カタルシスは花吹雪と輪舞する少女の中で

菜の花

然うは問屋が卸さない

00話 神隠し

朝6時丁度、私は目を覚ました。

見慣れた天井、鳴り響くニワトリ型の目覚まし時計、最近変えたばかりのカーペット、真新しい教科書が散乱する勉強机。勉強机の棚に置かれた写真立て。

いつも通りの今日も、写真の中には私が一人、笑っていた。


私は頬に着いた涙を拭うと、タオルを持って一階へ下りた。


私は、よく夢を見て、泣いている。


昔から、怖い夢を見る。内容は大体覚えている。全て私が殺される夢だから。剣で刺されたり、毒矢で射貫かれたり、巨大なハンマーで潰されたり、魔法で体に穴を開けられたり等など様々。痛くて苦しくて「死にたくない誰か助けて」と、思って視界が真っ白になって目が覚めるのが、いつものパターン。


友達のなっちゃんに相談したら、「知らないの?殺される夢は吉夢!新しい自分に生まれ変われるか、生まれ変わりたいと願っているから。まぁ、殺され方で意味も変わるけど、そんだけ色んな殺され方されて、流血してるんなら大丈夫っしょ!悪い夢は良いことの裏返し!悪い夢は忘れよう!これから幸運なことが沢山訪れるかもよ?」と、言って背中を叩いてはげましてくれた。


それから、夢を見ることは怖くなくなった。

けれど、涙は止まらなかった。




洗面所の鏡に映る自分は、いつもながら酷い顔をしていた。

朝はいつも苦手だ。

(新学期なんだから、ちゃんとしないと。)


顔を洗い、歯を磨き、髪をとかして一つに結ぶ。

洗面所を出ると、香ばしい良い匂いがしてきた。匂いをたどるようにリビングからキッチンを見ると、ご機嫌な母の姿が。

「お母さん、おはよう。またカレーなの?」

「またってなによ~。失礼ねぇ。一晩寝かせたカレーは美味しいんだからねっ!それに、今日は焼きチーズカレーよ♪」

「oh・・・。」


「早く着替えてきなさい」と、言う声に生返事をする。朝からチーズカレーは胃もたれしそうだ。なんて思いながら、階段を上る。


新しい制服は、紺色のセーラ―服。襟と袖に濃く深い赤色のラインが2本入っていて、ネクタイも同じラインが入った物だ。校章と学年カラーのバッチを胸元のポッケに付けて着替えは終わり。中学はブレザーだったので、まだセーラー服は慣れない。カバンに教科書、ノートと下敷き、電子辞書、筆箱、なっちゃんから借りた小説を入れてリビングへ戻る。



今日の朝ごはんは、焼きチーズカレーとサラダにワカメスープ、デザートはご近所さんから頂いた、いちごだった。


「はい、お弁当!あっ、そうそう、お母さんね、今日の仕事長引きそうなの。6時までには帰れるようにするから、夕ご飯のお買い物を、お願い!」

「いいけど。」

「ありがとう!はい、お買い物メモとお金ね。」

「・・・これカレーの材料のような気が?」

「気のせい、気のせい。さあさあ、電車来ちゃうわよ?行ってらっしゃい!」


今日のお弁当は、カレーじゃないことを祈りながら、家を出る。

(魚買って、お母さんが帰ってくるまでに夕ご飯作ってしまおう。)


「行ってきまーす!」




自転車で10分の十一重じゅうひとえ駅まで行き、二つ目の豊穣ほうじょう駅で降り徒歩15分で学校に着く。

自転車を走らせながら、とあるお宅の前を通り過ぎる時、ちらっと表札を見る。

(今日も、ないか。)

私は毎朝確認することがある。一つは、勉強机の棚に置いた写真立てに誰が写っているか。もう一つは、先ほどの「星野さん」の前を通る時、表札に名前が増えているかどうか。



小さい頃、共働きの帰りの遅い両親の代わりによく面倒を見てくれたのが星野さんご一家だ。星野さんとこには3人姉妹がいて、一番下の子が、私とよく遊んでくれた。年は私より6つ上。髪は短く、おてんばな元気な女の子だった。

