scene35*「草むしり」


“じゃーお前ら、こっからあそこまで草むしりしとけよ。1時間半後にまた来るからな。”


どうしようもないあたしたちを引き合わせたのは、まさかの草むしりだった。



【35:草むしり 】



「「ゲッ」」


だっさいジャージ姿のお互いを見て同時に発した言葉。

同じ中学だったタカバヤシがそこにいた。卒業してから約1年半ぶりのご対面とやらだった。


「あんた何でここにいんのよ」

「つーかそれこっちのセリフだし」

「どーせ掃除バッくれて体育館で乳繰り合ってたか、提出物失くしたかしたんでしょ」

「……」

「だっせ」

「うっせーよ!てめーこそどうせ髪の毛染めて、染め直しもダメだしくらったんだろ」

「……つか何であんたと、この暑い中草むしりなわけ?」

「図星かよ」

「うっさいよ!!」


タカバヤシとは中学の頃よくツルんでた。

あたしの苗字もタ行で始まる「タカハシ」だから席も出席簿順だから近くて自然と仲良くなった。


中学の時から「タカハシ・タカバヤシ」といったら先生たちの悩みの種だった。

グレてるってわけじゃあない。ただ気に食わないことが多いだけ。やりたいことやってるだけ。

ケンカ売ったりとか暴力なんかもやってない。あ、暴力なら一回だけやったかもしれない。


同じ時期に、ピアスやって怒られて、髪染めて怒られて、授業バッくれて怒られて、原チャをパクッて2ケツ見つかって怒られて、夜のゲーセンにいて補導された仲。

ついでにお互いの『初めて』の相手でもある。興味本意でやったことだ。

処女と童貞なんてカッコ悪いってのはお互い一致してたし、お互いとにかく早く捨てたくて、そしてそれを先生と親にバレたときも呼び出されて怒られた。


あたしにいたっては親が厳しいので、家帰ってから髪の毛鷲掴みからの平手が2度も飛んできた。

それでもあたしは親が大嫌いでたまらなかったから、殴られててもずっと睨んでた。


「妊娠したらどうすんの!!って言われたよね」

「あー、んなこともあったなぁ」

「ちゃんとゴムまで用意してたのに」

「3%の確率に当たったらどうするの!っていうお前のかーちゃんの声、未だに覚えてるもん」

「校長室で叫ぶ言葉にしては衝撃的だったわ。我が親ながら」


二人してしゃがみながらブチブチと草を抜きまくる。


「笑い事じゃないのに、あん時笑い抑えるの必死だったなぁ」

「いや、お前肩震えてたし。バレバレだったし」

「懐かし~なぁ~」


ホントあんなに怒られまくってたのに、高校に進学できるなんてホント奇跡だとまわりの奴らが騒いでた。


地元のタルい学校で気楽っちゃ気楽だけど、でも高校入ったらいくらか丸くなって友達もフツーに出来た。

高校入ってからタカバヤシとはだんだんつるまなくなって、まだ子供の癖して「お互いもう、つるむようなガキじゃないしな」って事で敢えて疎遠になったのだ。


しかし風の噂でチラホラとお互いのしょーもない話は耳にするようで、1個上の先輩と体育館用具室でタカバヤシがヤッててそれを教師に目撃されたとか、ピンクに髪を染めたタカハシが注意されて直した色はプラチナブロンドだったとか、それでお互い「相変わらずアイツは馬鹿だなぁ」なんて思ってたりして。


「そーいやお前、去年だっけ?この時期くらいに教室で暴れた時あったよな」

「は?あ、あれかぁ。ははは。力有り余ってたって事だよねー」

「いや、笑い事じゃないし。あん時はマジ女のすることじゃねーとか思った」


ブチブチと草を抜きながら話すが一度も目を合わせていない。


中3の今の時期、あたしとタカバヤシはすでにシていて、どっからその情報が漏れたのか知らないけど、学校に行くと噂になっていた。

下らない事が書かれた黒板をニヤニヤ見てる連中の中、下衆な女が

「ね~どんな感じなの~」

なんてニヤニヤ笑って、いやらしいだの、不良だもんねだの、ヤリマンだのエンコーだのビョーキ持ちだのと、下らない事言ったもんだから流石にそれには頭きて


「なめんじゃねぇよ!!!!」


と、その女の椅子を教室の後ろにぶん投げてやったのだ。

女同士の噂が一番嫌いなのだ。陰湿で下らない。徒党組むのも大ッ嫌い。

言いたいことあんなら、ムカつくんなら、最初から堂々とケンカ売れやと言いたかったけど、口より行動が先に出て、たかが椅子を投げただけなのに気がついたら教師が集まり、親は謝りあたしは殴られ、そこでタカバヤシとの事がバレて校長室で怒られたのである。


