第3話
それじゃ、逃げられてしまったんですか?」
「まぁ、焦るな。続きを聞いてくれ」オ・ウィンは小さな手でベンチを叩いた。「エド・マキやジゴの話によると、彼らが来るときに拾った斧で扉を打ち壊し、部屋に押し入った時には王は寝間着のまま逃げる準備をしている真っ最中だったそうだ。初めは威勢の良かった王も護衛が倒されると取り乱し、傍にある物を手当たり次第に投げつけ暴れ出した。罵詈雑言、買収、命乞いを一通り繰り返し寝室に逃げ込んだ。
そこでも枕や果てには火のついたランプまで投げつけたもんだから床の絨毯から出火、最後はどういうつもりだったのかベランダから自ら飛び降りたそうだ。奴らが確認のためそこから下を覗いてみると、ハマ六世は石畳の上で赤い染みに変わっていた」
「追い詰めはしたけど、結局誰も王に直接手は下していないんですね」
「そういうことだ」オ・ウィンはベンチから飛び降り、像の前まで歩きそれを見上げた。
「確かにあの夜が転機になったのは間違いないが、俺がさっきのような英雄話を聞いて複雑な気分になるのもわかるだろ」
「彼らは収まりの悪い話を綺麗にまとめたかったんでしょうか。でも、誰も嘘は付きたくなかった。それで、変な話ですけどすぐにいなくなった隊長にすべてを押しつけた。その果てがあの伝説とこの石像……」
「どうなんだろうな。もしその通りでも、それがこの国の人々の心のよりどころになってきたのなら、俺はそれで構わんよ」
長い汽笛が一つ鳴った。船の出港時間が近いことを告げる合図である。
「そろそろ、帰ろうか」
「はい」
二人は歩き出した。駒鳥の石像に地元の親子連れが近づき花を添えている。二人は顔を見合わせた。
「そういえば、呪いは首輪は何時外してもらえたんですか?」
「あれか、あれははったりの首輪だったんだ」
「はったり、つまり嘘だった?」
「そうだ。使い古しの革のエプロンで使った首輪で、中身はただの水だ。だが、それを知っているのは幹部連中だけで首輪は本物として扱われていた」オ・ウィンは顔をしかめた。
「だいたいだな、俺たちでもそんな物手に入れようとしたら、魔法院に発注するしかないだろ。それが市中に出回ってるって?そんなバカなわけはないんだ。冷静に考えればわかるようなもんだが、あの時はすっかり騙された」
オ・ウィンは街路を戻りながら話を続けた。
彼はそれからまだ一カ月ほど滞在し組織の手助けをした後帰国した。王位は速やかにコレダー家当主に移譲され、当主はデルク三世として市民側代表と協議し王国議会に市民院を新設した。
「あら、うちは帝国はそれを承認したんですか。コレダ―家には援助をしていたはずでは……」
「俺が出ている間の状況が変わってたんだ。俺が帰った時には陛下はいなくなっていた。残っていた部隊も総崩れ、ローズの正体がばれたのもあの頃で大騒ぎだ。帝国にはもう他の奴のことを気に掛けてる余裕なんて無くなった。それで後ろ盾が無くなったデレク三世は帝国ではなく市民の傀儡になること選んだんだろう」
「彼女もそのおかげで命拾いですか」
「ローズか?手は出したよ。俺達が勝てなかっただけだ……」
「えっ?」エヴリーは驚きオ・ウィンの顔を見た。彼の眼は真剣だった。冗談を言っている顔ではない。
「何回か討伐隊を送ったがその度に追い返された。被害は出ないが、まるで相手にされてない。そこで俺達の出番となった。壊滅寸前の影は解体されて魔法院の下に組み込まれ、特化隊となった。俺はその頭に据えられた。初の任務がローズの討伐だ」オ・ウィンはそこで言葉を切り間を置いた。
「小雨が降る夜だったローズの力に対抗するため、耐魔装備で固めた俺たちは塔から出ていたローズを狙った。しかし彼女の力で俺以外はまるで動けず、さしの勝負になった。あの女は素手だ。ユウナギ相手に素手で立ち向かってきた。しばらくやり合って、俺はようやく急所である心臓を切っ先を捕らえることができたんだが、ローズは左手を犠牲にして強引にその狙いを外した。ユウナギがローズの身体を刺し貫いた時、俺の胸にもローズの右手が深々と刺さっていた」
オ・ウィンは眼を閉じ顔を歪めた。
