【1】生意気な虫は、泣き虫でもある。

 空々しいくらいに空は青く澄んでいる。

 地上では、大雨のように涙をこぼす者が大勢いるというのに。


 俺の横でも、人目をはばからず泣きじゃくる娘がひとり。

 彼女の気持ちをんで、俺も声をかけることはしない。今日は、誰もが涙を流す理由があったからだ。

 国中が泣いている。今日はそんな日だ。


 レイズ王国。

 平和国家の名にふさわしい時代を築いてきた。俺たち国に仕える兵士の存在も、今や秩序という名目をただ守るための象徴に過ぎない。実際につるぎを交えることもなければ、命の危険が伴うものでもなかった。それでも俺が一等兵としてあり続けるのは、守りたいものがあるからだ。


 俺は、列を成す群衆を見つめながら、ふと考える。

 平和とは何か。

 この問いを自分自身に何度も問いかけてみた。

 平穏で争いのない世界。例えばそれを平和と呼ぶなら、ここレイズ王国も“平和”と呼べるのだろうか。平和とは常に何かの犠牲の上で成り立っているもの。それが過去のものなのか、それとも現在進行形なのか。どちらにせよ、平和に暮らしてるものにとって、自らの足下を踏みつけるような真似だけはしてはいけない。もし、そういったものが現れたのなら、俺が正していく。

 それが今の俺の役目。

 生意気なことを言っていると上のものは思うかもしれない。それでも上には上、下には下が存在するのだから、下のものが俺のことを必要としてくれるのであれば、俺は役目を全うするだけなのだ。

 上に立つものは上に立つものらしく、胸を張っていれば良い。ただ、下のものにも、しっかりと信念がある。ただ単に上のものの世話をするのが楽しいのではない。多くは自らの信念に従い、頭を下げるのだ。それは兵士であれ、メイドであれ皆同じ。下のものが見つめているのは、自分の足下ではなく、上のものの足下なのだから。

 だからこそ、俺は今大きな決意を持って、ここに立っている。


「必ず、

「あんたじゃ無理よ」


 横を見ると、先程まで泣きじゃくっていた娘、メイドのイローナが俺のことを毛虫でも見るかのような表情で睨んでいた。


「無理なもんか。必ず」

「たかが一等兵に何ができるのよ」

「なめるなよ」

「ふんっ」


 何を言われようと、俺の決意は揺るがない。視線の先には城の天辺てっぺんにあるレイズ王国の旗が棚引いていた。

 悪態をついてきたイローナは、俺と幼馴染みであり、同じ国に仕える同士でもある。仲が良いというわけではないのだが、長い付き合いのせいかお互いの心の内がなんとなく以心伝心してしまうことがあった。だからこそ、今のイローナが悲しみを無理に抑えている。それがひしひしと伝わってくるのだ。


「あたしが……あたしが何とかしてみせる。良いわね、ビリーフ」


 “良いわね”と言われても、困る。


「好きにしろ。でも無茶はするなよ」


 そうは言ってみたものの、心なしか違和感を覚えた。“何とかしてみせる”とはいったい何をどうするつもりなのだろう。


「なあ」


 再び横を見たのだが、そこにはもうイローナの姿はなかった。


 誰にでも忠実であり、謙虚で小さな虫すら殺せないような心優しい娘こそメイドたる姿。

 それにしても……。イローナは、メイドのくせに生意気だ。

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