第4話優の日常

家に帰って、すぐに冷凍庫を開いた。

冷凍食品の品数が一つ減っている。それをみて安心した。

玄関の小さなホワイトボードが兄さんと俺の唯一のコミュニケーションの取り方だ。

といっても、その小さなホワイトボードには


6/23:工事バイト(朝)

6/24:工事バイト(朝)

6/25:工事バイトとプログラムバイト納期日

6/27:喫茶バイトと工事バイト

6/28:休み


と書いてある。主に俺のバイトスケジュールを書くだけのものだ。

ご覧の通りバイトに明け暮れる日々だ。(朝)は深夜から朝まであるということ。

今日の兄さんは機嫌がいいのだろうか。気を遣ってくれたのだろうか。

なんにせよありがたいことだ。


適当に買ってきた激安カップ麺を秒で食すために、鍋に水を入れて火をつける。

それを放置したまま、風呂場へいって風呂掃除を済ませてから浴槽にお湯を流し入れる。

キッチンへ戻ると、ちょうどお湯がぐつぐつと沸き立っていたので、それをカップ麺に注ぐ。3分待つ間に干していた洗濯物を取り込む。

少し硬い麺を飲み込むように食べてから、洗濯物をマッハでたたんで、兄さんの洗濯物は兄さんの部屋のドアの前に置いた。


お湯を貯める間、今日の宿題をやろうと思ったが神崎にきくの忘れていた。

LIONというSNSチャットで神崎に今日出た課題を聞く。

するとすぐに返信してくれた。

出ていたのは数学と英語。

勉強は以外と好きなので、予習とかも休みの日に一通り終わらせている。今日の内容はすでにやっていたところなのでしなくても良さそうだ。とりあえず、中身だけ一応チェックする。

時計を見ると20時48分を示していた。

あと5分でお風呂のお湯が貯まる。5分の間に

前やっていた、数学の教科書の問題7問と英語の和訳を見返す。

工事のバイトは0時からだ。仮眠がとれるのは3時間。最低でも3時間は仮眠が欲しかったのでよかった。

お湯をとめて、脱衣所にタオルを置いてから兄さんの部屋のドアにノックを2回してから自分の部屋に戻った。


電気を暗くして仮眠をとる。しかし、目を閉じてもなかなか寝付けない。

まぶたの裏に映るのは、旧校舎の教室。ゆりとの会話。

ゆりは何も聞かなかった。あの部屋のことも。そして、俺も何も聞かなかった。

お互いその方が都合がいいことを知っているからだろう。

それが却って新鮮で、楽だった。

ゆりは少しでもタッチタイピングうまくなってるかな。


そんなこんなを考えていると、21時半を示していた。

やばい。さすがに寝ないと明日学校すら行けないかもしれない。

台所に行って睡眠薬を取り出して飲む。兄さんは、お風呂から上がって部屋に戻ったようだ。

部屋に戻って急いで眠りにつく。目を閉じて深呼吸を繰り返すと少し眠気がでてきた。しばらくすると、すぅと眠気に身を任せて落ちて行く。


ブーーーと目覚ましのバイブ音が鳴る。

兄さんの迷惑にならないように、1回のバイブで起きることを目指している。

今日も1回目でバイブを止めることに成功した。

工事の服に着替えてから、水筒にむぎ茶を入れてそっと玄関のドアをしめた。

自転車で10分の現場に向かう。


おっちゃん「おう小僧!ちゃーんと寝たか?」

優「はい!今日は俺何したらいいすか?」

おっちゃん「今日はここが現場じゃねーんだ。ここから山の方へ行って土砂の片付けだ。」

優「あー、だから寝とけって言ったんですね。」

おっちゃん「車乗れ!行くぞー」


ただひたすらでかい岩や木をリヤカーに積んで運んで積んで運んでの繰り返し。

一通り岩や木がなくなったら次は土砂をスコップですくって積んで運んでの繰り返し。

いつもは車の誘導や、セメントの運び入れなどで楽なのだが今日は本当にきつい。工事のバイトを1年間続けてきてだいぶ筋肉もついてきたので自信をもっていたのだが…。おっちゃんには敵わない。ぜぇはぁ言いながら運んでいる俺の横を、おっちゃんは俺が持ち上げた岩よりも2倍ほどでかい岩をかかえてスタスタと俺の横を通りすぎた。すげぇ。

俺も頑張らないとと思って、俺がさっき持ち上げた岩よりひとまわり大きい岩を持ち上げようとしたら、おっちゃんがなにも言わずにすっと持ち上げて行ってしまった。かっけぇ。


そんなこんなで重労働を5時まで行った。体はバキバキ、汗だくだ。休憩所に入ったとき、膝からヘロヘロと崩れ落ちそうになるのを踏ん張った。


おっちゃん「お前、足痙攣してんぞ。よーく伸ばしとけ。今日の仕事は全体の3分の1ってとこだな。明日もあるんだから、ちゃーんと休めよ。」

優「おっちゃんすごいっすね。涼しい顔して俺の2倍ぐらいでかい岩涼しい顔で持ってって。尊敬します。」

おっちゃん「バカ、何年この仕事やってると思ってんだ。俺は体も出来上がってるし、楽で負担が少ない自分にあったやり方ってもんを見つけてるからな。お前は1年ちょっとだろ。ゆっくり自分のやり方を見つけるよ。無理すんじゃねぇぞ。」


