17 恋に落ちたようです
時は少し戻り、ロバートが待ち合わせ場所に着いた頃。
その帝都城前公園の喫茶店は、ロバートが恐れているオシャレ空間だった。
外壁のピカピカなレンガは、なぜか北部のアンティーク建物を模したデザイン。魔法録音機から流れる音楽は、その建物からかけ離れた南部の軽快なリズムを刻んでいる。
店内は着飾った若者たちであふれ、皆楽しそうに笑っていた。
世界各地の美術品や宝物に囲まれた魔女キルケと幼少時代を過ごし。聖人と共に世界各地を渡り歩いたロバートから見ると。
そのごちゃまぜ感は気持ち悪さを覚えるし。なぜ新築の建物を汚すような傷や汚れを、安っぽくデザインして取り入れているのか理解不能だった。
それは本物の宝石に囲まれて育った子供が、ガラス玉の玩具ではしゃぐ他の子が理解できなかったり。戦場を生き延びた少年が、玩具の剣や銃で戦争ごっこをする子供を見て違和感を覚えるのと同じだったが。
ロバートは自分がそうだとは思っていなかったから……ただ恐怖のような感覚を抱くだけだった。
帝都の表町の繁華街にはこういった若者が集まる商用施設が多かったが、ロバートがうっかり近付くと、店員や客にクスッと笑われたり。あからさまな後ろ指をさされたりするので、そのせいもあって足が遠ざかっている。
通常なら近寄りもしない場所だが、リーゼラに今回の件を相談したら。
「学園の制服でも着ていけば大丈夫です。連中は見る目が無いですから……判断基準がそのレベルなんですよ」
そう言われ、最近やっと肌にあってきた制服を着て入店したら。スタッフは礼儀正しくロバートを席まで案内してくれた。
しかし一度植え付けられた恐怖感はなかなか抜けない。
指定の時間より早く着たせいか、ナーシャの姿はなく。メニュー表を見ても、それがどんな物なのか想像もつかない名前が並んでいる。
――これだからオシャレ空間は恐ろしい、こんな呪術のような名前を飲食物につけるなんて。
何だか椅子の座り心地までムズムズしてきたが。ロバートはしかたなくスタッフに素直に聞こうと腹を決め、手を挙げると。
やたら大きな胸の上に『研修中』のバッジをつけた、ピンクの髪の少女が近付いて来た。
しかしそのウエイトレスは、なにを聞いても「はい」と「ありがとう」しか言わず。ウエーブのかかった長い髪を揺らしながら、ニコニコと微笑むだけ。
「お勧めでいいから、適当な飲み物を持ってきてくれ」
ロバートがあきらめてそう言うと。
「この卑しいメスブタにお慈悲いただき、ありがとうございます」
なんだか嬉しそうにそう言って、深々と頭を下げる。人目を引くほどの可憐な美少女なのに……
――オシャレ空間って、やっぱり怖いところだ。
ロバートが嘆息していると、ピッチリとしたニットのワンピースを着たナーシャがあらわれた。
「ごめんねロバートくん、待った?」
大きすぎる胸のせいでニットがより密着して、はち切れそうなおっぱいの形がハッキリとわる。ナーシャの可愛らしい顔立ちとメリハリのあるスタイルのせいで、周りの男どもの視線を集めていたが。
ロバートは過去の経験から警戒感を増すだけだった。
「いや……まだ約束の時間より前だ。俺が勝手に早く来ただけだから、謝る必要は無いだろう」
ロバートがそっけなく言うと、先ほどのウエイトレスがロバートの前にカップを置いた。その下に小さな紙切れがあることに気付き。ナーシャにバレないようカップを手に取りながら、それを抜き取ると。
……公園の反対側で、大きな魔力衝突が起きた。
「ねえロバートくん、今凄い魔力衝突を感じなかった?」
ナーシャが微笑みながらそう言うのを横目で見ながら、ロバートはテーブルの下で握りしめた紙きれを確認する。
「店内に盗賊団が二名、潜入中」
そうか、あの娘がエクスディア家の警備メイドか。リーゼラから手を打ったと聞いてはいたが……彼女のあの態度。本当に変な調教をしたんだろうか?
ロバートはそっちの方が心配になったが。
店内と……公園全体に探査魔法を飛ばし、魔力の流れを探る。
――作戦は完璧だとぬかしたくせに、いったいなにをしてるんだ?
