第21話 若きころのタヌキんど一世と繰り返されるだけの日常

 ここは、ダンディーな黄色い狸の家の中である。少女はその居間で進められるがままに煎茶なるものを飲んでいた。

 『やっぱ、私のこと気にいってくれたの?あなたにとって私は乙女ってこと?でも、さっき初対面で吹っ飛ばされたし、やっぱり私を試してる?だからここは少年バージョンでいったほうがいいの?もう迷っちゃうー?』

 少女はあらぬ妄想をうきうき笑顔で頭の中に浮かべながら、両方の手でうっとり顔をしながら黄色い狸をみつめているのでした。

 黄色い狸は悪寒がはしるように一瞬冷や汗をかくのでした。

 それを少女が、固まったままの狸の額に浮かぶ冷や汗を瞬時にさっと愛用の黄色い星屑がたくさん描かれたハンカチでふくのでした。

 しかし、その動作の甲斐もなく、ふてくされた様子で相手のことなどおかまいなしに、畳に頭を下から右手で支えるように横向きで寝っ転がるのだった。

 『うーん、まだなびかない?でも雰囲気的には上々かな?やっぱこの人いい人かも。』

 と頭の中の声のトーンを最後のところで少し上げます。

 『最初のごめんくださーいが良かったのかな?それとも私のこと好き?さっきのは、私をみつめていられなくなったから?』

 またあらぬ妄想が少女の頭の中に浮かびます。もう誰か止めてください。このうかれている少女を。

 『でもー、歓迎ムードってだけで、相手の出方を見定めてるとも見て取れるしー。やっぱいい人』

 けっきょく少女の中では、いい人であるようです。

 少女の眼はきらっきらしています。もうハートマークが眼にあふれかえってます。

 いわゆる一目惚れというやつですか?作者は体験したことなどありませんが。

 「えっ?そんな情報いらないって?さいですか」

 「なんじゃこやつ?人の家にあがりこんできおって。ってわしがいれたのか。まーいい、そんな正座なんかしてちぢこまってないで、用件があるならはよ言えっちゅうんじゃ」

 しかし、少女はなんかこの雰囲気と自分の妄想で、気圧(けお)されてしまったようで、どきまぎしています。手もなんか小刻みに震えています。

 「んーもうしゃらくせー」

 と思い、おもむろに黄色い狸は立ち上がり、相手に睨みをきかせながら、

 「なーあんさん、わしになんの用がってっここに来た?」

 少女は、もじもじしながら答えます。

 「それはんー、なんといいますか。弟子にしてもらおうかなーと思いましてー」

 『言えた、用件言えた。緊張してたけど、なんとか言えた。よっしゃあ』

 と思い、正座した膝の上で、小さく見えないように片方の拳を振り上げ、ガッツポーズをとります。

 「ふーん用件はあんだ。でも」

 と思いながらも、

 「そのちぢこまった態度をなおせっちゅうんじゃー」

 と怒気を含ませた声で大きくどなります。

 「ひっ」

 その声にびっくりし、さらにちぢこまってしまったようです。

 「んー逆効果?」

 『おこってるおこってる。絶対おこってるよー。どうしよう』

 と顎の下に手をすえながら、がくがくと全身を小刻みに震わせる少女なのでした。

 「ん、あんさん弟子になりたいんだろ」 

 「はい」

 と小さく、

 「じゃあ、実力を見せてみいっちゅうんじゃ。弟子にするかはそれをみてから決める。じゃあ表に出るかー」

 と言い、少女の眼の前に一瞬で移動し、頭を左手でそのまま持ち上げられ、頭を下にした恰好で移動し、戸(と)を押しあけ、外へと出ていくのでした。

 空中で正座したまま持ち上げられた私は、草原に降ろされ、

