第9話 ゴーレム
今二人は周りを灰色の岩で囲まれた一角で抱き合っています。長い長い幸せのひとときです。
では、このときの二人の頭の中を覗いてみましょう。
狸(馬を引く者)は抱き合いながらこう思っていました。
「こんなに幸せを感じたのはいついらいだろうか。家族に会えなくなって、馬と会い、一緒に暮らし、赤い大きな龍みたいなものに追いかけられ、白い衣を羽織った人物に出会い、違う星に連れてこられた。CSまんとひひと戦い、一人でここまで悲しみを感じながら歩いてきて、泣いて泣いて泣きまくった。
それから数時間たって馬と会い、今こうして抱き合っている。これが僕の幸せなんだ。」
そう深く深く抱きしめながら感じていました。
馬のほうはどんなことを思っていたかと言うと、
「あのとき主人と会って本当に良かった。不幸のどんぞこにいた私を主人が救ってくれた。あまえてすりよることで私は愛を感じることができた。それが私がやっと安心というものを勝ち取れた瞬間だった。
私の人生はあのときから始まったのだ。その前のことは考えたくない。悲しすぎて誰にもいえない。
しかし、もうそんなことを思わなくていい。こうして主人と抱き合っているだけで愛を感じられるのだから。」
二人は深い深い愛情によって結ばれているんですね。私もそれを感じてみたいです。しかし、それを感じることになるのは何年後になることやら。
まーそれは置いときまして、二人は愛を感じあっていました。愛を肌で感じていたのです。その時間は二人にとってとても長いようで短い、限りない時間だったのです。
静寂という無の存在。私達は、その中で幸せを感じています。何もない、何も聞こえない、何も見えない、何も感じない、そう無の時間。そのときこそ幸せを感じているときなのです。無の境地。万人が到達する幸せの時間。それが無の時間なのです。
学術的なことを説明してもわからないでしょう。しかし、こう思ってくれればそれがわかるかもしれません。それが幸せを感じる時間だということが。
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二人の幸せの時間が唐突に打ち切られました。何かがそこに進入してきたのです。灰色の岩が、動くはずのない岩が、地面から木が根を出すようににょきにょきっとせりあがってきたのです。灰色の岩が二人の周りにどんどんと壁を造っていきます。二人の視界が灰色の壁で埋っていきます。目の前に見えるのは灰色だけです。二人は閉じ込められてしまいました。灰色の岩によって。
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四方を岩に囲まれた中に二人はいました。岩の中にいます。岩のガラスケースです。岩の中で飾られています。綺麗に飾られています。まるで美術館の作品を見ているようです。代名は相棒です。二人の狸と馬が岩の中から出ようと踠いています。必死に岩の壁を叩いています。しかし、岩の壁はびくともしません。欠けることすらかないません。道具は自分達だけです。二人は座り込みました。ここから永遠に出られないのかと思いました。そして、地面に手をつきました。地面の感触は岩の感触ではなく、土のような感じでした。
狸には希望の光りが見えたような気がしました。
手を握ります。眼の前に持ってきて、手をゆっくりと開きます。歓喜の叫びです。黒い土のようなやわらかい物体が手の上にのっていました。
二人は一緒になって必死で地面を掘りはじめました。二人の下に大きな穴が空いてきました。大きな穴です。真下に掘っていただけなのに、穴から光りが入ってきています。その光りの中に二人は勇気を振りしぼって、希望に胸をふくまらせて入っていきます。はたして二人の眼には何がみえたのでしょうか?
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空です。空が見えます。茶色い空が。青色じゃない空が?まだ出られないのか?それともここが外の世界なのか?二人は動揺を隠しきれません。
しかし、さっきの部屋のように壁がありません。眼の前には茶色い空の景色がひろがっています。穴から顔を出して二人は考えていました。下には茶色い空がひろがっているだけです。地面がありません。立てるのでしょうか?立てるのなら、穴から顔をだしている二人はなぜ重力に引っ張られないのでしょうか?二人の頭の概念を超えた存在がこの世界にはひろがっているようです。二人は降りるのが怖くなってきました。恐怖で足がすくみます。ためしに土を落としてみようと思い、黒い土を手で取って落としました。
土は下に向かって落ちていって、また上に戻ってきて、また下に向かっていきます。それを何度も繰り返しています。止まらず繰り返します。待っても待っても止まりません。それはとても不思議な候景(こうけい)でした。地球の概念ではとても説明がつきません。それは誰がみていても違和感を感じるようなものでした。
落ちないし、上がらない不思議な候景をみて、二人は、一回自分たちも同じように浮かんでいられるのではないかをと思いました。馬を引く者と馬は、思い切って外の世界に跳び込んでいきました。
案の定、二人は下に行ったり、上に行ったり、を繰り返していました。奇妙な感触に二人は戸惑うばかりです。まるで空中を上下に漂っているような感触です。リズムのある巨大な扇風機に下から押し上げられているようです。
自分が軽くなったように感じます。違う生物になってしまったように感じられます。とても奇妙な感触です。
二人は手を動かし、足を動かし、空を泳いでいって出口をみつけてみようと思い、移動をはじめました。足を上下にバタ足のように動かし、手は水を掻くように動かして、体を横にして、前をしっかりみつめて泳いでいます。この空間では空を泳ぐことができるようです。上下に動きながらも、ゆっくりと前に向かって泳いでいます。二人は顔を横に向け、見つめ合いました。馬は下で、馬を引く者は上で見つめ合います。二人のこころが一つになりました。
二人のこころが一つになった瞬間、下から今までリズムよく吹いてきていた扇風機のような風が突然止みました。二人は下に向かって勢いよく落ちはじめました。下にはなにがあるのでしょうか?二人は助かるのでしょうか?
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落ちています。二人は下に向かって勢いよく落ちています。つかめる物はひとつもありません。周りを見てみると、奇妙な候景がひろがっていました。下からうちわのようなもので上に上下運動をさせられている生き物の姿が周りにひろがっていました。自分達のほかにも捕まってしまった生物達がいたようです。彼らの姿は、どれも遠すぎて、上下に浮かんでいるということしかわかりません。大きなうちわは、誰に動かされているのでしょうか?
こんなにも激しく動かされているのだから、やはり、力の強い生き物でしょうか?
しかし、うちわの下を眼(み)てみても何もありません。(注、この場合は眼で直に下を見ているため、見ているとは書かずに、眼ていると書けといわれたので書きました。)
ひとりでに動いているようです。どういう原理なのでしょうか?やはり、地球の概念では説明がつきません。
二人は今度は、落ちていっている先(自分たちの下)に眼を向けてみました。下には、また同じように空がみえています。今度は何色なのでしょうか。
下に下に落ちていき、二人は茶色い空の空間から吐き出されました。
眼の前には、大きな大きな灰色の岩が生き物のように動いているのが見えます。大きいです。灰色の岩が何個も積み重なったような物体が眼の前に横たわっています。
空は淡く雲が覆っているかのようにうすい灰色で覆われています。とても異様な風景です。
その物体は二人の眼の前に恐いくらい不自然に横たわっていました。
二人は唐突に叫び声をあげました。
「ぎゃーーーーーー」
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