第17話 インゴットの中の思考

 インゴットは忘れさられていた。自分が相手にされていないのをいいことに何をしてもゆるされていると思っているほど甘くはないことをインゴットは知っていた。

 インゴットは、タヌキんど一世にいつか弟子をもったときのための練習相手として造られた実験体なのだ。

 「まー殺すために造ったのではないけどね」

 とインゴットはいった。

 殺されるために造られたのなら、説教などされないはずだし、されたとしても、次にどんなふうにして相手をしてほしいなんていうのはおかしい。

 殺されるために造られたのなら、説教するにしても次は、どういうふうに相手をしどういうふうに死ぬんだよと最後まで言わないとおかしい。ということだ。

 「まーそういうふうに死ぬんだよというところまでいってくれるほど恐い生物はこの世にはいないだろうけどね」

 しかし、インゴットは、そういう生物が本当はこの世に存在していることを知らないのでした。


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 しにがみ。

 しにがみは、鎌を両手で持ち、長い銀髪を足までのばした大人の婦人の姿をしています。

 鎌は、先端が鋭くとがっており、地面に刺したら地面でもまっぷたつにしてしまうほどとがっています。持ち手の所は銀でできており、それ以外のところは樫の木でできています。

 刃の色は白く透きとおっています。ところどころに赤い点々がついており、それがどくどくしく光っています。今までにどれくらいの生物がその鎌によってまっぷたつにされてきたのでしょうか?それは誰も知りません。

 服は、白いドレスで、スカートの先には白いひらひらがついています。

 靴は、真っ黒で、紐もまっくろです。葬式に行くときに履くような靴といったらわかりやすいでしょうか?そんな姿(かたち)をしています。

 身長や顔はまちまちで、みる人によって変わります。

 その人に親しい人物だったり、その人に敵意を向けている人物だったり、その人には絶対に会いたくないと思っている人物だったりと人間の顔をしていることが多いでしょう。

 しかし、必ずしも人間だとは限りません。生物ならなんでもしにがみの顔になりうるのです。たとえこの世に存在していない生物だったとしても。

 だから、誰もしにがみの顔を知りません。しにがみ自体もおのれがどんな顔をしているのか知りません。てか知ろうとも思わないでしょう。そんな無愛想なやつなのです。

 顔があったとしら表情があると思っている人々が多いでしょう。

 表情がない生物なんていないと思っている人々が多いでしょう。

 であるからすれば、表情のない人物が一番恐いということです。

 その恐い人物。自分が恐いと思っている人物にしにがみはなるのです。

 それがしにがみの正体です。しにがみはその生物が夢をみているときにその生物の糧=その生物にとってこころの支えとなっているもの。を喰うためにやってきます。

 糧を喰われたものは生物ではなくなり、眼はなにもみていないような死んだ眼をしています。黒一色の眼をしています。

 自分がなにをしているかもわからず、なにをしていいのかもわからず、ただただ一日がすぎるのをずっと待ち続けている物(もの)達(たち)。それがしにがみの糧となった物達なのです。

 しにがみの糧となった物達はこころを失くし、何に対しても何も思わない存在になります。どんなことをされても、どこに連れていかれても何も思いません。

 しかし、しにがみとなった物達がずっとそこにとどまっているとは限りません。

 しにがみの糧となった物達にも記憶はあるのです。だからその記憶が色濃くのこっているところにしにがみの糧となった物達は行きたがるのです。

 その場所へ行くことを誰も止めることができません。止めようと思っても、人のちからでは止めることができません。その物達は、人の何十倍ものちからをもっているからです。

 とめようと思った生物は、その物達によってなぶり殺しにされます。それがその生物たちにとってとっても親しい生物だったとしても。だれも物達を止めることはできないのです。

 しにがみをみたものはその日のうちにしにがみの糧となり、こころを失います。しにがみに会ったら最後なのです。死んでいるような状態。死人(しびと)になってしまうのです。

 世界が死人でうめつくされたとき、しにがみの時代がやってくるといわれています。しかし、そんな世をしにがみが願うはずもありません。

 なぜなら、そうなってしまったら、しにがみの存在している価値がなくなり、しにがみの糧としているその生物にとって忘れられない程の生物がこの世からいなくなってしまうからです。

 だからしにがみは、一定量しか死人をださないのです。

 しにがみに会ったら最後、あとにまっているのはやすらかな永遠のこころのねむりだけなのです。


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 インゴットはその馬と狸のことを知りません。どんな性格でどんな人生をおくってきたのか。これからどんな人生をおくっていくのか知りません。知るよしもありません。知りたくもありません。

 これから戦うものに対して感情をもってしまっては戦うことなどできなくなるからです。

 でもそれを知っていながらもインゴットは感情というものをもちたいと思いました。感情というものを実際みたことも感じたこともないのにそう思いました。

 そう思ったことで、

 「ああー自分もいちよう生物なのだなー」

 とこころの中でそう思い、小さくなみだを浮かべるのでした。

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