名前は思い出せないけど、お姉ちゃんは私のことを「あーちゃん」と呼び、私は「お姉ちゃん」と呼んで慕っていた。

けれど、お姉ちゃんが6年生の時、お姉ちゃんはどこかへ消えた。


ある夕暮れの日に、私は星野さんとこの玄関前で、倒れていたらしい。

私は、なぜ倒れていたか、記憶はない。同時に、みんなの中からこの世の中から「お姉ちゃん」は消えていた。星野さん家は2人姉妹になった。

当時の私は、いろんな人達に聞いて回った。けれど誰も知らなかった。知っているはずなのに。

一緒に撮ったはずの写真、一緒に描いたはずのお絵かき帳からもお姉ちゃんは消えていた。

変なことばかり聞いてくる私に、両親は言った。なにか夢でも見ていたのだろうと。




私は自転車を止め、駅の改札口に向かう。改札口と言っても無人駅なので、定期券を出すこともない。木造の古い駅の中は、外を飛ぶスズメの声しか聞こえず、とても静かで落ち着く。

カーテンで閉めきった窓口の前に、改札口がある。切符入れを挟んで両端にある通行用の短いシルバーのポール。そこを通り抜けるとすぐに下り線のホームがある。私が乗るのは上り線。20メートル右側にある構内踏切で渡って向こうのホームに行く。



私は、星野さん家のおばあちゃんから聞いた昔話を思い出した。

昔、この町がまだ村だった頃にあった神隠しの話を。当時の私は夢中で探した。みんなを元に戻せる手掛かりだと思い。私がおかしくなった訳ではなく、みんながおかしくなったのだと。元に戻ったらお姉ちゃんも帰ってきてくれると信じて。

でも調べてみたら、この話はオチがあり、行方不明になる人は多かったが、二、三日で見つかり、酔っていたとか山で転んで寝ていたとかそういうオチだった。それ以上は、何も出てこなかった。本もネットも誰からも。




ふと、地面が薄桃色になっているのに気が付いた。顔を上げれば、桜の花びらがひらひらと舞っていた。駅の柵の外には、桜が線路にそって植えてある。今年はかなり遅咲きらしく、まだまだ咲き誇っているものが多い。


(時が経つのは、早いものだ。・・・なんてね。)

年寄りみたいな事を考えながら進む。


桜の絨毯を越え、5段ほどの階段を下りながら右左確認し、警報機のランプも確認して構内踏切を渡る。腕時計を見る。電車が来るまであと10分。

下り線のレールを渡りきろうとした瞬間、声が聞こえた。


「あーちゃん!」



はっとして、急いで後ろを振り返る。

だが、振り返った先、声がした先には、誰もいなかった。坊主頭の学ランを着た男子学生以外は。しかも目が合ってしまった。


「なに?」


眉をひそめて聞かれる。


「す、すみません、なんでもないです。」


あわてて、すぐ前に向き直り踏切を渡りきろうとしたが、それは出来なかった。

足元から数センチ先、踏切の真ん中から向こうの上りレールの先までデカい魔法陣の様な白い模様が浮かび上がり、そこから、どっと光が天高く昇っていた。


何かを考える前に、右腕を思いっきり引っ張られて、体が後ろへ。


(ああ、たぶんさっきの男の子が引っ張ってくれたんだ。危ないって声も聞こえたような気がするし。あれ?でもなんで私、悠長に引っ張られたままなのだろう?)


私の体はゆっくり後ろに下がっていって、男の子の左肩が見えたところで、今度は男の子が私の居た位置へと動く。

視線をゆっくり下げると男の子の腹に白い煙の様なものが巻き付いている。煙の先は、白く光る魔法陣へつながっていた。男の子は私から突き飛ばすように手を放して、「逃げろ」と口を動かす。


スローモーションの中で、私が思った事と言えば、男の子がこの光に連れていかれたら二度と戻ってこない。そしてみんなの記憶からも消えてしまう。


なんでそう思ったかは知らない。

けれど、私の体は勝手に動き、後ろに引っ張られた勢いで崩れた態勢を立て直す為、片足で踏ん張り、蹴る!前に突っ込む為、反対の足でもう一度地面を蹴る!


誰かが「ダメだよ。」と、言う声がする。


それでも私は手を掴みたかった、引き留めたかった。男の子の手が誰かの手と重なる。男の子の姿が誰かとかぶる。似ていないのに、似ている。全く同じシチュエーションなのだ。光に消えた、あの女の子と。

私は思いっきり、伸ばされた手を掴もうとした。だけどスローモーションの景色は色を消し、視界の端からすべてを奪い、真っ白になった。


私はやっと、思い出した。十年前の、あの時の事を。



「×××お姉ちゃん!」



今度はちゃんと、掴めただろうか・・。




完全に真っ白になる前の世界の先に、花の風で散る桜の欠片だけが色あせることなく舞っているのが見えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る