第16話 タヌキの脳の思考

 二人の会話を聞き、馬の手の上に乗っている己をみて、狸(馬を引く者)は、自分でも試してみようと思い、頭の中に馬を描き出すのでした。そして、手を前に大きくのばし、馬の画像を頭に描きだそうとしましたが、頭に浮かんでくるのは、馬の画像ではなく、馬と歩んできた思い出ばかりでした。

 そのため、馬を引く者の目の前には、馬ではなく、馬とともに歩んできた二人の幸福な思い出しか浮かんでいませんでした。しかし、それは二人の眼の前には映らず、馬を引く者の眼の前にも映らず、ただ馬を引く者の目の前に映り続けるのでした。

 

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 馬を引く者の目の前とは、馬にも見えていなくて、馬を引く者にも見えていないが、実際にはその場にいる誰もが見ている空間。

 例えば、疑似的空間。疑似とは、その場に存在しているはずなのに、その場にあるはずのものが、いる人(現在その場に存在している人)には見えていないこと。

 ようするに、空間を隔てた世界に存在しているということである。

 なぜそうなっているのかというと、馬を引く者がそう願ったからである。馬を引く者は二人の思い出を思い描いたが、その思い出をタヌキんど一世には見てほしくなかったからである。

 それは、その二人の思い出の中に介入することができるくらいの次元のちからをタヌキんど一世が有していることを知っていたからである。

 なぜ一介の馬を引く者がタヌキんど一世のことをそれだけも知っていたのかというと、神が教えてくれたからである。

 

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 神と馬を引く者は以前会っていた。そう、神と馬を引く者は、夢の中で知り合いだったのである。

 馬を引く者が馬と会う少し前。馬を引く者が家族を失い、一人ぼっちで生きていたとき、神様が夢の中に舞い降りてきた。

 馬を引く者は、その夢を信じた。馬を引く者と馬とタヌキんど一世が出会うであろう架空の世界の夢を。そう、馬を引く者は、この先の展開もこの先起こるであろうできごとも知っていたのである。しかし、馬を引く者がそれを信じただけで、実際にそういうできごとが起こるとは思っていなかったのである。

 しかし、馬を引く者はその後(その夢を見た後)馬に会い、その夢をみたことさえ忘れてしまうほどのしあわせな思い出を馬と作ってしまったため、その神様がみせてくれた夢の世界でのことを忘れていたのである。そして今を生きている馬を引く者もその夢を見たことを思い出せるはずもなく、脳の思考だけがそのことを覚えており、その脳の思考によって、タヌキんど一世に二人の思い出を見せることが拒まれたため、二人の眼の前に二人の思い出が展開しなかったのである。

 ようするに言ってしまえば、馬を引く者の頭の中には、神に見せられた二人のこれからおこるであろう出来事が保管されているわけだが、当の本人は、それを知らないということである。

 頭と人物は必ずしもつながっているわけではないということである。

 そして、この世界の夢と地球の夢は全く違うため、忘れてしまってもしかたないのである。そう、夢はすぐ忘れてしまうものなのである。


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 その映像が、馬を引く者の目の前で映り続けている間、馬を引く者はその頭の中の二人の幸福な思い出を見て、その思い出にむかってしずかになみだをながしつづけるのでした。

 そして、そのなみだを見せまいとした脳がまた、タヌキんど一世と馬の眼の前から馬を引く者のなみだの映像を消したのでした。

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