「でもあのムカつく女子、ビビッて泣いてたから後悔してないし」

「お前ホント高校進学できてよかったな」

「お互い様じゃん」

「お前さぁ、その「ウケケケ」って笑い、色気ないからやめれ」

「説教くさいなぁ」


先生に言われたところあたりまで目を向けると、どうにも途方もない気がして、更にこの天候を思うとウンザリした。

かといってバッくれても解決するわけじゃないし、今回ばかりは大人しく作業をしたほうが正解のようだ。


長年使い古してところどころ凹んでいる、用具置き場行きに格下げになったバケツには、思ったよりちょっとしか抜いた草はなかった。


無言で草むしりを続けるタカバヤシを横目で見ると、自分の記憶よりも随分大人びた彼がそこにいた気がした。


いや、いた気がしたどころではなく、実際はそうなのだけれど、私の中でのタカバヤシの印象は中学からの彼しか無いらしく、何だかとても別人のように思えて仕方がない気がした。

けれどそんな事を思うのはどこか違う下心をタカバヤシに抱いているような気がして、それはとても恥ずかしくて許せないような気持ちになったので、それをどうにも誤魔化したくて草むしりに専念した。



もうどのくらい抜いただろうか。

作業を続けると段々と燃えてきたのか、あと15分であそこまで抜いてやる!と時計と格闘するように、躍起になって抜いたらバケツの中の草はそこそこの量になった。

タカバヤシも何も言わずに淡々と抜いて、たまに「あーつかれたー」「腰いてぇ~」と会話するというか、勝手に言葉を漏らす程度だった。


「お~い。ちゃんとやってるかぁ~お前ら~」


間延びした、お気楽そうな先生の声が聞こえて、時計を見るともうあれから1時間半もたっていた。


「お前らが大人しくやってるとは思わなかったなぁ。サボッていないんじゃないかと噂してたけど、いや~お前らも根は真面目ってことだな」

などと、ガハハハと笑う先生に対して内心(根は、ってヨケーなんだよジジィ。)と、せめてもの反抗で唇をとんがらせてみた。


「まー、ご褒美っちゃなんだけどな、はい」


何を出してきたかと思ったら、学校の自販機の60円のパックのお茶と、給湯室に隠してるんだろうか、お煎餅をあたしら二人にくれた。


「……ドーモ」

「ぁざっす……」

「じゃーその抜いた草をゴミ捨て場に持ってったら帰っていいからな」

「はーい」


校舎に戻っていく先生の後ろ姿を眺めながらため息をつく。

もう終わりだと思ったら、段々と腰が痛くなってきて足もクタクタだった。

あたしたちは、とりあえずゴミ捨て場に行くことにし、無言で歩き始めた。


ちょっとあたしの先を行くタカバヤシの背中を真剣に観察してみる。

かったるそうにガニ股にして歩くタカバヤシの背中はおっきくて、背だって高かった。

まくってる裾から見える足首や腕には毛が生えてて「男」そのまんまだった。

じーっと見ていると急に振り返ったもんだから、あたしはビックリして目を逸らした。


「この後ヒマ?」

「……予定は無いけど」

「じゃーちょっとファミレス寄らね?」


そういえば、夏休み前だから授業は半日でろくにご飯食べてないのに、先生に呼び出されて草むしりを命ぜられたもんだからお腹はペコペコだった。

意識するとお腹の虫がグゥと鳴ってちょっと気持ちが悪かった。


「そっちが誘ったんだから奢りね」

「うわ、お前サイアクだな」


でもタカバヤシが意外に羽振りがいいのをあたしは密かに知ってるのだ。

最近はおじさんの経営しているという板金屋で雑用のバイトをさせてもらってるらしい。


「ハンバーグ食べさせてよ」

「ハイハイ」

「あとデザートクレープも食べたい」

「てめぇ……」


あぁ、やっぱりこいつと話すと楽しいな。

こいつと一緒にいるのは物凄く好きだな。

居心地がよくて、何にもしなくても何となく一緒にいたいと思える奴。


さっきまであんなにクタクタだったのに。

ハンバーグを食べれると思うと機嫌がよくなった。


「気持ちワリーから鼻歌うたうんじゃねーよ」

「まーまー。音痴だからってさ、ひがむなよ。タカバヤシ~」

「お前ほんとウゼーな」



相変わらずどうしようもないあたしたち。


友達と呼ぶにはよそよそしくて、男と女とまで言いきれるほどまだ大人じゃない。


手を伸ばせば繋げる距離かもしれないけれど、ひとまずハンバーグでも食べながら、久しぶりに話をしようと思った。




( お互い「相変わらずアイツは馬鹿だなぁ。」なんて思ってたりして )

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