scene36*「おしゃれ」

一言も、可愛いって言ってもらえなかった。

彼の為にとせっかく選んだ一番の服も、これじゃあ台無しだ。


そう思ってたボロボロの心に、ふいうちにくらった善意の褒め言葉。

これで泣くなってほうが無理じゃん。



【36:おしゃれ 】



彼氏にフラレた帰り道、同じクラスのアマキくんに出くわしたことは予想外だった。


わりと大きい駅前の人混みの中、半ば放心状態で歩く私は初めアマキくんに気が付かなかった。


「あれっ、ミズキさん?」


突然名前を呼ばれたので顔をあげたらクラスメートのアマキ君がいた。


私は驚きながらも返事をするかわりに笑顔をつくったら、アマキ君は私服姿の私を見て照れるように「やっぱりミズキさんだった。……なんか、休みの日の女子はやっぱりおしゃれだね」って言った。


その言葉を聞いた私はいつもの教室のノリみたいに「え?やっぱり?」って調子よく返そうと思ったのに、全然できなかった。

なぜなら最初につくったはずの笑顔なんかもうできなくて、泣いてしまいそうな酷い顔をしてしまったからだ。


「……ミズキさん、もしかして、声かけないほうが良かった?」


アマキ君は様子のおかしい私を怪訝そうにしながらも優しく訪ねてくれた。けれどそんな事を言われてしまったら、否定するしかない。

私は首を横にふって、そんなことない、と言葉少なに答える。

アマキ君はホッとしたようだけど、やっぱり気になったのか「具合悪いの?」と心配をやめなかった。


具合が悪い、のかもしれない。

たしかに心の具合は最低最悪だ。


その原因は……大好きでしょうがなかった彼の最後のセリフを思い出すと、また眉が勝手に寄りとうとう涙がにじんで、ぽろりと頬に落ちた。


涙を見てギョッとしたアマキ君は「何があったの?!」と背中をさすってくれたのだけど、余計にその優しさがこたえてしまい、自分の中の何かが崩壊したように涙がどんどんこぼれだした。


「ええっ!??ミ、ミズキさん!?どうしたの!?」

ますます慌てるアマキ君をこれ以上困らせたくなくてちゃんと説明したいのに、声をあげて泣いてしまいそうな気がしてうまくしゃべれない。

「ごめっ……今、メンタル死にそうで……実は、フラレたばっかで……うぇっ……」

「ええええっ!!??」


彼が叫ぶのも無理はない。

だって偶然街で会った、普段は元気いっぱいのクラスメートにいつもの調子で声かけたら「振られたばっかでメンタルやばい」って泣きだすとか、私でも驚く。そして、やばいとこに出くわしちゃったなって絶対に思っちゃう。

それにこんな場所じゃまるでアマキ君が私を泣かせてるのと同じだ。


この状態で留まってはさすがに誰か呼ばれてしまいそうなので、アマキ君は道すがら泣き出してしまった私をなだめながら、とりあえず駅のすぐ傍にあるカラオケへと誘った。



周りの目を遮断してくれる個室に入ると気持ちは自然と落ち着いてきて、泣いたぶん喉が渇いてしまった私は、頼んだカルピスが部屋に運ばれてくるなり一気に飲見干してそのまますぐ追加オーダーした。

そして冷静になりはじめたぶん、道端で泣きだしてしまった自分がすごく恥ずかしい人のように思えて、困らせたアマキ君に謝罪とお礼を言いさっきまでの出来事を話した。



「すごく好きだったぶん、ショックすごくて……今日も久々のデートだったから、買ったばっかの服着てさ。ばかみたい。……そもそも久々にデートってこと自体、なんで気持ちが離れてる事に自分は気づかなかったんだろう」


