【6】確かめたいこと。

 玄関と思わしき場所まで来ると、案内してきた魔女が俺たちに先に中に入るように促してきた。俺よりも先にイローナが一歩進んだのを見て、俺はイローナを止める。


「待て」

「なに」

「俺が先に入る」


 ここは男として、自分が先に行かなければいけない。俺の中の使命感がそう訴えていた。

 恐る恐る暖簾をくぐるかのように、薄暗いテントの中へと俺は足を踏み入れた。


「イローナ!」

「ぐほっ!」


 無警戒だった腹部への衝撃。まるで、勢いよくスイカ玉が飛んできたような。俺は思わず腰から落ち尻餅をついた。よく見るとそれはスイカ玉ではなく、黒いローブを纏った少女の頭。ふいに視線が合う。吸い込まれそうな大きくて赤い瞳。その瞳が少しずつ歪み、今度は左頬に軽い衝撃が走る。


「キャー!」

「ホワイス、あたしはこっちよ」


 背後にいたイローナが声をかけると、ホワイスと呼ばれた少女はイローナに抱きついた。


「ビリーフ。女の子を泣かせるなんて最低ね」


 軽蔑の眼差し。被害者は俺のはずなのに、なぜか加害者扱い。


「もしかして、その子が?」

「ええ、町で会った子よ。――あの人がビリーフ」

「べー」


 なぜか知らないが、嫌われたようだ。

 ホワイスという魔女。魔女の中でも幼いようだが、イローナの話によれば一人前に魔法が使えるのだろう。だからこそ友好的な関係を築いていきたいのだが。


「これはこれは、ホワイスが失礼しました」


 そう言ったのは、俺たちを出迎えた魔女。


「ここがあなたの家なのですか?」

「そうです。私はクレイス。イローナさんのことはホワイスから聞いてます。あなたはお城の兵士さんですよね」

「はい。ビリーフと申します。でも、どうして兵士だと?」

「失礼とは思いつつも、お二人がここに訪れる様子を魔法を使って見させていただいておりました。その際に剣を馬車に置いていかれていたのを見て」


 まさか千里眼のような力もあるのか。イローナの言葉を受け入れといて良かったと胸をなで下ろす。

 改めて俺は部屋の中を見回した。一件どこにでもあるような民家の内装。特別広いわけでもなく、狭いわけでもない。テーブルやキッチンなども普通にある。変わったところと言えば、硝子窓がなかった。とはいえ一番不思議なのが、あのテントのような外観からして、この一軒家のような内装の構造はあり得ないものだった。


「ここは、私の魔法で人間たちが住んでいる家のように作ってあるんです。内装だけですが」

「本当ですか!?」

「はい。あの子の希望で」


 クレイスの視線の先には、イローナといちゃいちゃしているホワイスがいた。色々と聞きたいことがあったが、まずは誤解を解かなくてはいけない。


「クレイスさん。俺たち人間は、魔女と仲良くしたい。暗い歴史があるからこそ、難しいこともあるでしょう。魔女の立場からしてみれば、それはより困難なことだと思います。だからこそ、不思議に思うんです。どうして受け入れてくれたのかと」

「それは……彼女のおかげなんです」

「イローナ……ですか?」

「ええ、イローナさんとこうして会うのは初めてですが、彼女の人柄はよく知っています」

「いったい、どうゆうことなんですか?」

「ホワイスとイローナさんは町で偶然出会ってから、文通をしていました。その手紙の内容を読ませていただいて、人間の中にもやはりイローナさんのように優しい方がいるのだと理解したのです。だからこそ、今日も実際にお目にかかりたかった。ホワイスの言っていたとおり美しい方ですね」


 美しいかどうかはさておき、優しい部分は頷ける。人に優しく自分に厳しいからこそ、レン王子のメイドして認められた。他にもいるメイドの中でも、レン王子の評価が高かったという話も耳にしている。

 ただ、イローナが文通をしていたというのは初耳だ。魔女と文通というのも、なんだか不思議な感じがする。


「イローナ。遊んでないで、そろそろ話してくれないか」


 いつまで経ってもホワイスの傍を離れないイローナにしびれを切らし、俺は声をかけた。

 魔女に会いに行くと言ったのはイローナだ。真犯人ではなく、別の犯人を作り上げる。その策のために会いに行くということは、魔女の力を利用することになる。これは暗黙の掟に反すること。止めることもできた。しかし俺がそれをしなかったのは、仮に魔女が真犯人を見つける助けとなったのなら、それはつまり大いなる功績となり、魔女に対する人間の目が変わる可能性を感じたからだった。


「そうね。ごめんねホワイス。ちょっとクレイスさんとお話ししなくちゃいけないの」

「わかった」


 ホワイスもイローナと一緒で生意気な子だと思っていたが、意外と素直な部分もある。

 それにしてもイローナは、俺とクレイスの会話をホワイスとじゃれ合いながらも聞いていたのだろう。子どもをあやしながら大事なことは聞き逃さない。しっかりとしていると言えば聞こえは良いが、抜け目ないという印象が強かった。そして俺の横にイローナ、クレイスの横にホワイスが座った。


「クレイスさん。あたし、城にあった本であなたたち魔女について調べたことがあるんです」

「本に書かれていることが、全て事実だとは限りませんよ。だって、それは全て人間が書いているものなのですから」

「ええ、そうですね。だからこそ確かめたかった」


 イローナの横顔は、いつにもまして真剣なものだった。


「なんでしょう?」

「……魔女に人を殺すことはできないんですよね」


 その言葉を聞いた途端、俺は立ち上がった。


「お前、やっぱり!」

「うるさい! ビリーフは黙ってて」

「いや、イローナ。この期に及んで何を言ってるんだ! 魔女の力を借りるどころか、魔女を犯人に仕立てようなんて、いくら長い付き合いでも許さないぞ!」

「勘違いしないで。確かめるって言ったでしょ。もしかしたら国は、今回の事件を魔女たちのせいにしてしまうかもしれないから、それがが欲しかったの」


 イローナも立ち上がり、俺に向かってなぜか潤んだ瞳を向けてきた。


「お二人とも、落ち着いてください」


 クレイスの言葉で、俺とイローナは再び椅子に腰を下ろす。


「イローナさん。あなたが確かめたいこと。そしてビリーフさん。あなたがご心配になっていること。それについては承知しました。そこで、私からも少し話をさせてください。人間と魔女のこのレイズ王国で続いた歴史を。これは書物にも記されていないでしょう」


 そう言ってクレイスは、子どもに物語を読み聞かせるかのように語り出した。

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