1999.09 BR 家畜人ヤプー 第五巻

家畜人ヤプー 第五巻

沼正三 幻冬社アウトロー文庫 1999年


REVIEW


 子宮畜(ヤプム 代理母)のカヨは、ポーリーンの子供を着床させ、名誉白人(オナラリ・ホワイト)となる。一方クララのセッチンとなった麟一郎は、クララとともにポーリーンの主催するパーティーに出席する。パーティーの賭で資産を得たクララは、自分の家を復興させようとする。クララは麟一郎に元の世界へ帰るように言うが……。


 『家畜人ヤプー』の最終巻で、各版のあとがきが収録されています。

 この話は未完なのですが、作者がこの続きを書くかどうかはわからないようです。

 太田出版(全三冊のソフトカバー)のあとがきで、柾吾郎の『ヴィーナス・シティ』の本文を引いているのが印象的でした。というか、私が柾吾郎のファンなので、「類は友を呼ぶ」かと一人でよろめいていたのでした。好きな作家が好きな本を自分も好きになる、というのはよくあることなのですが、こんなところでループしてるのかと思うと、脱力感が……


 五巻になってもヤプーの利用法を饒舌に語る口調はあいかわらずで、「多分これ終わらないだろうな~」と思ったら案の定終わらなかった。でも、作者があとがきで、「主人公はEHS(イース)世界全体」と書いているので、これでいいのだろうと思います。

 五巻の最後でようやく麟一郎とクララのまともな会話シーンが出てくるのですが、そこがこの話の唯一? の山場になっています。最後まで読み終わってようやく、これは純愛小説なのかもしれないという感慨を抱きました。


 私は貴女に永久占領されていたいのです。独立国でなく属領になるのが望みです(P323)


 と言ってクララから離れることを拒む麟一郎を、本人が幸せだからこれでいいのだろうと思えるようになるのが不思議です。私はずっと麟一郎に元の世界に帰ってほしかった。究極の愛情というかなあ……。沼氏があとがきで、「隷属心理の極北である汚物愛好の描写」(P337)と書いているので、究極の愛情というのは相手の汚物まで同一化できることなんだなと思いました。腑に落ちるのですが、やりたくはない。 JUNEにおいては汚物の存在は無視されているので、JUNEの愛情はスカトロのマゾヒズムとは違うものなんでしょう。でもどこかで共通したものがあるような気はします。相手を究極に容認するというところが。殺気を感じる。


 この話の根底を流れる、占領された日本(Occupied Japan)と白人上位の差別意識は、良識ある人々には受け入れがたいものだと思います。沼氏があとがきで語る「今でも欧米の属領である」という意識は、私もときどき考えながらも放り出していることでした。私はこのイースが沼氏の言うようなユートピアだとは思いませんが、そのユートピアの姿を面白いと思います。マゾヒストではないけど、セックスの余興ではないSMが必要な人もいる、ということはわかるというか。わかる気になってるだけかもしれないけど。

 沼氏が文中でセックスの描写をしないのは、セックスの余興としてのSMと自分の性癖のSMが違うものだからかもしれません。肉体的な快楽よりも心理的な快楽を求めているからかな、と思います。


 高橋源一郎の解説で、マゾッホのスラヴ人としての背景を書いているのが面白かったです。マゾッホは読んだことがないのですが、ドフトエフスキーの『永遠の夫』はたまたま読んでいたので、なるほどこれはそういう小説だったのかと納得がいきました。よくわからない小説だと思っていたので。

 夫の愛人の男にたいする卑屈さが嫌で、何だこれはと思ったのですが、夫がマゾヒストだと思うとなんとなく判る気がする。しかし、高橋さん最後引いてませんか。


 イースの世界観や記紀の脱構築(という言葉を私は理解していない)など、とても面白い小説だと思うのですが、最初のうちはゲテモノに対する興味のほうが強かったです。こんなに面白いとは思わなかった。久々に面白い小説を読んだなあ、でもおおっぴらには勧められないんだよな。

 自分が不健全だと思う方は読んでみてください。おわり。

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