やっぱ、おっちゃんかっけぇなぁ。おっちゃんは強面で堀が深い顔をしている。もちろん、ハリウッドのアクションがすごい俳優並みに体は出来上がっている。人情深く、奥さんも大事にしている。ちなみに、工事の事務のおばちゃんや若い子に大人気で、バレンタインのチョコの多さはNo.1である。

この前のバレンタインは、俺くわねぇからといって一部のチョコをいただいた。

今度、おっちゃんの仕事じっと観察してみようかな。

おっちゃんは、見かねて俺を家まで車で送ってくれた。

自転車は置いていいと言ってくれて、さらに明日はトラックで迎えにきてくれるとまで言ってくれた。


玄関の扉の鍵をそっと開けてから、そっと家に入る。

さすがに汗だくだったので、お風呂に入らせてもらうことにした。

湯船に浸かると、バキバキだった身体がほぐされていく感覚ですぐに寝そうだった。

怒られることを覚悟で、できるだけ音を立てないようにシャワーを浴びた。

お風呂から出て兄さんの部屋のドアを見たが、どうやら兄さんは寝入っているようだった。


時刻は7時15分。学校へは歩いて10分で行ける。仮眠をとってもそのまま起きないだろう。今日はもりちゃんに怒られることを約束していたので、そのまま学校に行くことにした。

歩きながら寝そうなほど眠かったので、耳にイヤホンを突っ込み、携帯の音楽を爆音で流した。家を静かに出る。


まぶたが閉じそうな重い目に、朝日がギラギラと入り込んできた。

歩きながら寝ることをお天道様は阻止してくれた。でも、授業が始まった瞬間寝そうだ。

もりちゃんの怒鳴り声で起きることを祈りながら、はやくも筋肉痛になってる鉄のような足をガシャンコガシャンコと前に出して学校へ向かう。


学校につき、職員室を覗いた。

もりちゃんの姿は無い。あの人、朝弱くてギリギリにきてるからなぁ。

お昼頃に説教だろうか。午前中の授業は寝坊助でまた説教くらいそうな気もするが…。

そう思いながら、自分の席へ座りホームルームが始まるまで寝ることにした。

1時間ぐらい寝れる!と思い、目を閉じた。


もりちゃん「…ぉぃ……ぉい守道…もーりーみーちー!」


もりちゃんの声が聞こえる。なんで俺の部屋にいるんだろ。家庭訪問はいいってゆったのに。まーた怒ってるし。そのうち脳の血管切れちゃうぞ。


優「…うぅん…もりちゃんの血管が…」

もりちゃん「はぁ?血管?なに寝ぼけてんの!爆音のイビキかいて!ホームルーム始まってんの!」

優「…う?ホームルーム?俺の家でしょ?」


と、うっすら目を開くとしかめっ面のもりちゃんが目の前に立っていた。夢なのか現実かもわからなかった。

優「…ねぇもりちゃん。俺のほっぺたつねってくれる?」

ぐぐぐぐぐぐっと遠慮もなしにもりちゃんは俺のほっぺたをつねった。

優「…いてぇ。…夢じゃない。」

周りでクスクスと我慢していたクラスメイトだが、我慢しきれずにドカンと笑いの渦に包まれた。もりちゃんまで笑ってる。

体を起こすと、バキバキボキボキと体がしなっているのがわかる。

横の席の女の子がクスクスと笑いながら手鏡とポケットティッシュを渡してきた。

なんでかなぁと思いつつ、鏡で自分を見てみると、腕を強いて寝ていたので髪に腕の形の寝癖が着いていた。口回りはよだれの跡、傷口がかゆい。顔には制服袖の跡線がくっきりと残り、目にはパンダのような隈がある。そりゃみんなが笑うわ。


もりちゃん「あはははは。あー朝から笑わせてもらった。お疲れのとこ悪いけど、ホームルーム始めるよ。みんなも、笑いすぎ。他のクラスの迷惑だからほら笑い終わって。さぁ!日直、号令!」

日直「きりーつ、…」


ガタゴトドシャーンと、椅子と共に俺は倒れ混んだ。

斜め後ろの神崎が飛んできて、俺を起こしてくれた。


神崎「おい!優、ほんと大丈夫か?」

もりちゃん「どうした!守道!ほんと大丈夫か!?保健室!」

優「ちょ、待ってごめん。足しびれてて立てねぇ」


俺の発言から一間の沈黙後、そこでまた全員ドカンと笑う。

もりちゃん「あんたは、座って号令。」

…工事バイト恐るべし。

日直「きりーつ!礼。」

座ったままお辞儀をして、ホームルームが始まった。

さてさて、俺は今日寝落ちせずに授業を受けられるでしょうか。










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