竜の傷痕
自ら囮を買って出ておおよそ五分、村から少し離れた森まで逃げ込むことが出来たが……竜にとってこの程度の森は多少邪魔くさいだけの障害物のようなものだった。事実、あちこちで火が燃え広がり、屋根の様に覆い被さる葉のせいで煙が上手く出ていかない。おかげで視界は酷いし、呼吸もまともに出来ない。そして、竜が攻撃を仕掛けてこないのは堪らず森から出てきたところで仕留めるつもりなのか。本気を出さずとも既に逃げることは不可能だと言うのにいっそ滑稽に見えてくる。
「ふふっ……バカみたい………ゲホッ」
そろそろキツいかな……? こういうのをシオドキっていうんだったっけ? もうすぐ死ぬっていうのに勉強なったなぁ……。あぁ、リアムに自慢したいなぁ、物知りだなって褒められたいなぁ、最期くらいしっかり気持ちを伝えたかったなぁ。
最早叶わぬ願いに想いを馳せる。自分の意思で囮になったというのに、後悔ばかりが列挙されていく。結局、何がしたかったのか、それすらもう分からない。
けれど、
やらなければいけない事くらいは分かる、最早理由も決意も何も残ってはいないが、それでも守りたいものがあるから。後悔の中に希望が混じっていてはいけないなんて道理はない。
それさえ分かれば足に力が入った、
それだけ分かれば死なんて怖くなかった、
さぁ、進め。焦げ付いた森に用はない、体を取り巻く煙なんて以ての外だ。死ぬ時くらいは堂々と真正面に立ってやる。
大股で歩き続けるとすぐそこに森の出口が見えた。そこから更に数歩、空気の動きが森を抜けたことを教えてくれた。続けて暴風、森から出たことを目ざとく見つけた竜が膨大な空気が私を打ちつける。嘘のような風圧に思わず尻もちをついてしまい、そのまま動くことすら叶わなかった。数秒後に迫り来る凶牙を前に何を思うのか。
誰にも助けを乞えない状況で、こんな辺境に勇者なんか居なくって、諦めて何も考えずに立っているのが正解なのかもしれない。
だが―――
もし―――
とある少年が助けに来たとしたら―――
それはなんと素晴らしいことだろうか――
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
コツンッ――――
小さな小さな石が投げつけられ、竜に当たって地面に転げ落ちる。雨粒程度の小石には果たしてどれほどの効果があったのかは分からない。だが、痛みがあったとか、痒くなったとかそんな物理的な効果は要らなかった。
ただ、助けに来てくれた。
それが例え少女の囮の意味が無くなるものだったとしても、二人で死んでしまう結末になろうとも、少女の顔には涙と笑顔が浮かんだ。
呼んだ―――
「―――リアム………!!」
「ごめんな、待たせた」
そう言って少年は竜と対峙した。小さな片手には小石、もう片方の手には包丁。最初から勝てると思って挑んだ勝負ではない。
これは、絶望で一度は萎びた少年が、少女を絶望から救う戦いである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます