第十一話 マイ・フェイバリット・ホース! 俺はきっとお前を乗りこなす(前)
「私はこの後も別の仕事が有るのでこれで失礼します。馬小屋への案内は執事にさせますからご心配無く。――気に入って貰えれば良いのですがねぇ、ほっほっほ」
ゲトセクトさんは最後に含み有る笑みを浮かべていた。まったく、一体何を企んでいるのやら。
※
俺とアクアレーナはゲトセクトさんが言っていた通り、執事の人に屋敷の敷地内に有る馬小屋まで案内されていた。
「流石彼程の有力者になると、自家用の馬も多く持ってるんだね」
「ゼルトユニアでは人の暮らしに適応した生物を多く有している事も、名家のステータスとして扱われるんです」
アクアレーナの説明には合点が行った。
機械文化は低いこの世界に於いては、変な言い方だけどそういう生っぽい価値観が流行るんだろうなってさ。
そんな事を思ってると、執事の人が中から一頭の馬を連れ立って来た。
「こちらの馬が、親方様が仰られていた馬に御座います」
「へえ……」
赤色の毛並みでありながら長い
「こ、これは、馬の中でも厄難を呼び寄せると云われる相ではありませんか!?」
なんかアクアレーナが取り乱しながらそんな事を言っている。
「厄難って、どういう事……?」
思わずそう聞かずには居られなかったから聞いたんだけど、彼女はそれに答える事さえ失念して俺の両腕をぐっと掴んできた。
「レン様、このような馬を頂くなどとんでもない事です! このお話は無かった事として今すぐ断りを入れましょう!」
彼女がここまで必死の形相を見せるっていうのは、きっと相当な事なんだろうと思うけど……。
や、厄難って一体なんなのかを教えて欲しい……。
「取り敢えず、手を離して」
「……」
彼女は無言で俺を見つめながら、それでも手を離してくれた。
……とにかく、ちょっと触ってみよう。
「レン様ぁっ!?」
アクアレーナが泣きそうな顔で俺を止めようとしたけど、一度手を離してと言われているからか、両手で指をわきわきさせつつも実際に俺の手を取ろうとはしなかった。
彼女が見守る中、俺はそっと馬の額に手を置いた。
「ブルルッ」
馬が小さく鳴いたけど、俺の手を撥ね除けたりはしなかった。
その深めな茶色の目と、俺の暗めな茶色の目が視線を交わす。
「――」
「――」
こいつ……。
俺は馬から手を離して、執事の人に向き直った。
「この馬の名前は?」
「付けておりません。これは親方様がとある筋から貰い受けた馬なのですが、アクアレーナ様も仰られたように厄難の相を持ち、かといって捨てれば相手方の面子を潰す事にもなり困って居られたのです」
あのゲトセクトさんが面子を気にする相手って何者だよ。まあそれは今気にする事じゃあ無いか……。
「であれば、この馬を厄介払いの為にレン様に押し付けようという魂胆なのですね!」
アクアレーナが憤慨した様子で執事の人に詰め寄ろうとしたのを、俺が制した。
「いい、キミは下がっていて」
「レン様は、理不尽がお嫌いなのでは無かったのですか!?」
俺がこの数日の内に話した事を、彼女は結構憶えてくれている。俺の理不尽嫌いの事もその一つで、それは当然この馬の押し付けにも当て嵌まる。
「理不尽か。でもこの場合はさ……見た目でそこまで避けられるこの馬にとってもそうなんじゃないかな」
俺の答えに彼女は、はっとした顔をする。
「見た感じ体格が悪いって事は無いね、アクアレーナ?」
「は、はい。それは大丈夫ですけれど」
「俺はなんかこいつが気に入った、かな」
「レン様の御様子からそれは察して居りますわ。……でも、一体どうしてですの?」
あー、どうしてって聞かれると、ちょっと答え難いんだけどさ……。
でもこいつをフレイラ家の屋敷に迎えるなら、やっぱりアクアレーナの許しは貰えた方が俺としては気後れせずに済むもんな、うん。
「こいつの顔つき、目つきに出てるけちの付き加減がさ、なんか俺と似てるって思えるんだ。逆に親近感が湧くっていうかさ」
この理由には流石に彼女も目を丸くする。
「けちだなんて、そんな……。この馬はともかく、レン様が、そんな事は……」
彼女からすれば俺はもっと良い男だって風に思いたいだろうし、俺の言葉を否定したくなるのも、自惚れでは無く理解出来たさ。
でも俺自身は、あのニホンでの元恋人シュウとの別れからまだまだ立ち直れてる訳じゃあ無い。
思い出しただけで泣きたくなるなんてのは、流石にもう無いけどね。それでも、まだ踏ん切りを付けるには俺自身への自信が足りてないんだ。
だから俺の中でこれは一種の荒療治なんだっていう、そんな思いが生まれてきてたんだ。俺と同じくけちの付いた、こいつを乗りこなせるようになれば、何かが変わる気がするっていうそんな思いが。
「ニホンにはこんな言葉が有る」
「えっ?」
俺は彼女の方を向いて、微笑みながら言った。
「マイナスとマイナスが合わされば、プラスへと変化する。俺とこいつの組み合わせは、きっとそういう反応を起こすものになるよ」
――彼女が目を丸くするだけで無く、口までぽかんと開けている。
「あ、はい……」
