Ep 00.2

 

モレル海軍基地円卓洋海観測所


 チヒロが電車にはねられた同時刻。ある施設。そこはとてつもない喧騒で溢れかえっていた。


「円卓海オブジェクト周辺に強力な電磁波の発生を確認」


「DOAの通信こっちに回せ! 一週間前のプロトコルで割れないか試す」


「なんて通信量……観測回線がパンク寸前だ」


「一杯の回線は予備に回せ! データの欠損だけは避けるぞ」


「一本残して三本はデータセンターに繋げ。直にバックアップを取る」


 施設の壁に据え付けられたモニターとキーボードを操作しながら、それらを使うオペレーターたちがヘッドセットのマイクに向けて報告を続ける。そのオペレーターの背後から指示を飛ばす男がいる。彼はこの施設を統括する所長である。彼はヘッドセットのイヤホンから流れ込む怒涛の報告を一挙に処理しながら状況を見届けていた。


「予備の有線は一本だけ残す。足りない分は衛星に回せ」


 所長が指示を出し、オペレーターが対応する。所長は対応をしながら考えた。

先週から続いて今日。これまで五年近く動きの無かった円卓海オブジェクトが急激に動き始めた。それだけならまだしも、これまでに無いほどの大規模な通信。何を何処と何の目的で通信しているかはわからない。だがこの観測所が作られ、観測を始めて六十年。記録上に無いほどの強力で大規模な通信が今行われている。


「どうなってる……何が起こっているんだ」


 溢れかえる報告の喧騒の中、所長は考える。これは何かの前触れではないのかと。


 大海洋の中心、アークシャル諸島に存在するオブジェクト。それは人々の間では『タワー』や『塔』、『柱』などと呼ばれる巨大建築物である。古の時代より存在し、人類の進化と発展を見守り続けてきた存在だ。オブジェクトの存在が認識され始めたのは九千年も前となる。その時点でオブジェクトはこの地球上に存在しており、時代が進むと世界にあと三つは同様のものが存在している。だがそれを誰が何のために作り上げたかは、誰も記述に残していない。ただオブジェクトという存在は、世界の構築に宗教観や価値観という形で強く根付いた存在である。その影響力は所有権をめぐった戦争に至るほどに強い。


 そしてこのオブジェクトは、強力な――それこそ、これまで観測された中で最大であれば、小型原子炉級の電磁波を発信する装置である。この歴史的、宗教的存在であるオブジェクトは現在も稼動し、不定期に電磁波を発信する。何のために何故、誰が発信させているのかは、オブジェクトの存在理由と同じで不明である。だがそれでもオブジェクトは間違いなく稼動しており、何かを行っている。この謎めいた存在であるオブジェクトだが、この観測記録は一切外部に公開されず、軍の極々一部と大統領や一部側近のみが知りえる機密だ。服務中は勿論、退役後でも口外すれば極刑が十分にありえるほど、厳重に存在の情報は封印されている。よって多くの人々はオブジェクトを、宗教建築物として触れることをで禁じられ、触れえざる存在として扱う。


「中央データセンターと接続成功」


 オペレーターが言う。所長は


「バックアップを取れ。プロトコル解析は後にしてデータだけは残せ」


 と指示を下す。


「了解」


 所長は考える。これは何かが動くのではないのか。オブジェクトにはこういう言葉が纏わる。


 天と地を結ぶ柱。人、それを塔と呼ぶ。塔が伝えしとき、世に平穏は無かれ

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