【7】できないことの証明。

 魔女がこのレイズ王国に訪れたのは、数百年も昔のこと。

 当時のレイズ王国は、他国との領地争いの真っ只中。今よりも大きな土地を保有し、軍と財産も豊かであった。その土地の外れの森に、クレイスたちの祖先である魔法使いの一族、『スペル族』の一部が争いから命からがら逃げてきたのが始まり。

 元々スペル族というのは、温厚な種族。争いを拒み、助け合いを信念として生きてきた。その魔法の力も、傷を癒やすことや物を直すことが主であった。だからこそ自分たちの身を守るための魔法もある。ただそれは普段は使うことを禁じられ、特別な時のみ使うことを許される。そう受け継がれてきたのだ。

 しかし、人間の醜悪な者の手によって、強制的に悪用され傷ついたスペル族は多く存在したという。

 そこでレイズ王国の外れに森に逃げ込んだ一部のスペル族たちは、自分たちの力が人間たちの争いに利用されないように、自らの身体にとある魔法をかけたのだ。


「それは魔法というよりも、誓約に近いものかもしれません」

「誓約?」

「はい。……私たちはいかなる時でも、使というものです。そのため、その魔法を自分たちにかけた後、人間に襲われて多くの仲間が命を落としました。強すぎる力というものは、争いを生む。人間の欲は、常に力を求めるもの。私たちは弱き、力なき一族として生きていくことを決めた。しかし、それには大きな犠牲を伴ったのです」

「ちょっと待ってください!」


 俺はあることに気づいて、声を上げた。


「それって俺たち人間に話しちゃダメなんじゃないですか!?」

「大丈夫です。今は当時とは違い大きな争いもなく、私たちの存在ですら薄れています。……それにお二人のことは、信頼していますから」


 俺が彼女たちに対してそれ程大きな信頼を得た覚えはない。つまりそれは俺ではなく、イローナに対しての強い信頼があってのこと。いったいイローナは何をしてきたというのだ。


「クレイスさん、それって証明できますか?」


 疑っているつもりはない。むしろ信じたい気持ちが強いからこそ、イローナはその言葉を投げかけたのだろう。それを受け止め、クレイスは答える。


「正直、難しい……です。できることをできると証明するのは簡単です。やってみせれば良いのですから。だけど、できないことをできないと証明するには――」


 確かに、魔法という人力を越えた力。これを持たぬ人間が、魔法の存在を信じたとしても、魔法の許容範囲までを知るすべはない。

 人に対して使えない魔法をかけているから、人には魔法が使えない。だからレン王子を魔女たちが殺すことはできないのだという証明を、イローナは望んだのだ。本当にクレイスの言葉が真実なら、魔女が今回の事件に関わっていない証明になる。

 しかし、人間と魔女の関係に暗い歴史があるとはいえ、レン王子暗殺の疑いをかけられるそもそもの可能性を、なぜイローナは考えたのだ。

 そのことを俺がイローナに訊くと、イローナは一瞬驚いてからひそひそ話をするかのような小声で答えた。


「え、ビリーフ。あんた何も聞かされてないの?」

「何のことだ?」

「昨日のアブソリューティが終わった後、国の人間がこの村に訪れているのよ。だからあたしは、国が魔女を一番に疑っている可能性が高いって思ったのよ」

「何でイローナがそれを知ってるんだ?」

「たまたま見かけたからよ。相談役のレドクリフさんの部下の人たちが、お城から森へ向かうのを。だからあんたも聞かされているのかと――」

「……俺は、何も聞かされてないぞ」


 この時点で俺は、王が俺に犯人を見つけ捕まえることを命じた理由を、再び疑わなくてはならなくなった。レドクリフといえば、王の側近。右腕と言っても良い人物だ。俺も直接話した記憶が少ないので、どのような人物なのか判断するのは難しいが、何を企んでいるのかわかならい。

 とはいえ振り返って思えば、一等兵の俺だけに事件の調査を任せるのも不自然な話だ。国を挙げて事件の捜査をするべきところを、王は俺に一任した。いくらエルケット軍隊長の口添えとはいえ、俺への信頼がそれ程までに大きいはずがない。レドクリフが俺には何も伝えず独自に捜査をしているのか。それとも……。


「安心してください。昨日いらっしゃったお城の方々は、一通の手紙を置いてすぐにお帰りになりました」


 そう言ってクレイスは便箋を見せてきた。それは確かに国が使う正式な代物。国の紋章と封蝋が押してあった。俺とイローナで内容を確認すると、レン王子が昨日亡くなったこと。葬儀が明朝に執り行われることの内容のみだった。

 ということはつまり、イローナが不安に思っていたことは、ただの思い過ごしとなる。そのはずだった。


「失礼するよ」


 突如背後から聞こえてきた声。聞き覚えのあるものだった。


「エルケット軍隊長! どうしてここに!?」

「ご苦労だったなビリーフ」


 どうしてここにエルケット軍隊長がいるのか。俺には訳がわからなかった。イローナも驚きを隠せない様子。


「魔女クレイス。城までご同行願おう。これは王の命だ」


 椅子から立ち上がり、ホワイスを抱えるクレイスの目は、真っ直ぐ鋭いものだった。ただ抱えられるホワイスは、今にも泣き出しそうだ。


「ちょっと待ってください軍隊長!」


 イローナが果敢にも両者の間に割って入る。


「確か君は、王子のメイドか。私のことを軍隊長と知って立ち塞がるか。――生意気め」


 その刹那、エルケット軍隊長の右腕が高く上がったのを見て、俺はとっさにイローナをかばった。

 強い衝撃が後頭部を襲う。


 薄れゆく記憶の中、「イヤッ!」というか細いホワイスの声だけが聞こえてきた。

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