 『じゃあ。いっちょやってみまっかー』

 と思い、立ち上がり、左手でかこうように右手を左手にうちすえ、自分に気合を入れるのでした。


                  ▲


 「まずは、おまえさんの力量を測らせてもらう」

 『よし、そういうことなら話しは早い』

 と悪魔のような眼をしながら思い、敵を睨みつけ、舌で唇を軽くねぶります。

 「わしが練習相手になってやる。手加減してやるからかかってこい」

 と黄色い狸も少女に睨みをきかせます。

 「じゃあ。はっけよーい、のこったー」

 作者は、

 「なんで相撲?」

 と思いましたが深くは追求しません。今は二人の戦いを見守ります。

 少女は特効で相手に右手拳を肩のところで振り上げながら向かっていきます。

 黄色い狸は、それを消えるがごとき速さでかわします。

 少女は、一瞬何が起こったのかわからず、呆然と立ちつくします。

 でも、それはすぐにとけ、頭を左右に振り、敵を探します。

 どこにもいません。左右ではないのでしょうか。

 『なら上か』

 と思い、顔を上げますが、時遅し、すでに顔の眼の前に敵の拳があります。

 少女の顔に敵の拳がめりこみ、そのまま地下深くまでぶっとばされます。

 どこまで沈んだのでしょうか?少女の体を空中から視認することは不可能のようです。

 勝敗はついたようです。少女は地面に沈みこんだまま涙目になりながら敵を睨みつけます。くやしさでもういっぱいいっぱいです。

 黄色い狸は、それを空中でお父さん座りをしながら、腕を組んだ状態で眺めます。

 強さはみるまでもなく歴然だったようです。

 黄色い狸はゆっくりとおりていき、少女の頭の上まで深く潜ると、背中のところに手を逆手で置き、手の圧力だけで少女を勢いよく押すように空中にぶっとばします。

 「ぶへっ」

 空中にふっとばされた少女の口から少し液体が漏れ出ます。地面にうつぶせに叩きつけられ、口の中に土の味が充満します。

 『おえっ、まっずぅ』

 黄色い狸はもう眼の前に立っています。

 少女は薄れゆく意識の中こう思いました。

 『こりゃーしくったかな』

 少女は眼を覚ますと裸で布団に寝かされていました。

 眠てる間に服を脱がされ、体を洗われたようです。ほのかに石鹸の香りがします。

 『殺されはしなかった?むしろ助けられた?てか、もう男の子じゃないってばれちゃった』

 少女の全身に悪寒が走ります。

 『まーいい。今は服服って服がない?』

 部屋の中を捜しますが、少女の着てきたかわいい遊牧民族風の赤の衣装がみあたりません。

 『ん、それよりもいい香りー』

 布団にくるまり、体を少し起こしながら思います。

 「ん、起きたか。嬢ちゃん」

 『ん、嬢ちゃん?』

 とハテナを浮かべますが、すぐに思いだし、顔が真っ赤にはれあがります。

 もう全てを知られてしまった少女にあらがう術など残されてはいなかったのでした。

 「おじいさーん、このいいにおいはなーに」

 とかわいく聞きます。

 「ん、これか、わしの大好物のあまーいあまーいお菓子じゃ」

 と少し高い声をだしながらしゃべります。

 少女は自分の今の恰好も忘れ、白いエプロンをした黄色い狸の隣に立ち、キッチンで何を作っているのか覗き込みます。

 「これはなー、我が家の敷地の頭上にある空中庭園で作っているりんごをすり潰し、小麦粉と卵と野生の牛からかってに搾った牛乳をまぜ、ボールでねかせ、発酵させ、まるーくして、真ん中に穴をあけ、フライパンに油を入れる。そしてカラッとあげたドーナツならぬ、揚げりんごドーナツじゃよ」