なんとか絞り出した返事がそれだった。
まあそれはそうだろうとは思ったよ。さっき言った事は別に厄難とかそういう運気に関するものじゃ無くて、単に数字の計算の話なんだから。
「レン様……あの、とても尋ね辛いのですが、それはもしかして数字の計算のお話なのでは……?」
あ、やっぱりゼルトユニアでもそういうのは普通に習い事としてあるんだね。
アクアレーナの目がまるで――一瞬呆気に取られたものの、冷静になって考えたら今その言葉を言うのおかしくないですか?――と、そう言ってきていたんだけどさ。でもごめん、ここは何がなんでも押し通す。
「この馬、貰っても良いよね?」
「えっ!?……はい、それはもう……」
彼女が派手に驚いたのは俺が変な言い訳とかをせず、正にそのまま文字通りにシンプルに押し通そうとしたからであって、なんていうかもう理屈でのやり取りじゃあない。
この馬は俺にとって絶対必要なんだっていう、その思いからしてもう理屈じゃないんだから。
それでも、確信はちゃんと持ってるよ。
なんか、完全に気が抜けてる感じな彼女だったけど……とにかく許して貰う事は出来た。
俺としては彼女の不安を取り除きたかったからこそ、敢えて強引めな感じで言った訳なんだけど、まあ実際に不安な気持ちの方も抜けたみたいだからまあ良いかって思う事にする。
「執事さん、なるべく早くこいつを屋敷に届けてくれるよう頼みます」
「しょ、承知致しました……」
なんか執事さんも放心状態みたいになってるけど、こっちの方は別に放っておこう。
「厄難の相……いえ、私はもう、何も言いません。お心の強いレン様はきっと、言った私を野暮な女だと、そうお思いになられてしまわれるでしょうから……」
「そ、そんな事は思わないよっ!?――と、とにかく執事さんよろしくお願いします!」
ごめんって! ちゃんと俺がわがまま言ってるんだっていう自覚は持ってるって!
そんなすぐ自分が悪いみたいに思う位なら、素直に俺が変だって言ってくれた方が良いよっ、もう!
※
次の日にはもう俺の馬が届けられた。ゲトセクトさんの仕事の早さに舌を巻いたけど、それだけこの馬を厄介払いしたかったからかもしれないな、とも思った。
「なんと名付けるかはもう、お決めになられましたか?」
アクアレーナの言葉に、俺はこう答える。
「アンスリウム――それをこいつの名前にするよ」
「なんか良い響きですね、アンスリウム」
彼女はその名を反芻するように呟いた。
屋敷に招くと決まった以上、彼女も今更否定的な態度を取るつもりは無くなっててさ、この馬――アンスリウムを前にしてももう取り乱したりはしていない。
アンスリウムとはニホンの花の一種の名前でもあって、ゼルトユニアにも存在するのかは分からない。
でもあくまでニホンの花として捉えた場合は、当然というか花言葉が存在している訳でさ。
俺はその花言葉にちなんで、この厄難の相持つ馬の名前としたんだ。
「じゃあ今からはキミが俺の乗馬の師匠だ。よろしく頼むよ、アクアレーナ」
俺の言葉に彼女は力強く頷いた。
「はい。レン様が本番で恥を掻かれる事が無いように、誠心誠意みっちりと騎乗の技術を教えさせて頂きますわ」
彼女の言葉はとても頼もしくて、なんていうか心が躍るような気分になれた。
※
俺の乗馬の訓練の日々が始まった。講師を務めてくれるアクアレーナはパンツスーツ姿に長髪をリボンで括ったポニーテールという出で立ちをしていて、凛々しい感じで、新鮮だ。
「レン様は、確かに筋が良いと思います」
そんな彼女にそう言わせる事が出来たのは、正直自慢に思える。
「アンスリウムが賢いお陰じゃないかな」
一応の謙遜としてそんな事を口にする。けどなんというか、確かにこの馬には俺の意思を伝え易いと感じてもいた。
実際の所は、アンスリウムに対する俺の意思の伝え方が凄いのか、はたまた俺の意思をいとも簡単に汲み取るアンスリウムが凄いのか、まだ乗馬の素人である俺には全く分からない。
分からないけど、ここではきっとアンスリウムが凄いんだろうという風に思っていた方が、俺にとってアクアレーナの教えを吸収し易かったんだよね。
まだ素人なんだから俺自身は器で居る事に徹して、とにかく学んで学んで、乗馬のスキルを素直な形で身に付けていくべきなんだ。
「馬にも人と同じでスタミナが有ります。レースのどのタイミングで馬の全力を出させるかが、騎乗者の最大の仕事と言っても過言ではありません」
成程。彼女の教え方はシンプルで、だからこそとても伝わり易い。
「足を溜めるっていうヤツだね」
「流石レン様は飲み込みがお早いですわ」
アクアレーナがちょっと恍惚とした顔で俺を見てる。
「前見て前」
「はっ、私とした事がいけない!」
やれやれ、危なっかしいんだから。でもまあ、キミのそういう所も気に掛けながら走るこの緊張感が、俺の騎乗スキルの上達を更に早めてくれる事にも繋がるって前向きに考えるようにするさ。
――後半へ続く――
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