初恋と20年後

青山えむ

第1話

 仕事終わりに、自宅までの通り道にあるスーパーに寄る。

 今日の夕ごはんの食材を買う訳ではない。

 好きなアイドルが表紙を飾っている雑誌を立ち読みする為だ。


 もうすぐ36歳、会社員をやっている。

 次に来る自己紹介は「彼氏なし」ではなく、「独身」という単語を使われる域か。

 自分でそう気づいて、抗えないものに対して無力になるというか、わざわざパワーを使おうとも思わなくなった。

 実家で暮らしているので、ごはんの用意は親がしてくれる。


 スーパーの入り口を通り、雑誌コーナーまで行こうとしたら一組の親子を見かけた。

 恐らく私と同年代と思われる父親に、多分4歳位の小さい女の子。

 小さい女の子は、スーパーの陳列棚や壁を興味津々で触っている。

 父親が、それを止めようとして女の子の手に触れている。少し困ったような、愛おしい者を見る表情だ。


 どうしてこんなにこの親子が気になったのだろう。

 父親の男性は、私の高校時代のクラスメイトだった。私の初恋の相手だ。

 彼とは20年程前、クラス会で会ったきりだと思う。

 話しかけようとは思わなかった。


 この齢になって初恋、なんて単語で胸がざわつくなんて知らなかった。

 初恋のイメージ……スズランの花が、ふるふると揺れるイメージだ。

 ぷるぷる、だとちょっと瑞々しすぎる気がする。

 ちょっと頼りなくて儚い要素があった方がいい。

 そうして何故か、揺れすぎて弾けてしまう未来も見える。

 ポップコーンみたいだ。


           ○○○


 私の周りは今年に入ってから、出産ラッシュが続いている。

 友人、職場の同僚など。いずれも同年代の人たち。

 無言でコメントが泳いでいる。ラストスパートだと。

 彼女達の年齢が、それを表していた。

 これも、本能なのだろうか。


 私は焦っているのだろうか。周りの出産報告を聞いた時は祝福の気持ちよりも

『ギリギリか』等と思ってしまう。

 正直子どもが欲しいと思っている訳でもない。

 けれども周りが、高齢出産と云われ始める年齢に出産している人が多くて

何だか自分にまで『タイムリミットだぞ』と云われている気がする。


 そんな時に彼とその娘を見かけるなんて。追い打ちだ。


           ○○○


 高校時代私は、初恋の彼とは違う男の子に告白されてそれを受けた。

いくら追いかけても、初恋の彼は私に振り向いてはくれないと思ったから。

 それから数日が経った時、初恋の彼が私を好きだという噂を耳にした。

 あくまで噂だし、私に彼氏が出来た事によるからかいか何かだろうと思い気にしなかった。


 私に告白をしてきた例の彼氏は、男として褒められたタイプではなかった。

 初めての彼氏だし、世の男も世の中も知らない私は「こんなものだろう」とその彼氏と数年つきあった。

 社会に出て、色々なタイプの男の人がいる事を知った。優しい人や頭のいい人、お金を持っている人や粋な人。もうあの彼氏にすがる理由なんて無かった。


 初恋の彼は、彼女に対してとても良い恋人だという噂を聞いていた。

 ……もしもあの時、私が、初恋の彼とつきあっていたら……?

 あのスーパーで小さい子どもを連れているのは、私と彼だったかもしれない。


 そんな馬鹿げた事を一瞬でも本気で考えてしまうほど、心が乱れている。

 迷っている、私は迷っている。

 自分の生き方は一体……?


           ○○○


 ある日の朝刊を見て、私は目を疑った。

 父子無理心中、というタイトルだった。

 36歳の父親が、4歳の娘を殺して自殺した、という内容だ。

 静かな地元で起こった事件に、家族も職場でも話題は持ちきりだった。

 けれども私は、皆と一緒になって話題にする気持ちはなかった。

 父親の方の名前が、初恋の彼だったのだ。

 新聞に載っている年齢が私と近いので、知り合いかと周りに聞かれた。

 家族には「同級生だよ」と云ったが、職場の人には知らないと云っておいた。


 ニュースや新聞を見てきた同僚達が様々な意見を云い合っている。

 まだ4歳の娘を……とか。(本当に4歳だったのか)

 奥さんはどうしてるんだろうね、とか。(奥さんって、私の知ってる人かな)


 隣の芝生は青い、か。

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