「あの女の指は鎧の内側に仕込んでいた板金も何もかも突き抜いて、俺の心臓の傍まで来た。握りつぶそう思えばできただろうが、やらなかった。ローズが俺の胸から手を引き抜くと俺はその場に倒れた。意識はあったがもう動けなかった。ローズは自分の左手と身体を貫いているユウナギをまるで、指に刺さったとげのように軽く引き抜いて、俺の傍に投げてよこした。それから「身体をだいじになさい。また会いましょう」といつもの調子で言ってその場を去っていったよ。俺はすぐその気を失った。気が付いたらこのガキの身体になっていた」
「その身体はローズのせいですか。隊長のお話は結局いつもローズに行きつきますね」
「誰よりも縁が長いからな。もう腐れ切っているな。だが、この身体は違うぞ、これはユウナギがブチ切れたせいだ。毒袋とローズで相次いで死にかけた。それでもう二度と暴れられないようにとこの身体にされた。ユウナギは命を操る俺はその力で子供の身体にされた。この話はもうやめよう」
オ・ウィンは足を速め、二人は無言で港へ向かった。
この辺りはオ・ウィンが昔訪れた頃と変わっていない。ハマ六世の時代より前の建物も多く存在する。
「これは!」何を発見したのかオ・ウィンは近くの路地へと小走りで飛び込んでいった。エヴリーもそれについていく。
そこは何の特徴もない路地である。道幅は細くなり、さっきまでの街路ほど人気はなく二人の前に数人の地元の人々が見られる程度である。エヴリーが少し観察して気付いたのは、路地を挟んで両側の建物が建てられた年代に明らかに開きがあること。
右にある山側の建物は旧市街でも見受けられる風合いで二百年以上経っているだろう。それに対して海側の建物はここ数十年の内に建てられた物だ。
「ここだ。俺達が来たのは……。あの時は建物はまだここまでしかなかった。この先は波止場だった。すぐに海が見えた」オ・ウィンは懐かしそうに左右の建物を指差し説明をした。
「あれから港を埋め立てて街を拡張したんだな」
また、少し歩くと今度は港まで流れていく水路に行きあたった。水路には小さな石造りの小さな橋が掛けられ、水路に降りるための階段が設けられている。両脇には通路が作られここから港へ出ていけるようになっている。山側は水路の地下からの出口で侵入防止の鉄格子がはめられているが、中央付近の三本が上下端付近で断ち切られ欠損している。地理的にオ・ウィン達任務班が使用した場所に間違えない。
「どうなってるんだ?なぜあの時のままになんだ?」オ・ウィンはいぶかしんだ。
オ・ウィンは屈みこんで水路を覗きこんだ。
当時もままに見えるが、何かが違う。この場所には鼻をつき吐き気を催す悪臭が漂っていた。しかし、今は海からやってくる潮の匂いがあるばかりだ。毒袋がいなくなれば水も幾らかは清浄化するだろうが、これはそれ以上だとオ・ウィンは感じた。鉄格子にからむゴミも水底に湧く藻の見当たらない。明らかに誰かが維持、清掃をしているのだ。
「ここがあの話にあった……」エヴリーが横に来た。
「そうだ。あの混沌への入り口だ。が、何か妙だな……」オ・ウィンは水路のこちら側の壁に何かが張り付けてあることに気がついた。向こう側からならそれが何か確認できそうだ。
オ・ウィンは小橋を渡り階段を使い水路まで降りた。さっき目に付いた物は壁に埋め込まれた石板だった。それは慰霊碑でハマ六世の犠牲となった市民を弔うための物で細かな字で多数の人名が綴られている。
なぜこのような場所にという疑問は最後に書かれた一文で消えた。
そこにはなじみ深いユウナギの紋章が描かれその隣に「海の向こうより訪れし友とその仲間に感謝を、彼らの力がなければ今の我々はなかっただろう」とあった。
「彼らは隊長の正体をうすうす気づいていたんでしょうね」
「ばれていたようだな」
「それなら、わたしは間違っていたかもしれませんね」
「どういうことだ?」
「おおっぴらにできない駒鳥とその仲間たちに、せめてもの感謝の意を込めたものが例の伝説や石像、そしてこの慰霊碑だったんじゃないでしょうか。私が考えたような、王宮での間の悪い結末を隠すためではなくて……」
「そんな気を使われる謂れなんてないのにな」
長い汽笛が二度鳴った。
「時間だ帰ろう。ここでのことは黙っておいてくれよ」
「はい」
二人は早足で水路の横を足早に歩いて行った。
解放者駒鳥 護道 綾女 @metatron320
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