泥棒を探せ

「倉庫の食材が減ってる気がするんだよ。使ったような使ってないようなよく覚えてないんだよね」


「でも裏の倉庫って店長さんしか入る人おらんのじゃないん?」


「そうなんだよ。だから不思議でね。鍵もかけてるんだけどなぁ」


 パン屋の在庫はどれも大型だ。小麦粉は基本的に一袋二五キログラムもあるし、クリームチーズやドライフルーツだって一キログラム単位の大きな袋に入っている。そんなものを全部厨房には置いておけないから、当然お店の裏に食材を保管しておく倉庫がある。


 カンパーニュちゃんも何度かお手伝いで軽い材料を取りに行ったことはあったが、ちょっと古くはあるが一般的な倉庫で泥棒が入るような雰囲気もない。そもそも入ったところで食べ物ばかりで泥棒してもあまりいいことがなさそうなものだ。


「なんでじゃろね?」


「わからないけど、気のせいかもしれないよ。僕が覚えてないだけかもしれないからね」


 店長さんは良いように言えばおおらか。悪く言うとちょっぴり面倒くさがりで、在庫管理もどんぶり勘定になっている。缶詰の一つや二つなくなっても気付かないだろう。


 それでも物がなくなるというのはよくないことだ。このコトブキベーカリーはもちろん、せっかくの美しい街が汚されていくような気がする。割れ窓理論というやつだ。カンパーニュちゃんにはそんな難しいことは少しもわからないのだが。


「ほんならうちがその泥棒さんつかまえちゃるけんね!」


「いや、泥棒って決まったわけじゃ」


「店長さん、まかしといてな!」


 気合十分のカンパーニュちゃんを止めることもできず、店長さんはそのままカンパーニュちゃんを静観することに決めた。


 翌日からお店の暇を見ては何度も倉庫周りの様子を見に行ったが、なかなか泥棒は現れなかった。そもそもいるかどうかもわからないのだから当然と言えば当然だ。また収穫もなくお店に戻ってくると、ちょうどパリジャンちゃんとクロワッサンちゃんが遊びに来てくれていた。


「あ、来てくれたんじゃね」


「思ったより元気そうでなによりだよ。ボクも最初は大変だったからね」


「ここは街の北の端ですし、お店も変わってますからそれほど忙しくないのでしょうね」


 パリジャンちゃんが嫌味っぽく言うが、まったく当たっているだけにカンパーニュちゃんも何も言えない。陳列棚にはまだ緑色をした抹茶入りのバゲットだけが寂しく残っている。普通のバゲットはもう売れてしまったというのに。


 お昼を過ぎるとパン屋さんは敗戦処理の様相を呈してくる。おやつや夕食のために買っていくお客さんもいるにはいるが、朝早くからお店を開けていることもあって残り少なくなった商品に気に入ったものがないことも多くなってくる。バゲットや食パンは加工できるのでなんとかなるが、全部売れてくれた方が嬉しいことに変わりはない。


「パンは素敵な人に食べてもらえるんが一番の幸せなんじゃけんねぇ」


「そのために私たちパン娘がいるのですからね」


 パンを素敵な人のところまで運ぶお手伝い。それがパン娘の願いであり、看パン娘に憧れる理由なのだ。そして、その大切なパン屋さんを脅かしている存在がいることをカンパーニュちゃんは思い出す。


「そうじゃ。二人にも協力してもらいたいんじゃけど」


「なに? 面白そうなことだったらやってもいいよ」


「それがな、泥棒さんがおるみたいなんじゃ」


 先日店長さんから聞いた話をカンパーニュちゃんは二人に話してみた。


「あなたがお腹が空いて食べたんじゃありませんの? 田舎者は道に生えている草の蜜を吸ったり果物をもいで食べたりするんでしょう?」


「それは子どもの頃だけじゃし! どこのおうちも取っていってええよ、って言うてくれるんじゃもん!」


「食べてたことは否定しないんだね……」


 そんな脱線をしつつ話が続いていくうちにパリジャンちゃんの眉間のしわが深くなり、クロワッサンちゃんの目の輝きが増してくる。まだ犯人の目星どころか存在するかもわからないのだが。


「そんな不埒ふらちな輩、放ってはおけませんわ!」


「犯人捜し! 面白そう! ボクもやりたい!」


 反応はまったく正反対だが、どちらも協力してくれることには違いないようだ。どうすればいいかまったく思いつかないカンパーニュちゃんの手をパリジャンちゃんが力強く引いた。


「こういうときはまず現場検証ですわ!」


「結局パリジャンちゃんも楽しんでるじゃん」


「うるさいですわ!」


 やれやれ、と肩をすくめるクロワッサンちゃんにパリジャンちゃんは赤面しながら答える。言い合いをしながらも楽しそうな二人に続いてカンパーニュちゃんもお店を出ていった。


「おーい、店番。って、まぁいいか」


 すっかりカンパーニュちゃんの前のめりに慣れてきた店長さんが頬を掻いてそれを見送っていた。

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