【2】糸の先は、鬼が出るか蛇が出るか。

 ここレイズ王国を揺るがす事件が起きたのは、今から二日前のこと。

 東雲の空を迎えようとする時刻。ひとりのメイドの叫び声がレイズ城にこだました。

 当時の俺は夜番の兵と交代をするために、持ち場へと向かっている途中だった。叫び声を聞きつけ一目散に駆けつけた俺は、驚嘆するメイドの顔を一瞥してすぐにその目線の先を見た。そこには剣が痛々しく腹部に刺さっているレン王子の悲惨な姿。目を覆いたくなる光景に衝撃を受けた。

 レン王子の傍に駆け寄り身体に触れたのだが、すでに氷のように冷たくなっていた。騒ぎを聞きつけて駆けつけた城の兵や執事が集まる。その日は国にとって最悪の一日となった。


 過去にも、王の命を狙った他国のものが領土に侵入をしたり、兵隊同士の内乱もあったりと、時代とともに過去の紛争は避けては通れないものであった。ただ現在は、戦争という言葉は語り継がれるもの、つまり歴史の一部となっている。現王であるヴァチャー王が王位に即位されてからは、平和という名にふさわしい時代を築いてきた。

 一等兵である俺も、実際に人と剣を交えて争うような経験は無い。ましてや人を殺すなど。とはいえ、どんなときでもその状況に耐えうる訓練は日々欠かさず努めてきたつもりだ。

 次期国王となる存在であった。これはこのレイズ王国の未来に大きく関わることであるのは、誰もが周知するところ。国中が混乱と不安で満たされる中、その翌日すぐに重役会議、通称『アブソリューティ』が執り行われた。

 アブソリューティは国の内部で起きた問題だけでなく、他国との交渉や紛争を話し合う場としてこれまでにも何度も開催されてきたが、今回ばかりは装いが違った。本来ならば数日前に国中に通達され、その内容も大まかではあるが文面などで国中に伝達される。しかし、今回のアブソリューティは、緊急であり非公開であり、尚且つ参加者も少人数であった。

 レイズ王国の王、ヴァチャー王とその妃であるパープ王妃。第二王子のブルーノ王子。それに加えてエルケット軍隊長。王の側近で相談役でもあるレドクリフなど、そうそうたる顔ぶれの中になぜか一等兵である俺も参加していた。

 事件当日の詳細を語るため、語り終えるまではそう思っていた。当時のレン王子を最初に発見したのは、レン王子に仕えるメイド。ただそのメイドは、ショックのあまり当時の記憶をほとんど無くしている。俺はその代わりであると。


 ――……以上が、私がその時とった行動の全てです。

 ――そうか。お主確か名は、ビリーフと言ったか。

 ――はい。


 王に直接自分の名前を呼んでもらったのは、この時が初めてだった。どうして自分の名を知っていたのかその時はわからなかったが、後にエルケット軍隊長から事前に伝えていたということ聞いた。


 ――お主に、この度のを命ずる。その間、兵としての業務はしなくても構わない。ただし、必ず見つけ私の元に連れてくるのだ。

 ――御意のままに。


 このアブソリューティのことは、俺は今でもはっきりと覚えている。

 緊張感はただものではなかった。誰かがひと言を発する度に、肌が切り裂かれていくような感覚。恐らくこれは会議に参加していた者のほとんどが感じていただろう。それだけ今回のアブソリューティは特別だった。

 アブソリューティ後、エルケット軍隊長から通達があった。


 ――ビリーフ。しばらくお前には暇を与えよう。ただ、その時間を使って王からの使命を果たされよ。

 ――はい、その覚悟でございます。隊長。


 俺がそう答えた後、エルケット軍隊長は小さく息を吐いて語りかけるように言った。


 ――それにしても、本来ならこの役目は私が務めるもの。王がお前を指名したのは、私が王の傍を離れなれないということに起因する。犯人が捕まっておらず、どこの誰かもわからぬ今、王の傍を離れるわけにはいかないからな。


 エルケット軍隊長の言葉で、俺は緊張の糸が緩み疑問に思っていたことを訊いた。


 ――……軍隊長。どうして自分だったのでしょうか。

 ――なに、私が王に口添えをしたからさ。

 ――え、本当ですか。

 ――ああ、今この城の中で、私が最も信頼を置ける部下はビリーフ、お前しかいない。今回の一件は、内側の人間ですら疑わなければいけないかもしれん。そういった時に最も信頼を置ける人物に事を命ずるのが一番。私はお前が適任であると信じている。


 その言葉に、俺は胸を打たれた。震えて言葉を返せない。


 ――ただ、重く受け止めることはない。お前の行動全ての責任は私が受け持つ。何かあれば、私に相談しろ。ただ、明日は葬儀が執り行われる。本格的な行動は葬儀のあとにしろ。その方が動きやすいだろう。もちろん何かわかれば逐一報告することも忘れるなよ。


 レン王子暗殺事件。

 これは国家を揺るがす歴史的事件である。一筋縄ではいかないだろう。誰を信じ、誰かを疑う。これか待ち受ける全ての事象を客観的な立場で判断して、“真実”を導き出すことが、自分にできるのだろうか。

 陰謀や暗躍。私恨に憎悪。あるいは突発的衝動。可能性はいくらでもある。犯人が誰で、どうしてレン王子を殺したのか。現段階では憶測でしか語れない。ひとつひとつの証拠と証言を紐解いていき。張り巡らされた糸を一本ずつ切っていく。そして、最後に残った一本の糸の先にあるものが真実なのだ。

 この事件を第一線で調査し、事件解決へと導く役目を果たすべく俺は誓った。


 必ず犯人を捕まえる。

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