第2話優美

風でなびく長い黒髪、吸い込まれそうな大きく碧い瞳。ふんわりとした唇。顔立ちが整っており、優美な仕草。

風でなびく髪を、ふわりと耳にかけてまた遠くを見ながら音のない歌を歌っている。

人を見て美しいとあまり思ったことがなかった。

俺はじっと、立ち尽くしていた。

すると、彼女が俺に気づいた。


漆黒の歌姫「…っ!!」


彼女は驚いた表情をしてすぐに、警戒心に満ちた表情になった。じりじりと後退りをするが、窓際なので動けないことに気付き余計焦っているみたいだった。


優「あ、えと、…ごめん。盗み見とかするつもりは全くなくて。」


焦って狼狽えてしまった。彼女はじっと俺の様子を伺っているようだった。金髪で口角に傷がある、見た目ヤンキーかチャラ男の俺だ。彼女が焦るのもわかる。


漆黒の歌姫「…」


優「ごめん、驚かせたよね。すぐ帰るから。忘れ物だけ取らせて」


俺は教壇の棚においてあった神崎から借りたCDを鞄に入れて教室をでようとした。

すると、彼女がかけっよってきて俺の裾を掴んだ。


漆黒の歌姫「…!」

優「?」


彼女の顔から緊迫感や警戒が無くなり、とてもイキイキした表情をしている。

すごく嬉しそうというか、喜んでいるような表情だ。

彼女は、俺の鞄を指差して目をキラキラさせていた。

あ、さっきのCDのことだろうか?

俺は鞄からCDを取り出し、


優「これ?」


と聞いた。彼女はコクコクと頭を立てに振り、黒板の近くへまるでスキップをするようにかけるとチョークで文字をかけ始めた。


漆黒の歌姫『YUIUI、好きなの?』


YUIUIは、女子二人で活動してるバンドグループの名前だ。身元不明、顔に狐の面をかけているのが特徴。歌のジャンルとしては、和楽器を取り入れたJ-POP。人間関係や生き方、息苦しさやどうにもならないことを辛くても乗り越えていこうと励ますような歌詞で人気となった。だが、大ヒットとまではいかず、どちらかといえばマイナーなバンドだ。

俺はYtruebeでたまたまYUIUIの人間花という曲のshort versionMVをみて、神崎がCDを持っていたので借りた。人間花は、花が美しく咲き誇り朽ちる過程と人間の生きざまを比喩した歌だ。


