第十一話 マイ・フェイバリット・ホース! 俺はきっとお前を乗りこなす(後)
騎乗の特訓を始めてから数日経った日、アクアレーナはある提案をしてきた。
「今日は馬に乗りながら、街の方へと行ってみましょう」
「街って、もしかして――?」
俺の予想に、アクアレーナはふと微笑む。
「はい。私とレン様が運命の出逢いを遂げたあの街、その名もラスタンベリーですわ」
やっぱり。でもあそこには俺が見たくない物が建ってるって知ってるんだよね……。
「今日は教会で余所様の結婚式とかやって無いだろうね?」
「流石にそう頻繁に式は行われないとは思いますが、どうしてそのような事を気になさるんですか?」
アクアレーナは小首を傾げて尋ねてきた。まあ普通はキミみたいな反応が正しいと思うよ、俺もさ。
――かつて結婚を意識した恋人に、プロポーズして断られた上にその場で振られたからって、それで教会とか結婚式とか教会の鐘の音にまで拒絶反応を示すなんていうのは、幾らなんでも俺だけだってそう思う。
「……今はレースに集中したいから、なんていうか浮かれた気持ちになるようなものとは距離を置きたいんだ」
「成程。それはつまり、私達の本番の時まで、敢えて意識しないでおいた方が来たるべき時の感動も増す――という事ですね!」
アクアレーナがなんか物凄く自分にとって都合の良い勘違いを起こしているみたいだけど、俺が嫌がってる本当の理由を深く突っ込んで来られない事が、今は有り難かった。だからその勘違いはこの際そのままにしておくよ。
大丈夫、敢えて結婚という単語は出さないキミのギリギリの所での慎ましさは、俺はちゃんと理解してる。
「では参りましょうレン様。道中、馬のコンディションを逐一見逃さないようにお気を付け下さいませ」
「了解、キミのエスコートのお陰で気が引き締まるよ」
※
やって来たラスタンベリーの街は賑わいを見せていて、その中に居ると俺もなんだか元気が湧いてくる。遠出をしてきて良かったという気分にはなった。
「少しの間だから、大人しくしていてくれよ」
流石に乗馬したまま街道を動き回る訳にはいかず、俺達のように街の外から馬で来る者の為の仮厩舎にお互いの馬を預けた。
街道を歩きながら俺とアクアレーナは、語らいのひとときというヤツを愉しみ始める。
「レン様は、こうして街を歩くのはお好きですか?」
「どっちかというと好きな方かな。キミは?」
「外遊、という事でなら好きです。屋敷に籠ってばかりでは心が鬱屈してしまいますから」
そういえばこれは当たり前の事ではあるんだけれど、彼女は俺と出逢う前からずっとお嬢様なんだよな。
「今では自分の裁量で外出する事も容易ではありますが、父が健在の頃はそうはいきませんでした」
「大事にされてきた、とも言えると思うけど……キミはそれが嫌だった?」
俺の問いに、アクアレーナは笑顔を見せる。
「いえ。正直、そうであった頃はそれが当たり前なんだという風に思っていて、好む好まないというのは気にしてはいませんでした。それに前にお話しした通り、父が外出する際は同伴させて貰う事も多かったですし、決して屋敷に閉じ籠ってばかりでは無かったので」
「セイリン牧場とかか」
「はい。でも自分で道筋を決めて、誰かと共に行動する事にはとんと慣れていなくて……その所為で恥を掻いてしまう事もままありました」
そこで彼女は、何処か気恥かしそうな表情を俺に向ける。
「それって例えばどんな時だったの?」
これは聞いても良いものかと迷ったけど、答えられないならそれでもいいやと思って尋ねる事にした。
「それは、その……」
やはりというか、アクアレーナは言い淀む。
「言いたくない事なら良いけどさ」
こっちからリクエストをして、それから断られるまでがワン・セット――というのは俺が持ってる会話の技術の一つだ。
何も尋ねないのでは、相手に対して無関心であるかのように思われる。だから敢えて尋ねて断らせる事で、自分が関心を持っている事を示しつつ、同時に相手の優位性をこっちが演出してあげる――というものだ。
「いえ、そのような事はありません……」
うーん……。今回の場合は彼女、寧ろ話したいと思っているみたいに感じるなぁ。
ここは、後押ししてみようかな。
「案外言ってみれば気が楽になるって事も有る気もするよ」
「……そうですね。それでは聞いて頂けますか?」
勿論良いよ、俺は微笑みながら頷いた。
「セイリン牧場でもお話ししたように、私はかつての花婿候補の方と仲を深めるべく、共に外出などもしていたのですが、まあその、要するにそういった時の事です」
あー成程。それだったら、そりゃあ俺相手には話すのを躊躇うよね。
彼女がかつての花婿候補の事を話すのを渋るのは、今の花婿候補である俺に対してすまないと思う気持ちと……十回のエンゲージリンクを失敗に終わらせてしまった自分を、恥じてしまっているからなんだよ。セイリン牧場でもそうだった。
自分の情けなさを俺に見せるのが辛いと思ってしまう――そんなアクアレーナの気持ちを思うと、なんか心がきゅっとする。
「両親は子の私が産まれる前から、結婚の相手はニホン人でなければいけないと強く決めていました。だから当然の事ながら、私はゼルトユニア人の男性との恋愛などは許されておらず、実際の異性交遊に関しては疎くなっていたのです」
「そうか、でもそこは難しい所かなぁ。
