべきことに専念しましょう」

「ありがとう、イローナ」

「何が?」

「何がって、理解してくれてってことだよ」

「別に、あんたの意見に乗ったわけじゃないんだからね。あたしはあたしの判断でそう思ったの。たまたまあんたと考えが一緒になったからって」

「ああ、わかったわかった」

「何よ、その態度。ムカつく。あ、今鼻で笑ったでしょっ」

「え、笑ってないよ」

「笑ったって!」

「ねーホワイスもー」

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