なぜだかわからないが、このYUIUIの人間花という曲に気を引かれた。

なぜ気をひかれたのかわからなくて、ひかれた理由を知りたかったのだが結局わからなかったので神崎に明日返そうと思っていた。


優「好き…かな。YUIUI好きなの?」


より一層、キラキラと目を輝かせて彼女はまた黒板に書いた。


漆黒の歌姫『大好きです!それ、聞きたいです!そして、お友達になりませんか?』


書いた後に振り返った顔は、少し不安げでおどおどとした顔だった。断られたら、どうしよう。と思っているのだろうか。


優「もちろん」

とニッコリと笑いこけると、ぱぁっと表情が明るくなって嬉しそうだった。


彼女は謎だらけだ。一向に声を出さない。

出したくないのか、はたまた出せないのか。

それに、彼女の制服から見て、私立女子校名声女学院の生徒のようだ。この学校から1駅分離れている。

なぜ少し離れている学校からわざわざ共学校の東高旧校舎にきたのか、なぜ入れたのか謎だらけだ。

聞きたいことは山ほどあるが、初対面で詮索するのは失礼だ。『レディに根掘り葉掘り聞くのは嫌われる。』と、自称モテ男の父が残した言葉を律儀に守っている。

彼女が聞きたいというので、持っていたノートパソコンを取り出して、プレイヤーに差し込んだ。夕日の差し込む教室に、心地よいリズムの音楽が流れる。

ゆりはとてもご機嫌で、目を閉じて音楽に合わせて体をゆっくりと揺らしていた。

ゆりはすごく嬉しそうに聞き入っているので、その横で音楽を流しながら簡単なプログラムを組むバイト作業をさせてもらうことにした。

一切の会話もなく、ただ心地よい音楽とカタカタとタイピングをする音が響いていた。ゆりのシャンプーのいい香りと心地よくて素朴な音が教室を包む。

すると、CDのすべての曲が一通り流れたところでゆりがふっと我にかえり、俺をみて恥ずかしそうにしていた。まるで、俺をすっかり忘れていた!という反応だ。

せかせかと立ち上がって、彼女は黒板に向かった。


漆黒の歌姫『ありがとう!あなたお名前は?』


彼女の側に行き、黒板に名前を書いた。

『守道 優』


優「もりみちゆう。東高校の2年。君は?」

漆黒の姫『花沢 百合(はなざわ ゆり)。名声女学院2年。』

優「さすが、綺麗な名前だ。花沢さんね。よろしく!」


さっき花沢さんが書いた自己紹介の文を黒板消しできゅっきゅっと世話しなく消し、また何かを書き始めた。

俺の胸ぐらいの身長しかない彼女は、書くのも消すのも一生懸命だ。


百合『ゆりがいい。ゆりって呼んで?』

優「…わかった。ゆりって呼ぶよ。ははっ消したり書いたり大変そう。」


少し、反応が遅れてしまった。

ゆりはぷくぅっと頬を膨らませて書いた文字を消し、何かを書き始めた。


ゆり『バカにしたな!』


書き終えてもう一度ぷくぅっと頬を膨らませて睨んでいる。


優「はは、違うよ。ちょっと待ってて」


幾つかしか置いてない机と椅子。

椅子を2つ教壇まで持っていき、バイトの作業を中止してメモを立ち上げた。


優「タイピングできる?」


ゆりは首を左に傾けた。まずタイピングが分かってないのか。

ゆりが黒板に書いて消すのは一生懸命でそれはそれでいいと思うのだが、もっと楽な意志疎通の方がゆりも楽だろうと考えメモを使ってもらおうと思ったのだが…。

でも、キーボードの配置がわからなければ黒板の方が楽だろうか。

とゆりを見てみると、ノートパソコンに興味津々のようだった。

試しにノートパソコンを渡してみると、辿々しく文字を入力し始めた。


ゆり『のーとぱそこん持てるなんてすごいね』


スペースで変換すれば漢字が出てくるのは分かっているらしいが、"っ"の打ち方や、カタカナに変換、キーボードの配置など色々分からないらしい。

このご時世レアかもしれない。


優「応援してくれてる人がくれたんだ。」

ゆり『ゆうはいいね応援してくれてるひとがいて』


そう打ち込んだゆりの顔は、寂しそうな顔をしていた。


優「なに言ってんの。俺とゆりは友達なんでしょ。俺もゆりの応援者だよ。」


きっとゆりも何かを抱えてここに来たんだ。"居場所"を求めているんだ。


ゆり『ちゃらお』


と、クスクス笑いながら返されてしまった。

確かに本当ににチャラ男みたいだと自分でも思った。


優「うっせ」


と返すと、またクスクス笑っている。

つられて笑うと、口角の傷が開いてしまい、血がまた出てしまった。

机の中にあるカットバンを取りに行って貼ろうとすると、ゆりが追いかけてきた。


カットバンを俺から取り上げて、俺の肩をくいくいと引っ張る。しゃがめということらしい。しゃがむと、口角にカットバンを貼ってくれた。

上目遣いで、少し照れている顔。

じっと見つめてしまったからだろうか、二人の目があってから離れない。

2秒ほど間をあけて、俺もゆりもパッと目をそらした。

ゆりは恥ずかしそうにさささっとパソコンまで行って何かを打ち込んで、俺の方にパソコン画面を向けた。


ゆり『わたしもゆうの友達だぁら手当てしあげるでもだからてけがいぱいしちやだめ』


急いで打ったから打ち間違いが多く、区切りや"っ"がなくて読みづらい。


優「せっかく良いことゆったのに台無しじゃねーか」


ケラケラ笑いながら言うと、ゆりはパソコン画面を自分に向けてぷくぅっと頬を膨らませた。


優「貸して」

パソコン画面を俺の方にずらして、打ち込んでゆりの言葉を直す。


『私も優の友達だから、手当てしてあげる。でも、だからっていっぱいケガしちゃだめ』


ゆりがすごーいという顔をして小さな拍手をしたかと思うと、次は悔しそうににらんだ。

表現豊かな子だ。


優「1日貸してあげる。タイピングソフトがあるから、これをクリックして、こんなかんじ。やってみ?」


ゆりの方にパソコン画面を戻し、手本を見せた。ゆりは、ゲーム感覚で楽しんでいるようだ。


優「1日ちょっとずつやればすぐ出来るようになるよ。特別に1日だけ貸してあげる。落としたりして壊すなよ?」

ゆり『申し訳ないから大丈夫だよ』


申し訳ないという顔でうかがってきた。


優「いいよ。明日は返してね。もし、俺いなかったら、ここに置いといてくれるとありがたい。」

ゆり『明日はこないの』

優「来れないのか…うーん」


というと、首を横に振っている。

そして、キーボードをみつめてから”め”のキーを指差した。

どうやら”?”の入力がわからなかったらしい。

俺にここへ来るのか聞いていたみたいだ。


優「あ、ごめん。そういうことね。明日は多分来れると思う。あと、”?”の入力の仕方はこのShiftっていうところ押しながら”め”押したら入力できるからね。」


教えてあげるとゆりは、”!”や”#”などを入力して遊んでいた。

窓から外を見ると、夕日は地平線に近づいていた。

携帯の時計を見ると、18時を過ぎた時刻を指ししめていた。


優「さぁ、そろそろ日が暮れてしまう。帰ろうか。送って行くよ。」


ゆりは、一瞬だけ沈んだ顔をした。


ゆり『ぱそこんおかりします。ありがとう。』


ニコッとゆりは笑った。


優「どうぞ。タイピング上手くなってきてね」


俺は神崎から借りたCDを、ゆりは俺から借りたパソコンをカバンに入れて、学校を出る支度をした。

ゆりと旧校舎を出ると、外は夜になる準備をしていた。空は、少し星ぼしが散っていた。

ゆりを家まで送るつもりだったが、駅のところで大丈夫という仕草をした。

お互い、連絡先も家も深いところは問わなかった。

帰り道、初対面の彼女に歩み寄る自分の行為を思い返して不思議に思った。

よくわからない感覚だが、悪い気はしなかった。

新緑を揺らす風が、俺の背中をそっと押したような気がした。

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