scene69*「笑い声」
今度は絶対に失くしたくないんだ。
【69:笑い声】
突然だった。すぐに分かった。
見るだけで体中の全神経がざわついたほど。
ドキッとしたような、でも少しだけギクッとしたような。
後ろ姿だったけど、隣にいる男に顔を向けた時、笑顔である横顔がちらりと見えた。
俺の元彼女。
すげー好きだった彼女。
もう気持ちにケリはついてる。とっくに済んだ事なのに今になって見つけてしまうなんて。
だけど遠目でもすぐわかるほど、絶対に当てられる自信がある。
気付いた瞬間、思わず立ち止まり、繋いで絡ませてた指を無意識に緩ませてしまった。
どのくらいそうしてたのかわからない。
本当のところ見つけた一瞬、酷いだろうけど隣にいた彼女を忘れかけた。
あの頃から髪が少し伸びて、ちょっとだけ変わったんだな。
決して幸せだとはいえないような別れ方したんだよな。
あん時は俺、ものすごく身勝手だったんだ。
……よかった、今、ちゃんと笑顔なんだ。
笑顔にさせてくれるやつに会えたんだな。
それと同時に何故か切ない気持ちになっていた。
「キョーちゃん」
ハッと気づく。
隣にいた彼女はすごく心配そうな顔をしていた。
「どうしたの?何か忘れ物でもした?」
力の無い俺の手を、不安そうにギュッと繋ぎ直す。その力に今やっと気づいた。
別れてからぽっかりしていたどうにもならない気持ちを包みこんで、満たして、寄り添ってくれたのは今の彼女だ。
小首を傾げる彼女が、俺はたまらなくいとおしいと感じた。
「なんでもないよ」
そう言って頭を撫でてやるとホッとしたように表情を緩ませた。
何となく元カノがいたほうを目線だけで再度見てみたが、その姿はもうどこかへと消えていた。
彼女は俺の腕を引っ張りながら言った。
「もう帰ろう?夕ご飯つくんなきゃ」
「……そうだな。夕飯なに?」
「もー食いしんぼ!」
「手伝うからさ」
「まーたそんな事言って~。信じない!」
「ホントだって!」
手を強く繋ぎなおして、グイグイ子供みたく引っ張るように歩き出す彼女。
屈託なく笑う彼女を見て、今度こそ大事にしたいと思った。
今度は絶対に、手放したくない。
絶対に、悲しませない。
一歩踏み出した俺は、さっきの重い気持ちが外れたような、なんだか新しい気持ちになったような気がした。
( 立ち止まった横には失くせない笑顔 )
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