元彼とは友達の紹介で知り合った。付き合って半年もたってない。

はじめはメールもマメだったし、つまんないことで何時間も電話できたり、デートだって毎週した。

だけど彼がバイトをはじめてから連絡があんまりこなくなって、夜メッセージを送っても疲れて寝ちゃったとかで既読スル―が当たり前になっていった。

もちろんデートなんかもぐっと減り、都合つけるのが難しいって言われて有耶無耶にされちゃう事も多くなった。

そんな風に言われたらこっちは何にも返せないのに、なんてずるいんだろうとモヤモヤする夜が増えて、気持ちも引きずったりした。


もう、だめなのかな。

そんなことない。


その繰り返しだったけど、彼の事を信じたかった私はずっと気付かないふりしてた。

やっと久しぶりにデートが決まって、私は浮かれて服まで買いに行ったくらい嬉しかったのにそのオチが別れ話だったなんて……。

正直いうと、予感してないわけでもなかった。

だけどそれが今日だなんて想定外だった。


一通り話した私はお店からティッシュまで借りて鼻を盛大にかんだ。

きっと私の鼻は赤くむけてて酷いふうになってるだろう。怖くて鏡も見れない。


届いた2杯めのカルピスを、ストローでくるりとかき回して「ほんと、ばかだ私」と呟いた。

グラスの中で氷同士かぶつかってカランと音をたてる。なんて他愛ない音だろうか。


ほんとに、彼の気持ちが冷めてることに気づかないふりをして着飾ってた私はお笑い草だ。

きっと私がこうして同級生に慰められている間にも、あの人は胸のつかえがとれてスッキリした心持ちに違いない。

そう考えたらますます悲しくてたまらなかった。


それでまた涙が滲むと、アマキ君がティッシュを差し出してくれた。

あんまりにもアマキ君が親切なので、ますます泣けてくるばかりだ。


アマキ君は私のくだらない恋愛話をずっと聞いてくれたうえで、全部聞き終わった後に、きっぱりと言った。


「ミズキさん、そいつ見返してやんなよ」

「え?」


アマキ君は実に真剣な顔で、それでいてちょっと怒ったような表情だった。


「第一、付き合ってる彼女に濁しながら別れるって最低じゃん。いや、ミズキさんが一度は好きだった人に、他人がこんなこと言うのは申し訳ないんだけど。

でもだからってそんな態度していいはずがないし。

……絶対そいつ見返してやったほうがいいと思う。

ベタかもしれないけど別れた彼女が、別れてからすごい笑顔で可愛くなってたら、そいつ絶対悔しがると思うし、本当にミズキさんが幸せになっての笑顔だったら、今日の別れは無駄じゃないって事だと思うし。


俺、恥ずかしい話あんまり恋愛経験ないんだけどさ……だけどそう思う。

ミズキさんいい子だし、それにオシャレでカワイイと思うし、振ったこと後悔させるくら見返してやんなよ」


あぜんとした。


真面目なアマキ君が、クラスでもしょっちゅう話すってわけじゃないアマキ君が、道すがら偶然会っただけの、失恋したてのクラスメートをこんなにも真剣に熱く励ましてくれているなんて。


クラスでもそんなに賑やかな性格じゃない彼が本気で、親身になって話を聞いてくれて、アドバイスをくれるなんて思わなかった。


ポカンとした顔をすると、アマキ君はまた照れたような顔をして「って……俺、言いすぎたよね。何も知らないのに。ごめん……」と、弁解をしたから、私は思いっきり首を横に振って、それを否定した。


「違うの。すごく、嬉しくて……感動してしまった……」

「ぇ!?どこが!?」

「うまく言えないけど……すごく嬉しかった!本当に!……ありがとう、アマキ君」


しっかりと目を見て言うと、アマキ君は真正面から人を向き合うのに慣れてないのかちょっとだけ驚いて、メガネの奥にある優しい瞳が細くなってはにかんだ。

そして突如、私はハッと我に返った。


「そういえばアマキ君、予定とかあったんじゃないの?誰かと待ち合わせとかしてたなら本当にごめん……」


考えたら休日の駅前にいるなんてアマキ君だって完全にお出かけモードじゃないか。

友達との予定なり自分の買い物なり、予定があったから出てきたのに違いないのに私なんかとこんなところにいて大丈夫なんだろうかと今更ながら気付いた。

するとアマキ君は「あぁ、大丈夫。ただ駅前の大型書店に買い物にきただけだから」と遠慮なさそうに笑ったのでホッとした。


「ほんとに?なんか、アマキ君もデートだったら悪いなって思っちゃった。アマキ君も私服オシャレだし」

「いや、彼女いないし。今日のも別にオシャレじゃないし」

「でも好きな子くらい、いるんじゃないの」

「それ、失恋したての女子の前で言えないでしょ」

「あ、言ったな。っていうかそれって否定してないってことだから」

「勘弁してください」

「同級生?同じ学校?」

「……黙秘します」

「もぉ~!いいじゃん!じゃ、当ててあげよう。うちのクラスにいるでしょ」

「んん……違う、かな。でもうちのクラスにはくる……かな」

「えぇ!?じゃあ他のクラス?」

「それとも違うけど」

「あ!もしかして違う学年!?え、アマキ君もしかしてお姉さま好き?」

「お姉さまって趣味じゃあないけど……」

「え~、でもうちのクラスにくる女の先輩って……誰だろ……てかアマキ君、たしかに同い年とかよりも年上と相性よさそぉ~。大人っぽいし。クールボーイめ」

「なにそのクールボーイって。それに俺、全然大人っぽくないし」

「年上の女性だと……あ、数学のオギハラ先生とか美人だよね。女性で数学教師ってマジすごい。数学って男のセンセーってイメージだもん。アマキ君、ああいう感じの大人っぽい彼女とか似合いそう」

「だからっ……なんか、ミズキさんすっかり楽しんでない?」

「え?やだなぁ……あはは……って、ほんとだ。ごめん、他人事なのにすっかり楽しんでた」

「失恋したてだよね!?めっちゃ元気じゃん!駅前で泣いてたのほんと焦ったし!」

「いや、あんときは本当に大声で泣き出したいくらい辛くてヤバかったんだってば!ほんと!!」


焦って弁解したら、私の慌てようがよほど面白かったのかアマキ君は顔をくしゃくしゃにさせて笑った。私もつられて大笑いしてしまった。


あ……ほんとだ。大丈夫。

わたし、フツーに笑えてる。



「あーあ、せっかくのおしゃれしてきたのに、アイツ一言も可愛いなんて褒めてもくれなかった」

「まあまあ」

「でも、アマキ君におしゃれって言ってもらえたから無駄じゃなかったってことかな」

「俺、今更ながら思ったんだけど……」

「なに」

「さっきの見返してやれってイイ話したつもりだったけど、カラオケボックスじゃ絵にならないなって」

「あはははは。言えてるかも」



私もアマキ君のように、優しく素敵な人になりたい。

もし彼が本当に恋をしていたなら、うまくいってくれるといい。

何かあったら、私もいつかアマキ君の役に立てるよう絶対に応援してあげたい。


そんな事を思いながら、明日は登校したら絶対一番に目の前の恩人に“あいさつ”しようと決めた。




( いつかの“遠い未来”でそれぞれ幸せに笑い合えていますように )

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