第3話芽生え
ゆりを駅まで送って、自分も家へと足先を変えた。ここから約2㎞ある格安アパートに住んでいる。駅で帰ったほうが早いが、今月はバイトを休んでしまったので切り詰めないといけない。
ちょうどパソコンもないので走りやすい。
駆け出そうとしたとき、
犬「っわん!へっへっへっ」
??「…あっおいマル!……すみま…?あれ?優じゃん。」
犬と軽快な走りで通りすぎようとしていた人物が、犬に引っ張られて俺に話しかけてきた。
優「おぉー!元気だなぁマルー!よぉーしよしよし!かわいいやつめぇ。お前何歳になったんだー?」
俺は犬のマルを撫でくりまわす。嬉しそうに耳を伏せて頭を俺の手元まで持ってきて撫でてくれとじゃれてくる。
神崎「…慌てて帰ったくせにまだ帰ってなかったのか?不良め」
優「まぁな」
ニカッっと笑って誤魔化した。神崎は呆れたように、ため息をひとつついた。
神崎「…はぁ。優、お前あのあと森ちゃんすげえ怒ってて飛び火がこっちまで来たんだからな。今度なんか奢ってもらうぞ。それか、俺んちよって、母さんに顔みせてやれよ。お前らのこと心配してる。優ちゃんと圭ちゃんはいつオリジナルチーズケーキ食べに来てくれるのかしらだってさ。」
圭ちゃんは、俺の兄である圭介(けいすけ)を示している。
幼いころは、神崎家と守道家は家が隣通しの幼なじみで、神崎の両親と俺の両親は仲が良かった。
片方の親が居ない時は、片方の子供を預かって親代わりをしていたものだ。
だから、神崎とは良く遊んでいたし、神崎の両親にもたくさん世話になった。
俺の両親が死んだ時は、身寄りがない俺らの親権者になるとまで言ってくれたぐらいだ。
せめて、家だけでも残して隣に住めばいい。その維持費くらいは自立するまで受け持ってくれるとまで言ってくれた。
しかし、相続の手続きを行っているとき、父さん側の親族で借金があることが発覚した。父さんはそれを黙々と返していたようだ。相当な額だったようだが、やり手の父さんだ、ほとんど返していた。俺らや母さんを養いながら、一人黙って頑張っていたんだ。
自分一人の手で返すつもりだったのだろう。その前に父さんは命を落としてしまった。俺は残った借金を受け持つことにした。
だから、神崎両親に迷惑をかけたくなかった。
そして、母さんと父さんの残してくれた物をほとんどお金に変えて俺らは今の格安パートを借りている。
優「神崎の母ちゃんにも会いてーんだけど、帰らねーと。ほんっとわりぃな!今度絶対行くからさ、オリジナルチーズケーキよろしくって言っといてよ。」
神崎「……はぁ。わぁったよ。…次は、絶対こい。」
神崎のため息には、怒りが混じっていた。
怒るのも当然だろう。
神崎の優しさに感謝しながら、お互いずっと知らないふりを貫く。
優「わりぃな。あ、神崎、CDありがとな!」
鞄からYUIUIのCDを取り出して、神崎に渡す。
神崎「CD?あ、YUIUIか」
優「あぁ。ありがとう。」
神崎「芸能だの音楽だの何にも興味を示さないお前が興味を持つとは、珍しいな。」
すごく神妙な顔をして神崎が顎に手を添えた。俺をなんだと思っているんだか。
そして、差し出したCDをじっとみてから俺をみてニコリと笑う。
神崎は幼い頃からどういうやつか知っているんだ。ニコリと笑ったときは、お節介をするときの笑みだ。
神崎「やるよ。」
優「え、でもお前も好きなんだろ?いいよ十分擦りきれるぐらい聞かせてもらったぜ?」
神崎「ま、受けとれ。それに、マルと体力作りの走り込みやってんだ。持って走られねぇだろ。」
神崎は、俺の鞄のポケットにするっとCDを入れた。おそらく突き返しても受け取らないだろう。
優「ありがとな。今度絶対行くからさ。陸上予選、頑張れよ。」
神崎「あぁ、絶対だ。もちろん」
神崎は、俺の胸にグーで軽く叩いた。
幼い頃、約束事をするときの絆を示す仕草だった。
少し、その仕草をお返しすることを戸惑って反応に遅れる。
でも、俺も同じように、神崎の胸に拳を添えた。
神崎「お急ぎなんだろ?早く帰れよ。」
優「あぁ。…なぁ、神崎」
神崎「あ?」
優「俺は、チャラ男か?」
神崎「ふはっなんだそれ。まぁ、見た目はチャラ男ぽいけど、残念ながら中身は主婦だ。チャラ男とは言えねぇなぁ。女にそう言われたのか?」
優「うっせ」
神埼「なんだ、好きな女でもできたのか?」
優「好きな…。好きってなんだ?」
神埼「あほかお前は。お前は自分のこと全く分かってねぇよなぁ。…バカ面さらしてないでさっさと飯作って食ってねろ。じゃーなー」
そう言って、軽快な走りで去ってしまった。
さっき絆確かめたばっかりなのに、あほかお前って…。冷たいなぁ。
…ん?自分のこと全く分かってないってどういうことだ?
…ゆりに会ってから、何だか調子がとれなくておかしい。
感情豊かなゆりなら、わかるのだろうか。
何かのヒントを求めて空を眺めた。
さっきまでは星や月が煌めいていたのだが、冷たい風が雲を運んできたらしい。煌めきはくすんで見えた。駅の時計は19時を過ぎた時刻を示していた。訳のわからない感情に、ぼさっとしていたらこんな時間になってしまった。
このままだと、帰っても仮眠時間がすごく短くなってしまう。
工事のおっちゃんが、今日は忙しくなるからしっかり仮眠とってこないと学校行けなくなるほどへとへとになるぞと言っていた。
明日は、もりちゃんに怒られなくてはいけないのだ。
早く帰って、何が何でも仮眠をとらないと。
雲の隙間からちらりと見えた月を合図に駆け出した。
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