 『うまっそー』

 と少女は思い、口から涎がでます。

 「うちのりんごはなー甘いんじゃよ。だから、よけいな味付けなんぞ必要ないんじゃよ」

 『やっぱおやつって胸おどるよねー。女の子の夢がつまってるっていうか。もうなんていったらいいんだろー。表現できないー』

 少女の心臓のドッキドキがとまりません。跳びはね、もううっきうっきです。

 成長途中のまだ小さな胸が少し上下にゆれます。

 その光景に少し顔を赤らめ、うつむきます。

 「それと、おじさんじゃなくて、わしにはタヌキんど一世っていうれっきとした名前がじゃなー」

 タヌキんど一世の言葉を最後まで言わせず、少女は高い声で叫びます。

 「ぎゃーーーー」

 心臓のばっくばっくがもうとまりません。

 『やっぱかわいい。にやけた顔もますますいい』

 メロメロですね。

 『もうだきついちゃう』

 とタヌキんど一世を自分の方に向かせ、抱擁をかわそうとします。

 タヌキんど一世は料理中なので、瞬時に左にいざることでそれをよけ、すぐさま料理に没頭します。

 抱きつく相手のいなくなった少女は、そのまま床にうつぶせに倒れます。

 そして、すぐさまタヌキんど一世のほうに尻もちをついたままむきなおります。

 料理ができあがったようです。白い桜模様の描かれたお皿にかわいく揚げりんごドーナツがおかれています。

 少女はそれを両手で受け取り、即座に口の中に一つを放り込みます。

 少女の口の中があまーいお菓子の味で満たされます。

 それを見たタヌキんど一世の顔が瞬時にほころびます。

 「おいしそうでなによりじゃ」

 「あっ申し遅れましたが、私は、テマリといいます」

 と皿を隣に置き、座ったまま床に頭をくっつけ、礼儀正しくお辞儀をします。

 「けっこうけっこう。そうかしこまらんでもよい。テマリか、かわいい名前じゃのー」

 少女は体を起こし、顔をあげます。ほのかに顔が赤くなります。

 「ほらっ。もっとおたべ」

 とかわいい声を出しながら、少女に揚げりんごドーナツをすすめます。

 「はい」

 と少女は返事をし、皿を胸の所まで片手で持ち上げ、もう片方の手の指でドーナツをつまみ、口の中に頬り込みます。おいしさで胸がいっぱいになります。

 それを見たタヌキんど一世の顔もまたほころび、

 「たーんとおたべ」

 と高くかわいい声をだしながら呟きます。

 「まだまだたーくさんあるからねー」

 とかわいい声をだしながら、少女の頭を軽くなでるのでした。

 

                 ▲


 「作者に一つしつもーん」

 「んっ?何地の文?」

 「このタヌキんど一世って人、声変わりしてないの?」

 「うーん、してないとは思うけど?」

 「そうなんだ。ありがと」

 「どういたしまして」

 「じゃあ、少女が声変わりについてなんて心配する必要性は微塵もなかってんだね」

 「なんで声変わりしないの?」

 はあーっとため息をひとつ吐き、

 「まだ聞くか、お主は?」

 と作者のこころの声。

 「しないんじゃなくて、できないだけ」

 「ねーなんでなんでなんで?」

 と高くかわいい声を出しながら、地の文は聞きます。

 それだけ眼をうるうるさせ、瞳を覗き込み、指を組んで眼の前で懇願されては、もう答えないわけにはいきません。

 「それはねー。タヌキんど一世の人生が何回も繰り返されているからだよ」

 

                  ▲


 弟子は動き出した。墓から這い上がり、生前に残っていたひとつの思い、タヌキんど一世と一緒に暮らすという願いを元に。

 弟子は崖に手を掛け、這い上がる。一歩一歩着実に上へと上がっていく。

 「師匠。師匠の元へ」

 その願いを胸に、上へと上がっていく。

 師匠と会い、修行を就けてもらい、ゆくゆくは師匠の相棒になるのが夢だった。しかし、その願いはもうかなわない。でも、それでも、師匠と一緒にいたい。

 それだけが生前に残ってた願いだ。今はそれも過去の残物(さんぶつ)でしかない。でも、それでも一緒にいたい。

 それだけが彼女を突き動かしていた。

 師匠と一緒に戦場を駆けたいという一途の願いの元。

 

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