第8話

━━今から20年前━━



━━バササッ


窓に赤い目をした大きなカラスが一羽止まった。


「なんでぇ、気味悪いなぁ。しっしっ! 」


中にいた飲んだくれの男が追い払おうとする。

しかしカラスは怯まず、男を見ていた。

そして徐ろに口を開く。


『元気そうだな、"勇者崩れ"よ』


男は一瞬で酔いが冷め、青ざめた。


『よもや、忘れたわけではあるまい? 』


男は小刻みに震え出す。


「い、い、い、あ、いえ」


『……娘、2人生まれたようだな。余は楽しみにしているぞ、我が花嫁を。ククッククククク、あーっはっはっはっはー! 』


カラスはそれだけ言うと、カアー! と一際高く鳴いて、バササッと飛び立った。


冷たい静寂。


だが、それだけでは終わらなかった。


━━ギィー。


部屋のドアが開かれる。

ぎょっとして振り返った。


「……お父さん」


そこに立っていたのは……。


「……エレン」


エレンフィア。……同じ顔が対面する。


「……魔王を倒さずに帰ってこれたこと、不思議には思っていたわ。そういうことだったのね」


娘に目を合わせられない。


「あたし嫌よ、フランにして。フランならいいさょ? 美人でモテるから魔王も喜ぶんじゃない? ……だから、アランと結婚させてよ。《あの子は魔王の花嫁にならなければならない》って言えばいいの。あたし、これ以上不幸なんていや。お父さんとおなじ顔でどれだけ嫌な思いしたわかる? 幸せにして。アランと結婚したいの! アランが好きなの! 」


悪寒を感じ、言われるがまま、無理矢理アランを説得する。


「俺はフランがチビの頃から好きなんです! おじさんだってそのつもりだったじゃないですか! 」


フランが成人するのを指折り数えていたアラン。

それを無残にも打ち崩された。


「……フランでなければ、フラン諸共殺されるんだよ」


フランチェスカでなければならないわけではない。

しかし、あの状態のエレンフィアは何をするかわからない。


「俺だって2人が一緒になってくれることを望んでいた。だけどな、エレンをやったらどうなるか……。きっと行く前に2人を殺し、自害する可能性がある。フランを生かす為なんだ、頼む! 」


自分の不始末を子どもに背負わせているとは言わない。

アランもわかっていた。しかし、結果、フランが生きるか死ぬかの二択しかないのなら、選択肢は一つしかなかった。


「……わかりました。でも、俺はエレン姉を愛さない」


この意味を安易に取り、結婚式を挙げたのだった。


フランには何も告げずに挙式をした。

こちらを向く彼女の瞳には感情を感じない。

せめて蔑みの目を向けてほしくとも、得ることは叶わなかった。


「"姉貴"、アラン、おめでとう」


エレンフィアを姉さんと呼んでいた愛らしいフランチェスカはもういなかった。



━━執拗に勇者を強要され始めたのは、その翌日からだった。

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