【3】手伝うつもりなら、もう少し素直に。

 レイ王子の葬儀がつつがなく終わり、俺は早速行動に移った。


「イローナ!」

「軽々しくあたしの名前呼ばないでよ」


 レイズ城にあるメイドたちが休憩をとるためのメイド室にまっすぐ向かった俺は、他のメイドたちも集まる中イローナを呼び出して単刀直入に訊いた。


「なにを今更言ってるんだ。ちょっと訊きたいことがあるんだが」

「なに」

「事件の第一発見者のメイドが、今どこにいるか知ってるか?」


 俺の問いに、いつも以上に怪訝な表情を見せたイローナは、俺を壁際まで追い込み、小声で答えた。


「知らないわよ。それに、何であんたがそんなことあたしに訊くのよ」


 当然の疑問だが、詳しく説明している余裕はない。


「細かい話は後だ。良いから教えてくれ。お前なら知っているんだろ」


 捜査の基本、まずは聞き込みだ。その中でも重要なのが第一発見者。

 第一発見者のメイドは、レン王子の身の回りの世話をする直属メイドの一人であり、イローナと同じ班であった。王族の人々には、それぞれ複数のメイドが交代で世話をする制度となっている。ヴァチャー王やレン王子など、王族直系の人物には、特に多くのメイドや執事がついて世話をしている。

 レン王子のメイドのひとりとして仕えてイローナは、もう三年ほどになるのだろうか。幼い頃からレイズ城でのメイドとしての憧れを持ち、こうして王子のメイドとして働けるようになっているのだから、彼女の努力も評価したいところ。しかしながら、性根しょうねにある反抗的な態度は隠しきれない。その部分を常に俺は心配している。


「あのね、彼女は今、すっごく悲しんでるの。もちろんあたし達もよ。彼女に何をするか知らないけど、レン様のことを訊こうとしてるんだったら、絶対会わせないからね!」


 イローナの言い分は確かに真っ当なもの。一刻も早く犯人を捕まえたいという欲求から、捜査の手順に縛られていた自分を恥じた。それでも彼女からの詳細な話を聞かなければ、犯人にたどり着く手がかりを見つけるまでに、ずいぶんと遠回りしてしまうかもしれない。

 仕方ない。手順を変えよう。


「わかった。それなら、イローナに訊いても良いか?」

「え、あたし? い、良いけど……場所を変えても良いかしら」


 矛先を変えた途端、戸惑いながらも素直に応じるイローナ。彼女は他人や物への情が熱く、そのぶん気遣いもできる。だからこそ、こうしてメイドとしての勤めが果たせているのだろう。俺に対しては例外だが。

 城内部にあるイローナの部屋に入った俺は、木製の椅子に腰掛けた。イローナの部屋に入るのは、これが初めてだった。約六畳一間の部屋には、ベッドと木製のタンスにテーブルと椅子が二脚。女子の部屋というよりは、安い民宿のよう。部屋の内装にこだわっているという余裕もないのだろうか。それとも単に、こだわりがないだけか。


「それで、訊きたいことって?」


 お茶も出さず窓際に立ち腕を組むその姿は、メイドとしてあるまじき態度。本来なら注意していたところだが、今はそれどころではない。


「事件当時のことを知っている限りでいいから話して欲しい。……その、できれば第一発見者の彼女の様子も」

「話すって、ビリーフ。あんたの方がよく知っているんじゃないの。あたしよりも先に現場にいたじゃない」

「それもそうなんだが、俺自身当時の記憶が曖昧でな。……王子が死んでいるの知って、すぐに城内に知らせて回った。あの時は冷静ではなかったんだ」

「そうね、確かに冷静じゃなかった。でも、それはみんな同じ」

「だな……どうしてこんなことが起きてしまったのか」


 犯人を捜す。それ以前に、どうしてレン王子は殺されてしまったのか。つまり動機からの手順も考えたが、ひとつに絞りきる確証がない以上、とても難しかった。

 レン王子は、誰かに恨まれるような人物ではない。ただそれは、俺からの視点であり、人はいつ誰に恨まれているかわからない。正直なところ、イローナのように傍で仕えていた訳ではないから、その本当のレン王子はよくわからないというのが本音。だからこそ、今は情報が必要だった。


「情けないわね。さっきまでの威勢はどうしちゃったのよ」

「別に、弱気になっているわけじゃない。ただ……」

「ただ?」

「今回の件は、一国の王子が何者かによって暗殺された。これはただ事じゃない」

「そんなの、誰だってわかるわよ」

「ああ、だからこそ、どうしてなのか……」


 パン!


「イタッ!」


 急に右頬への痺れる激痛と揺れた視界に襲われ、俺は顔を上げる。


「あんたそれでも○ん○んついてるんでしょ!」


 イローナは、鬼の形相だった。俺があっけにとられていると、小さくため息を吐きながらイローナが言った。


「あたしも……手伝うわよ」

「……は?」

「だぁかぁらぁ~、あたしも手伝うって言ってるの!」


 真っ直ぐ鋭い青い瞳。イローナの顔をこうしてまじまじと見るのは何年ぶりだろうか。

 その瞳からは、怒りというよりもその奥にある強い決意を感じた。しかし……。


「さっきと言ってることが違うじゃないか」

「うるさい。あたしが決めたの」


 どういう風の吹き回しか。葬儀の時の発言とは真逆である。しかし、こうと決めたら引かないところはお互い様。断ると余計面倒なことになるのはみえていた。


「わかった。でも無茶はさせないからな」

「何様のつもりよ。さっきもそうだけど、それはあたしの台詞だから」

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