【4】一時凌ぎは、得策か。

 まずはイローナと話し合いながら、事件の全貌とその整理をすることにした。正直一人で考えていても、事件の大きさに考えがうまくまとまらなかった。


 最初に現場の様子。

 レン王子の部屋は、内側から鍵がかけられる仕組みとなっていた。外からも鍵を開け閉めすることもできるが、その鍵はレン王子しか所有して折らず、当時も部屋の中にある机の引き出しの奥で見つかっている。俺が現場に着いた時は確か扉は開いていた。そして部屋には光を取り込む出窓とベランダがあるのだが、王子の部屋が地上三十メートル以上も高さがあるため、そこからの侵入も難しいだろう。もちろん外には見回りの兵がいる。部屋の中は荒らされたり争ったりした形跡はない。背後から剣を刺されていたことから推測するに、当時のレン王子は警戒心は薄かったのだろう。


「レン様は、あたし達には、本当に優しい方だった。新人の子の中にはその優しさに好意を抱く子もいたわ。もちろん止めたけど」


 次に凶器について。

 レン王子の暗殺に使われた凶器は、王子が愛用していた剣だった。武術の訓練や典礼の際には身につけているもの。俺も何度か目にしてはいたが、実際に人や動物に対して使っていたのは見たことがない。その多くの時間は、王子の部屋で眠っていた代物。つまりその剣は、事件当日もレン王子の部屋にあったものと言って間違いないだろう。


「あの剣に触ることは許さなかったわ。レン様にとって、とても大切な剣。王家に伝わる秘宝のひとつでもあるから」


 そして犯行の時間。

 お城に常駐する医師の見立てだと、レン王子が亡くなったのは、発見から数時間前。およそ深夜12時から午前3時までの間。多くの者が眠りについている時間だ。当然俺やイローナも自室で睡眠を取っていた。夜晩の兵士たちの証言では、夜中に不審な者を見かけた者はおらず、その時間帯もレン王子の部屋から大きな物音や人の言い争うような声は聞こえなかったという。


「レン様の部屋とあたし達メイドの部屋は、ちょうど真下辺りになってるの。レン様に呼ばれた時にすぐ迎えるようにね。でもその日はあたしも他のメイドの子も、異変には気づかなかった」


 レイズ城から金品や秘宝などは盗まれてはいない。それらの事実を元に推理すると、犯人は外部の者という線が薄くなり、最も疑いたくない内部の者の犯行という線が濃くなってしまう。

 おそらくここまでの推理は、誰もが考えられること。だからこそ、異様は空気が城中を、いや国中を包み込んでいるように感じられた。城の中には数百を超える兵士とメイドなどの世話係が在駐している。王族の方々を始め、全ての者を疑わなければいけない状況は、誰も望んでいない。一刻も早く犯人を捕まえ、国に再び平穏を取り戻さなければいけないのだ。


「ねえ、ビリーフ」

「ん?」

「さっきからあんたの話を聞いていたけど。それってそんなに考える必要あるの?」

「何を言っているんだ。事件を解決するには、ひとつひとつの事柄を整理して、犯人の手がかりである証拠や痕跡を見つけることに繋がるんだ。それが捜査の基本だろ」

「あんたミステリー小説の読み過ぎよ」

「なんだと」

「大切なのは、犯人を捕まえて国の平穏を取り戻すことって言ったわよね」

「ああ、言ったさ」

「なら、を見つける必要なんてないじゃない」


 イローナはいったい何を言い出すのか。真犯人を見つけなければ、事件は解決できないし、なによりレン王子が報われない。


「王は、犯人を捕まえてこいって、あんたに命じた。でも、誰もレン様を殺した犯人を捕まえてこいとは言ってない。この意味わかる?」

「まさか……犯人をでっち上げろとでも言っているのか?」

「……そうよ。でも、時間は限られている。このままじゃ、国の治安にも関わるの。一国の王子が殺された。この事件はいずれ国中どころじゃなく、他国にも広まっていく。わかるでしょ。この混乱に乗じて悪事を企む連中が現れないとも限らないわ」


 イローナと意見が対立するのは、今日に始まったことじゃない。相性自体もそれほど良くないものだろうと実感している。

 もしイローナが本当に、偽物にせものの犯人を造り上げて事件を解決へと導こうとしているのなら、それを止めなくてはならない。一時しのぎにはなるかもしれないが、いずれはボロが出る。真犯人を捕まえなくては、再び恐ろしい事件が発生しないとも限らないのだから。


「イローナの言っていることはわかる。だけど俺にはそれを『じゃ、どうぞ』って見届けることはできない」

「それならなに? 城中のひとりひとりに聞いて回るつもり? それとも小説に出てくる名探偵みたいに、名推理でもするつもりじゃないでしょうね」


 ぐうの音も出なかった。なんとかしなければという使命感に囚われていた自分を恥じた。時間は有限。それに冷静になって考えれば、俺はイローナのように勉強ができた方ではないし、どちらかという運動の方が得意だった。探偵役には不向きである。

 今回の一件を俺が解決できるのか。自信はないけれど、やらなければいけないという使命感は強かった。イローナが手伝ってくれることになり、正直安心した部分もある。態度や言葉は悪いが、頭は切れるイローナ。面と向かって言ったことはないが、尊敬している部分もあるのだ。


「……そこまで言うなら、何か考えはあるのか?」

「あるわよ」

「あるのか」

「まずは魔女に会いに行く」

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