少女と零樹
行先なんて分からなかった。
でも、きっと、思い返してみれば何処でも良かったんだと思う。
何処でも良かったけど、そこに決める何か理由が欲しかったんだと思う。
今の私なら分かる。
きっと人は、生物は、その相対する気持ちを「未練」と呼ぶのだ。
当時の私は一心だった。
すべてが終わった後、あの人に見つかりたくはなかった。
その一心で私は駆けていく、森の中を深く深く。
森の中を進む私の足取りは軽い。
まるで背中に羽が生えたようだ。
あの悪魔から逃げていた時はあんなにも重かった足が、いまはスイスイと地面を蹴る。
体の調子が良くなったからではない。
動かす手足はまだあちこちが軋んで痛い。
元々、一日や二日休んだ程度で回復する程度の疲労や傷ではないのだ。
だから原因はもっと別に、他にある。
多分その理由は、それは肉体的なものではなく、きっと精神的なものだ。
ようやく解放される。
そう心の底から思える今、多少の痛みなんてほんの些細なことだった。
生まれて初めて、少しだけ、ほんの少しだけ、前向きな気持ちで何かをできること。
生涯で初めての自発的な選択。
その心が、気持ちが、私の体を後押ししてくれているのだ。
そして私は駆けていく、森の深くを奥へ奥へ。
太陽は未だ登らない。
けど空が白み始め、周りが少しづつ明るくなってきた頃。
薄暗闇から、それほどの時間を走り続けた私はふと立ち止まる。
木と草しか映らなかった視界の中に、「異物」が混じったからだ。
近づいて、それが何かを確かめる。
いや、それは「異物」ではなかった。
森を構成する要素としては、当たり前に存在するものだ。
それは木だ。
ただ、その木は「異物」でこそなかったが、「異様」であった。
その木は枯れていた。
この森を構成する木々は全て、生命力に満ちていた。
この森の中で、今まで走りながら見てきた光景の中で、枯れていた木などは一つもなかった。
だけれども、私は木が枯れていたという事実。
それ自体は別におかしいとは思わない。
命あるものは皆いずれ死に至る。
私みたいな子供でも知っている当然の「原理」だ。
これだけ生命力に満ちているこの森の木も、いずれは枯れて朽ちてしまうのだろう。
ならば、なぜ私はこの木を「異様」だと思ったのか。
答えは簡単だ、見ればわかる。
その木は「異様」に小さかった。
木は枯れて朽ちる、それは自然法則として当然の在り方だ。
だが、その大きさまでは変わらない。
確かに生命力が失われれば、木がやせ衰えるということもあるかもしれない。
でも、それは大人が老人になって背が曲がり、身長が縮むようなものだ。
決して、大人は年を取ったからといって、子供の身長には逆戻りなんかしない。
だが、目の前の木は違う。
目の前の木は既に枯れ果てながら、苗木のような小ささなのだ。
その矛盾した不可解な事実は、「異様」と表現するより他なかった。
そんな「異様」な木の傍で、私は思ったのだった。
ここがいいや、と。
そしてそう遠くない未来、私は後に知ることとなる。
この木こそが、この森の最初の神秘にして、この星の最後の希望。
そして人々に忘却されし原初の神、その最初にして最後の忘れ形見。
「零樹」である、と−−−。
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