第8話 馬の夢

 馬を引く者は今遺跡の中にいます。しかし、その馬を引く者の話しは一度おいておいて、馬のほうに目を向けてみましょう。

 馬はやっと目を覚ましました。そして、ここはどこだろうと辺りを見回しています。馬はゆっくりと大きな茶色い首を回して辺りになにがあるのか目で見ています。茶色い目をくりくりと動かして前を一心に見つめています。

 今馬の目には、土が映っています。黒い土です。こんな色の土は見たことがないというような顔で、土を見つめています。しかし、容易にその判断がつきそうにみえてきました。

 それは、ここが自分の今までずっと暮らしてきた星ではないからです。そのことを神から言われたのを馬は思い出しました。しかし、それがわかったからといって、ここがどこかがわかったわけではありません。

 しかも、いつもは隣にいてくれるはずの主人がいません。主人を大声で呼んでみます。でも、なにも返ってきません。もう一度呼んでみます。それでも返ってきません。

 しかたなく馬はいつもはルンルンというように心弾むように歩いているのに、このときばかりはとぼとぼと下を見てゆっくりと力なく歩いています。

 馬の目の前の黒い土はきめが細かく、足で踏んだだけで舞ってしまいます。土は馬の後ろで舞いながらどんどんと大きくなっていきます。馬の心は主人のことで沈んでいるため、まったくそのことに気づきません。その後も、馬の足が地面に着くたびにどんどんと大きさを増していきます。

 でもなぜ黒い土は大きさを増しているのでしょうか?なぜこんな不道理なことが起こっているのでしょうか?全く考えが及びません。しかし、そんなことを考えていても、当の本人が気づかなければ意味がありません。

 黒い土はどんどん大きくなっていきます。人に例えると、成長期でしょう。土はどんどん形をなしてきます。半径はまだ30㎝と小さいです。それでも周りに壁ができていて、厚みを増していっています。

 黒い土は舞っています。どんどん厚みが増していき、壁の高さがどんどん高くなっていきます。

 壁の一番上がようやく土で閉じられたようです。高さは馬よりちょっと大きいぐらいでしょうか。

 しかし土は、前を歩いている馬を襲おうとしません。襲うことが目的ではないのでしょうか?では、なにが目的なのでしょうか?馬に着いて歩くことでしょうか?それともまだ成長しきっていないのでしょうか?目的はわかりませんが、馬を襲う気はなさそうです。しかし、着いて行く気はあるようです。馬の行く先にはまだなにも見えません。

 馬はイライラとしてきました。鼻から白い息が出ています。そして空気の小さなシューという音が小刻みにしています。歩いても歩いてもなにも現われないことに嫌気がさしているようです。

 馬の目がうるうるとして来ました。馬の目から水滴が一筋落ちて来ました。落ちた涙が土にあたり、馬の後ろにいる黒い土がその涙の影響を受け、ただの土の姿に戻っていきます。

 黒い土の正体は、馬の沈んだ気持ちを形に表したものだったようです。それが涙で小さくなっているということは、自分の気持ちが落ち着いてきたようです。ネガティブではなくなってきたようです。しかし、完全には黒い土は消えません。なぜかというと、まだ完全に主人のことに踏切りをつけられていないからです。この黒い土が完全になくなったら主人に会えるのでしょうか?それとも会ったらその不安な気持ちは、消えてなくなるのでしょうか?わかりません。消えてなくなることが本当にいいことなのでしょうか?しかし、どうしたら消えるのかわかりません。不安な気持ちがなくなりきったら本当に黒い土は消えてくれるのでしょうか?

 それは、本当に黒い土が消えるまでわからないのでしょう。馬の不安はいつかなくなるでしょう。

 馬は、土の地面を歩き続けています。馬はやっと顔を前に向けました。するとどうしたことでしょうか?なにかが目の前に映ったような顔をしています。なにが目に映ったのでしょうか?主人でしょうか?

 主人ではないようです。砂埃が舞っているようです。それがどんどん晴れていきます。砂埃の中からなにかが出てきたようです。

 それは、灰色をしています。大きいようです。厚みがあるように見えます。そして、それの真ん中になにかがいます。なんでしょうか?茶色くて、しっぽがあって、背が小さいようです。生き物のようです。どんどんはっきりとしてきました。それは・・・それは・・・た・ぬ・きのようです。

 「た・ぬ・き・・・?たぬき?主人か?それとも?」

 そう思ったときに、もう馬の足はひとりでに駆出していました。

 「あそこに主人が。主人が、いる。やっと会える。」

 もう馬に不安な気持ちはありません。馬の後ろにいた黒い土がどんどん小さくなっていきます。そして、黒い土は消えてなくなりました。

 周りが灰色の場所に着きました。灰色は岩の灰色だったようです。その真ん中に狸が立っています。

 狸はこちらを向きました。顔がどんどんほころんでいきます。笑みでいっぱいになっていきます。

 そして、主人と馬は抱き合っていました。幸せそうです。幸せな顔をしています。二人はいつまでも抱き合っています。離しません。というか、もう離れない、絶対に離れないぞというような顔をしています。

 二人にはこの幸せという時間がずっと続くだろうと思っていました。

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