やっぱり、ひとりで行動した方が楽なんじゃないかと。カップを片手に、深く深く……ため息をつき。
ロバートの頭の中でカチリと何かが『外れ』ると。
パチンパチンと二回……冷めた笑いをもらしながら、左指を鳴らした。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
リーゼラはワンドを展開させ、自動小銃の
そして続けざまに引鉄を三度引く。
ココはリーゼラの反対方向に体を捻り。メイド服のスカートから短刀を抜きだして、水平方向に大きく一閃した。
「あなたバケモノですか? 飛行中のアイスジャベリンを銃で撃ち落とす奴なんて、初めて見ましたよ。……しかも三本同時に」
ココのあきれたような言葉に。
「あら、ちびっこ! いい勝負なんじゃない? 一撃で二人同時に倒すなんて、そうそう出来ることじゃないでしょ」
リーゼラがそう答えると、二人は背中を合わせて周囲を観察した。
公園のあちこちで、アンデッドのようにさ迷いだした若者たちが、無作為に高度な魔法攻撃を仕掛けている。
ココが倒した少年二人は意識を失っているようだが、異常な魔力の流れは治まっていない。また時間が経てば、同じように襲いかかってくるだろう。
帝都城からは騒ぎを聞きつけた衛兵たちが公園になだれ込んだが……
園内にいる人々の数は、数百人規模で。しかも攻撃を仕掛けているのも一般人のため、犯行人数ですらまともに把握できない。
逃げ惑う人々に紛れて、今も高熱のファイヤーボールがさく裂し。衛兵も含めて、公園はパニックに陥っていた。
「いったいどうすれば……」
惨状を目の前にして動きが止まったココに。
「できることから、やってくしかないわね」
リーゼラは
こうなってしまっては、すべての人の命を救うことは不可能だろう。被害者をどれだけ少なく出来るかがポイントとなる作戦だ。
実際衛兵たちの動きを見ると、リーゼラと同じ判断を下したようで。物量で一気に押して、反抗するものを拘束あるいは射殺する方向で、部隊を再編制しはじめた。
軍事大国の帝国らしい判断ね。迅速だし、他に名案も浮かばない。
このアンデッドみたいに攻撃を繰り返す若者も、被害者かもしれないけど……
リーゼラは団体観光客にアイスジャベリンを打ち込もうとしている十代半ばの少女をスコープでとらえ。そう考えながら……引鉄にかけた自分の指の震えに、苦笑いする。
――しばらく戦場にいなかったから、何かが鈍ったかな。
それはロバートと一緒に暮らした幸せな数日間が産んだ、心のぬくもりのせいだったが。リーゼラは「どこにいたって、結局同じなのね」と、引鉄に力を入れ……
「まって、おばさん!」
ココの叫びに、スコープから目を離した。
ココが指さした方向を見ると、直径十メイルはありそうな大きな赤と青の二つの球体が生成されている。
「あの信じられない魔力量と、出現した場所からすると……」
ココが言う通りその二つの球体は、ロバートがいるオープンテラスから出現している。
リーゼラとココが固唾をのんでその球体を見上げていると。
その球体が花火のようにはじけ、数十の小さな球体になってクルクル回り。ホーミングするようにアンデッドのようになった人たちに吸い込まれて行った。
一人に対し、赤と青の球は一つずつセットで入ってゆき。ポンと安っぽい音が響くと、皆気を失うようにしてその場に倒れた。
そしてココが倒した二人にも、同じように二種類の球体が吸い込まれてゆく。
「メテオとアブソリュートゼロ? 分割してホーミングさせて、体内で融合化? なんのために……何が起きたの」
ココがあっけにとられたように呟く。
高レベルの魔法が立て続けに展開され、しかも正確無比に何かをなした。リーゼラですら、わかるのはそこまで。
突然鳴った通信魔法板の緊急コールに、リーゼラが慌てて出る。
「三十六人だ。いや、お前たちの足元に二人いるから三十八人か」
「ロバート様、これはいったい……」
「忌子が出す異常魔力波と同じ人間を、ファイヤーボールとアイスシャワーをホーミングさせて、同時に打ち抜いた。もともと急増の魔力異常体だ。魔力回路がショートを起こして、数日間は眠ったままになるだろう」
ロバートの言葉に、足元で倒れている二人を見ると。苦しむような表情が和らぎ、スヤスヤと眠るような表情になった。
リーゼラは、あまりのことに息をのむ。
あの高出力の球体が初期魔法の『ファイヤーボール』と『アイスシャワー』?
それを複数体同時に
しかも体内で
そんなアイディアや治療方法なんて、瞬時に思いつくものなんだろうか。いや、仮に方法が分かったとしても、それを実行に移せる人間なんて。
「今お前に騎士の一人が駆け寄ってる……この魔力特性はアクセルだな。ヤツに俺が言ったことを伝えて、倒れた人間の保護に入ってくれ」
「ロバート様は……」
「俺はもう少し時間がかかりそうだ……どうやらここでも、パーティーが始まりそうでね」
ロバートの声は、いつもより冷めている。きっと緊急時の人格と入れ替わってるのだろう。そう思うと、リーゼラの心が少しざわついた。
ロバートは何に対しても前向きで、いつも力いっぱい取り組んでいる。その方向性が微妙な方向へ行っちゃうことがあるけど、それは彼の生い立ちのせいだろう。
そしてその生い立ちを考えると……ロバートは信じられないぐらい優しい。
今だって、世界最強の帝国兵すらあきらめたこの状況を……死者ゼロで乗り切った。この通信だって、リーゼラのことを心配してかけてくれたに違いない。
以前、ロバートのもう一つの人格は……その優しさと、心の傷がせめぎ合ってできた『解離』人格ではないかと、トミーさんが言っていた。
なら、いつかあたしの呪いを解いてくれたように、ロバートの呪縛をあたしが解き放ちたいと……リーゼラは心から願う。
「どうした、リーゼラ。何か起きたのか?」
心配そうに聞いてきたローバトの言葉に……
リーゼラは、この数日の楽しかったロバートとの生活を思い返し。自分に何が起きたのかを確信して。
「はい、やっぱりあたし恋に落ちたようです」
――力強く、そう言い返した。
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