今俺が言った事はあくまでニホンでの事だけどね。
「魅力、ですか。私は結婚して頂く為に必死で、相手の方々のそうした深い内面にまでは目が行き届いていなかったかもしれません」
「そういう思いを本音として抱く事は、決して悪い事じゃないと思うよ。かつてのキミが異性交遊に疎かったからって、そこで起きた辛い事を全部自分の不手際の所為だったなんて思う必要は無いさ」
「そう、なんでしょうか?」
「ああ、そうさ。実際キミはその経験の一つ一つから学んで、少しずつ男との向き合い方が上手くなっていった筈だ」
「レン様にそう言って頂けると、なんだか救われた気持ちになりますわ」
うん。まあ、実際に今この俺と接しているキミは女として相当の手練れだからね。
きっと過去十回の
かつての事はどうあれ、やっぱり今のキミの事は今キミと接している俺が見て、理解しなくちゃあいけない。かつての花婿候補の誰よりもね。
「レン様」
「ん?」
「……レン様は、私から見て魅力に溢れた御方ですわ」
アクアレーナはそんな風に言ってきてくれたけど、でもいつもみたいな惚けた感じでは無くて、なんていうか、とても真面目な顔をしていた。
「有難う」
俺はその言葉を素直に受け入れてみせた。別に自惚れた訳でも調子に乗った訳でも無い。
俺はこのアクアレーナという女が持つ男の見定め方に関して、否定的な態度は取りたくなかったんだ。
彼女は磨かれた末に今や男を狩る
狩りは、目が正確でなければ行えない。彼女の見定めを否定する事は、彼女の目の正確さを貶める事に繋がってしまう。
俺は阿呆な事を思っているのかもしれないけれど、彼女が俺の『有難う』の言葉を聞いて満足げに微笑んだから、もうそれ以外の余計な事は別に気に掛ける必要が無いのさ。
男が女を立てるのは決して楽じゃあない。時にはそれ自体が他の女を遠ざけてしまう事にも繋がるだろう。
でも今はそれが、嫌じゃあ無い。
「小腹が空いたな」
少しオーバーめにそう言ってお腹を押さえる仕草まで付ける。
「あら? でしたら何処かの食堂で休憩がてら――」
俺の言葉に素早く反応してくれた彼女に、俺はやっぱりそうなるよねと思ってた。
キミなら俺の世話を焼く事に力を注いでくれるだろうという予測も付くさ。
でも今はそんなキミを、そういう気遣いを抜きにして愉しませてあげたい。
だからその為には、食堂でっていうチョイスは少し違う。
「うーん」
「どうしまして?」
「そこまでするんじゃなくてもさ、こう手に乗る位のサイズの物を外で買って外で食べないか?」
「まあっ! それは、構いませんけれど……」
アクアレーナはそう言いつつも目を丸くしていた。
お嬢様だからもしかしたら、いわゆる買い食い的な事には慣れてないのかもというちょっとした思い付きが有ったんだけどさ、それはどうやら当たってたみたいだね。
※
俺とアクアレーナはベンチに腰掛けながら、手にした焼きそばを頬張っていた。
ベンチや焼きそばが在る中世ファンタジー風の世界ゼルトユニア。俺はもうだいぶ慣れて、その上でその独特感を味わっていってる。
うん、このソースの香ばしさが絶妙だね。
「こんな風に大衆に見られながら外で食べるのは初めてですわ」
アクアレーナの言葉は俺にとって正直待ってました感が有って、だからつい軽口を叩いてしまう。
「本当に? 過去の花婿候補の誰かと一緒にした事も無いの?」
しかしそんな軽口に、彼女はぐいっと身を乗り出して来る。
「女神ファリーリー様に誓って、これまでのどの花婿候補の方ともそのような事は有りませんでした!」
「うぉっと――。そ、そうなんだ」
「私、有った事を何もかも正確に伝えられる程には言葉の力に自信が御座いませんが……それでもただの苦し紛れに都合の良い嘘を、それもレン様に対して吐くような見苦しい女に見えますでしょうか!?」
ええっ!? めっちゃ捲し立てた上に、最後俺に答えさせる疑問形で締め括ったよ彼女……。
「いや、そんな訳は無いさ! うん……」
「お分かり頂けた事、心より感謝致しますわ」
そりゃあそんな風な言われ方されたら、押し通されてあげるしかないじゃないか。――出来る、本当に出来るな女だなぁアクアレーナ。
自分の潔白を俺に理解させたらもう彼女は落ち着いていた。焼きそばを頬張る横顔は優雅でさえあるから凄い。
「……焼きそば、美味しいね」
「はい。このソースの香ばしさが絶妙です」
――うん、俺も同じ事を思ったよ。
ん、どうやら痴話喧嘩と思ったらしい周囲の人が、興味本位に俺達をチラチラ見てきてる。外で食べようと言ったのは聊かはしゃぎ過ぎだったかな?
「ふふっ。こうして皆様の視線を受けながら、それでも開放的に食事をするというのはなんだか高揚感が得られますね」
おっ、そんな風に思うんだ? だったらこうして正解だったね。
「でもそれもきっとレン様とだからですね」
彼女が口元に青海苔混じりのソースを付けながら笑顔でそう言ってきて、俺は――なんか胸が温かくなった。
「アクアレーナ。レースは絶対に勝つよ」
「はい、レン様と共に」
以心伝心、って言って良いのかな? とにかく今この瞬間は、本当に優勝出来るってそう思えたんだ。
よし。こうなったらレース開催の日まで、とことん二人で特訓するからね!
――第十一話 完――
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