【5】掟こそ、過去が生んだ壁。

 時代とともにその存在は、新人メイドが入れる紅茶のように濃くなったり薄くなったりしてきた。

 俺が知る限りでは、魔法を扱う人間。つまり魔女を戦争の道具のように扱っていた時代もあったと伝え聞く。その因縁を未だに解消できていない。平和国家を気づいてきたレイズ王国でさえも……。


 魔女たちが住む森は、レイズ城から数十キロ離れた奥にある。人が近づかないように魔女の使う魔法で結界が張られているとか、罠が仕掛けられているとか様々な噂があった。また、それらとは少し毛色が違い、魔女がこっそり城下町住んでいるという話も聞いたことがある。どこまでが本当なのかはわからない。とはいえそれは平和の一旦なのだと、俺は少しばかり歓迎していた。魔女と人間が共存してこそ、本当の平和国家として胸を誇れるものだと。

 しかし、人間たちの側には、暗黙の掟があった。それはレイズ王国が国の法として正式に定めたものではないのだが、人々が過去れきしを反省し自然と生まれたもの。


『魔女の力を、人間の意思で利用することを禁じる』


 これは、今後魔女の力を悪用しないようにするため、人間たち自ら自分たちに課したものなのだ。ただ多くの人は、国の法として捉えている者も多い。魔女の力を悪用せず、お互いに有益なものとして与えることができたなら、より人間と魔女の間に立ち塞がる壁を壊すこともできるはず。俺はいずれ、この暗黙の掟さえ必要としない時代が訪れることを願っていた。


 城から馬車を走らせ、俺とイローナは魔女が住むと言われる森の奥へと向かっていた。道中、当然のことのように俺は魔女に会いに行く理由わけをイローナに問い質した。しかしイローナは「会ってから話す」の一点張りだったため、俺は百聞は一見にしかずの言葉を胸に小さくため息をついた。


「なあ、魔女には会ったことがあるのか?」

「あるわよ」

「どこでだ?」


 俺のその問いに、イローナが数秒間いつも以上に鋭い眼光で俺を睨んできた。そして数秒後、馬車の窓から外を眺めながら話してくれた。


「あんたは口の堅い方だと信じて話すけど……初めて魔女と会ったのは、城下町で買い物をしていた時よ。本当に最初は、普通の人間だと思っていた。ちょっと背の低い女の子。年の割にはしっかりしているなってぐらい。彼女は時々町に来て、市場で買い物したり散歩をしたりしてるって言ってたわ」

「どうして、その子が魔女だってわかったんだ」

「あたしが見ちゃったのよ。偶然ね。あ、でも悪いことに使ってた訳じゃないの。あれはあたしが贔屓ひいきにしてもらってる薬草のお店を訪れた時のこと。彼女が後からお店に入ってきて、商品の入っている瓶を誤って落としちゃったの。その薬草は結構な値段のものでね。店長も弁償してもらわないと困るって言うと、彼女そんなお金持ってないって涙目になって。そんなの見ていられないじゃない。だから、代わりにお金払ってあげようとしたら――」

「魔法を使ったのか?」

「そう、あたしも驚いたけど、瓶は元通り。店長もそれを見て許してくれた。それで、その時口止めされたんだけど、別に魔女の存在自体みんな知っているし、こそこそする必要もないんじゃないかって彼女に言ったの。そしたら、『……言われているから、人前で力を使うな』って」

「魔女たちは、ずっと肩身の狭い思いをしている。俺たち人間のせいなんだよな」

「ええ、魔女たちの力を悪用しようと企む連中は、いつの時代だって現れるもの。書物に書かれている過去は、事実であるからこそ語り継がれていくもの。無かったことにはできない。魔女たちが人間と離れて暮らしているのも、それがひとつ原因ね」


 人間と魔女との共存。どれだけ歩み寄ろうとも、暗い過去がそれを拒む。俺たちがどうしようとも、何も変わらないのかもしれない。それでもひとつずつ、小さなきっかけの積み重ねが未来を変えてくれる。そう信じていたい。イローナが魔女の女の子にしたことも、そのきっかけとなってくれたと、俺は心の奥で小さく祈った。


 馬車がゆっくりと速度を緩める。外を見るとすでに森の木々に囲まれており、前方には大きな門扉が立ち塞がっていた。門の向こう側に魔女たちが住む村があるのだろう。

 門扉の前に人影はない。森は静寂に包まれ、馬の荒い呼吸だけが聞こえてくる。魔女には初めて会う。人間のことを毛嫌いしているのなら、いきなり襲ってくるかもしれない。万が一のことを考え、背中に装備してきた剣を触る。


「ビリーフ。その剣は馬車の中においていきなさい」

「なぜだ?」

「そんなの持ってたら、襲いに来たみたいじゃない。森の中は何が出るかわからないから持たせていたけど、村に入ったらそんなもの必要ないでしょ」

「でも……」


 兵士として、剣は身体の一部と言っても良い。メイドで言うならメイド服のようなもの。身につけていないと落ち着かない。しかしイローナの言っていることも理解できるので、俺はしぶしぶ剣を馬車の中へと置いた。

 するとイローナが胸元から便箋を取りだした。


「どこから出してんだよ」

「いちいちうるさい」


 イローナが持っている便箋を高く掲げ、まるでどこか遠くの人に手を振るかのように揺らして見せた。いったい何の真似事ダンスだろうと見ていると、ゆっくりと門扉が開きだした。


「い、イローナ! お前魔法が使えるのか!?」

「……」


 俺の言葉に攻撃的な視線で一瞥するイローナ。これ以上余計なことは口にしないようにした方が良さそうだった。

 扉の開いた先には、黒いローブを纏った女性が立っていた。年齢は定かではないが、話に出ていたイローナが出会った幼い魔女ではなさそうだ。


「待ってましたよ。お城の方々」


 黒いローブの女性が不気味な笑みを浮かべて話す姿に、俺は戸惑いを覚えた。この場所に事前に訪れるという知らせをしたつもりはない。横に目を向けると、イローナも頭を振るう。どうやらイローナが伝えていたわけでもなさそうだ。


「あの、どうしてあたしたちが来るのわかっていたのですか?」


 イローナの問いに、女性は答える。


「王子様の件は、この村にも伝わって来ております。お城の方々がいずれ訪れることを予見するのは簡単。なぜなら、私たちは……だから」


 俺とイローナは、互いに向き合い首をかしげる。


「どうぞ、こちらへお話は中で」


 魔女はそう言って俺たちを敷地内へと入るように促した。俺はイローナに近づき、小声で聞く。


「なあ、イローナ。その便箋といい、どこまで知っているんだ?」

「あたしは、この便箋を持ってくれば、中へ入れてくれるって聞いてただけよ」

「それって町で会った魔女からか?」

「そうよ」

「そうよって、じゃあの魔女は?」

「知らないわ」

「お二人方、こちらへ」


 俺たちが案内されたのは、サーカスのテントのような場所。高さは二階建ての一軒家ほどだろうか。よく見ると敷地内の数カ所に同じようなテントが立てられていた。これが彼女たちの住居なのだろう。

 妙な静けさが漂う。辺りを見回しても他の魔女の姿が見えない。


「皆、人間を恐れているので、あまり目立つようなことは控えてくださいね」

「わかりました」


 人間が魔女が住む村へと足を踏み入れるのは、何十年ぶりのことのはず。強い警戒心が、人間を拒んできたのだ。王に仕える兵士は、魔女たちにとって因縁めいたものがあると聞いている。突然襲われるようなことも予測していた。それでもイローナを信じてついてきた。

 だから、後戻りはできない。

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