Ep 01

Ep.01.1 "but the "reality" was different."

「始まった現実」






オールン首長国 南北アリスチーナ州  

エリスエッダ飛行場郊外

  

 誰かが体をゆすっている。誰だ。


 チヒロの思考は、誰かが自分の体を揺さぶっていることに気がついたところから再開した。


 どうなったんだ俺は。死んだのか。


 チヒロは自身に問いかける。だが答えは返ってこない。当たり前だ。自分に聞いてわかるわけが無い。そして自分がそういう思考が出来ていることを自覚する。

 

 両手足、五体からの感覚はある。一応体は動きそうだが、動かそうとしても何かが繋がらないような感じで、今すぐには動きそうに無い。それに瞼が異様に重い。だが感覚的に多分俺は死んでない。チヒロはそう直感した。


 だが電車にはねられたのに何故生きている。あの時電車は低速ではなかった。はねられて無事で済むようには思えない。だがこうして体があるのは間違いない。そこまで思考してチヒロはある考えを持つ。


 電車にはねられて死んだ。と思ったが生きている。しかもこれまでの知識は引き継がれている。これは異世界転生コースの可能性が高い。いやそうに違いない。


 そう思った瞬間に俺の心が躍り始める。異世界とか、誰もが心を躍らす、ファンタジーが待っているというのがお決まりだ。最高じゃないか。ちょうど毎日同じで飽き飽きしていたんだ。


 心の湧き具合に比例して体の感覚が戻ってくる。聴覚などもはっきりし始めてくるのをチヒロは感じた。だがその帰ってきた聴覚に最初に飛び込んできた音は


「Who is this?」


 という英語だった。ん、英語?


 英語の発声に気が付いたチヒロは二度見のような感じで耳を澄ます。


「He died?」


 やはり聞こえてきたのは英語だった。それもTOEIC試験で聞くような訛りのない流暢なネイティブ。誰かが英語で俺のことを死人かどうか確認している。

なんだ。異世界じゃない? となると俺は死んでいないのか? だとしても俺は英語が聞こえるような場所にいた記憶はないし、行った覚えもない。そして行く予定もない。


 チヒロは悩んだ。だが視覚がまだ閉ざされている以上、周辺の状況などわかりようがない。チヒロは重い瞼を半ば強引にこじ開けるように、開く。そうすると外界の光が視界に差し込み、思わず手で日を防ぐように反応する。


「まぶし……」


 チヒロは日を防いでいた手をゆっくりと目を慣らしながらおろす。まだ視界は白いがすぐに周りの物が認識できるようになってくる。チヒロはまだ完全ではない目で周辺を確認、そして呆然とすることとなる。


「何だこりゃ……?」


 視界に広がったのはビルだった。グレーのいかにもコンクリ製であることを伺わせる近代的な建築物。それがチヒロの視界に認識できる範囲内に飛び込んできた。ここは東京かなどと一瞬考えたが、チヒロはそもそも今日、東京に行く予定などない。


「ここはどこだ……」


 チヒロは頭をさすりながら上体を起こす。そしてもう一度、周囲を見ようとして顔を上げたその時


「Frieze!! Hold up!」


 男の動くなという意味の怒声とともに後頭部に冷たい感触。言葉の内容から、後頭部の感触が銃器であることをチヒロはすぐに理解し、両手を挙げつつ


「待ってくれ、撃つな!!」


 と日本語で叫んだ。


「What are you saying about it!?」


 だがチヒロのとっさの日本語は伝わらない。そんな彼の後頭部を人の手が乱暴に押さえつけて、地面にねじ伏せる。


「arresting you」


 拘束する。チヒロをねじ伏せた男はそう言っている。まずい。このままだと何もわからないままに何も知れなくなってしまう。


「待てっ! ああ、ええと……Wait! I'm Japanese. I don't have a weapon. What is this place?」


 TOEICや学校で習った英語を思い出して、チヒロは男に半ば命乞いのような声で尋ねた。だがその努力も


「何を言っている?! つくならもっとマシな嘘を言え。ジャパンなどという国はない。適当なことを言ったって無駄だ」


 と一蹴され、無駄に終わる。


「嘘じゃない! 本当だ!!」


「出鱈目を言うやつを信じるなどできるか」


 男は押さえつける力は一切緩めず、チヒロの言うこともコンクリートの樹海に消えるだけだった。

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