良き日常はゆっくりと

 夕暮れ時、とぼとぼと歩く二人、先を行くビビの後ろをリアムが項垂れながらついてきていた。


「……魚…釣れなかったね………」


「言わないでくれよ……」


「それだけだったら良かったのに、小魚が釣れたときに『小魚かぁ……』とか言ってリリースした……」


「なんか恨まれるようなことしたっけ? 俺」


「強いて言うなら……こんな時間まで粘ったことかな……」


「大変申し訳ございませんでした。」


「……一緒にいれたから別にいいんだけどさ………(ボソッ)」


 ビビが何か言ったような気がするが、まぁ別段気にするようなことでもないだろう。それよりも母さんには魚が釣れなかった言い訳をどうしようか、と悩んでいるうちに俺たちが生まれ育った村の門が見えてきた。


「それにしても不思議……普段だったら少なくても五匹くらいは釣れるのに…」


「一匹でもいいから釣りたかったな……」


 といった他愛ない会話をしながら歩いていたら、いつの間にか村の門は目の前に迫っていた、まだ陽が落ちきっていないから門は開けたままになっていた、巨大で堅牢な壁は圧倒的な安心をもたらすが、同時にそうまでしないと安心できない相手がいるということも実感させる。そして門を抜ければそこにはいつも見るどこも似たような造りをした家が並んでいた。ここから教会の方向に歩けば俺の家とビビの家に着くが……


「あ〜、あー! リっくん! ちょっと待って!」


 唐突に呼び止められる、村の中でこの呼び方をする人は一人しかいない。


「釣りの帰りで疲れているところ悪いんだけど……これ、お母さんに持って行って貰えるかなぁ?」


 そう言ってカゴに入った野菜を渡された。

 やはり教会隣に住んでいるパームおばさんだ。普段から親切で優しい人だけど、趣味で育てている野菜は何故か苦いものしかない上、近所の人に大量配るというのだから子供からしたら絶望もいいところである。もちろんカゴにぎっしり詰まった野菜は子供が苦手なピーマンを始めとした苦味が強いものばかりだ。


「わ、わーい! 野菜がいっぱい入ってる、ありがとう! おばさん!」


 今ビビがクスリと笑ったのを俺は忘れない、絶対に。


「いいのよぉ、どうせ一人じゃ食べきれないし、あ! ビビちゃんのお家にも届けておいたのよ、ピーマン好きでしょ? ビビちゃん」


「勿論です……とても……嬉しいです……」


 澄ました笑顔で答えているが、ビビの嫌いなものの一つにピーマンの肉詰めが入っていることを俺は知っている。


「それじゃあまたね、二人とも、寄り道しながら帰っちゃダメよ?」


「はーい! おばさんも気をつけてね」


 少し嬉しそうなおばさんを尻目に、再び歩き始め、視線を前に戻そうとしたとき、心の底から帰りたくない、といった顔をしたビビが目に入った。思わず笑ってしまいそうになるのを抑えながら、


「そんな顔するなよ、大人に見られたら多分心配するぞ?」


「別にいいよ…どうせそんなことに気がつくのはあなたくらいなんだから……」


 うん? 褒められているのだろうか、それとも呆れられているのだろうか? まぁ、どちらでも構わないんだけどさ。


「それじゃ……また明日ね………」


 お互いに自分の家へ到着する。お隣さんなので帰路が同じというのは中々ありがたい。

 …特に真夜中に帰る時とか………


「おう! また明日な!」


 何度言ったか分からないような挨拶をして家に入る。家には父さんと母さんがいて、晩御飯はもう出来ているようだった。


「ただいまー、パームおばさんからまた野菜貰ったよ」


「あら、嬉しいわぁ。丁度もう一品作りたかったのよ〜、すぐにサラダ作るから待っててね」


 そういって苦々しい生野菜のサラダを作り始める母さんを見て、晩御飯を食べたあとに言うべきだったと深く後悔した……

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