少女の覚悟
「ほら起きて! 朝よ!」
朝からうるさい……、こんな日には狸寝入りでもしたくなるよなー、したらしたで朝ごはん抜きになるからやらないんだけどさ。
「とっくに起きてるよ、朝からうるさいな!」
「かーさんに起こしてもらったくせして何偉そうに言ってるのかしら?」
ぐうの音も出ない正論だった、くそぅ。
渋々ベッドから出て服を着替え終わると、テーブルには既に朝食が用意されていた。席につき、もしゃもしゃとパンを食べていると、母さんが先程の会話の延長線上とでも言うかのように口を開いた。
「今日もビビちゃんと釣りに行くのかい?」
「まぁ多分」
「ホンットにあなた達は仲がいいのね、それじゃあ今日はお父さんも私も帰りが遅いから、鍵は自分で開けて入るんだよ」
そう言うと、丁度父さんが出かける準備を終えたようで、奥の部屋から出てきた。
「リアム、仲がいいのは構わないが、ビビちゃんにあんまり迷惑をかけるなよ?」
「かけてないよ、ほら、準備が出来たなら行ってらっしゃい。お土産は期待してるよ」
「良い子にしていたらな、それじゃ行ってきます」
そう言って二人は出かけて行った。さて、ご飯も食べ終わったし、準備が出来たら俺も出かけるかな。
そんなこんなで歯を磨き、不器用に髪をとかし、バケツと竿を持ち、さぁ、ビビの家へレッツゴー! と思っていたら丁度向こうも家から出てきたところだった。
「おはよう……準備万端だね……」
「まぁな! 今日こそは大物を釣るつもりだからな!」
「どうせ何も釣れないんだろうけど……」
「おい、ボソッと言うのやめろよな!」
「ふふふっ……ん? え? ねぇ? あれって何……?」
ビビが指を向けるその先にいたのは……
鳥……? いや……鳥なんかより数十倍大きい……、しかも………こっちに……落ちてくる!?
「ビビ! こっち!!」
得体の知れないものが地面に激突する数瞬前に、力ずくでビビを家に引きずり込む。まだ鍵をかけていなかった事に心底安堵した束の間。
まともに立つことが馬鹿に思えるほどの地響きが俺たちを襲い、土が、石が、果てにはゴミ屑同然となったのであろう家の一部が、嵐のように吹き荒れた。
「くぅっ……!? っ……!?」
屋根が落ちてきても何も不思議ではない状況に、無意味だと分かっていても、咄嗟にビビを庇ってしまう。
揺れが続いたのは果たして一秒にも満たない間だったのか、それとも数十秒だったのか。確かめるすべはないが、それでも揺れが収まったことは確かだった。
「いてて……怪我してないか?」
「庇ってくれたから……何ともないよ……」
「そっか、なら良かった……けど………」
ゆっくりと顔を上げる、眼前には粉々に砕け散ったガラス、歪んだ扉、引き裂かれたような木材、目に映る物はどれもこれも等しくゴミ屑と化していた。
「……お互いよく生きてたね……」
「それな、絶対死んだと思ってた」
体に付いている木屑を取り除きながら立ち上がる。が、普段からは考えつかない状況だからか手の震えが止まらず、木屑が衣類から離れなかった。
「それにしても一体何だったん―――」
リアムが口を開き、疑問を放つ。だが言葉は最後まで放たれなかった。何故か? それは至極簡単な答えだった。
グオオオガァァァァァァァァ!!!!
耳が裂けるような咆哮、それは先程の地揺れが自然災害ではなかったことを証明するのには充分すぎるものだった。そして、不幸にもリアムの疑問は思わぬ形で解消された。
この世界で蒼空を悠々と支配し、人に対して強い憎しみを持つとされている、お伽噺での最高の悪役、即ち――――
「竜だ……」
誰かに問われてそう返答したわけではなく、実際に姿を見たわけでもないが、リアムは確信していた。そしてそれを裏付けるかのように、見えてしまった。
ボロボロになり障壁としての意味を為さなくなった木材の裂け目から、黒い鱗が、赤い眼球が、鈍く煌めく鋭い牙が、血に塗れた爪が、呼吸と共に漏れる火炎が、その全てを以て己こそが竜である、と体現する姿が。
グガァァァァァァァアァアアァァ!!!
再び咆哮、それが虐殺の始まりを合図するものだと理解するには数秒すらいらなかった。
初めて人の内臓や吹き出る血液を見た。骨が砕ける音が聞こえた、助けを求める声を聴いた。暫く放心状態だったと思う、気付けばビビに手を引かれた状態で、瓦礫の影に隠れていた。
「私が囮になる……ここに隠れていれば………多分見つからないと思うから……」
何を言っているのか分からなかった。囮? そんなことをしたら、死ぬに決まっているのに、何もせずに無意味に終わるかもしれないのに。
リアムの頭の中でビビを確実に引き止められる言葉を探す。だが、そんな言葉を見つける前に、
「バイバイ………今までありがとう」
十一歳の少女が誰かの為に死を覚悟する。その覚悟は同じ年齢のリアムには到底出来ないものだった。
故に……だろうか、言葉を投げかけることはおろか、手を伸ばすことさえ間に合わず、ビビは走り出してしまっていた。
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