scene34*「てがみ」


マリーちゃんが、まるで恋のキューピッドに思えてしまった。



【34:てがみ 】




授業中に後ろの席の人から、とんとん、と右肩を叩かれて 、私は「内緒事の郵便だな」とすぐ分かった。

後ろの人から手紙をこっそりもらう。


誰宛かなと宛先を見たら、なんとそこには私の名前が書かれていた。

差出人は……後ろの席のトチハラ君だった。


私は思わず振り返ってみてトチハラ君を見た。

でも彼は何のリアクションをするでもなく、普通にノートをとっていた。


どういうこと?

疑問でいっぱいになりながらも、四つ折にされているルーズリーフを開く。

そこに書かれていた言葉に私は目を疑った。

危うく声がでるところで、様子を変に思った隣の席の子がちらっと私を見た気がした。



『拝啓、ユズキ様    

 好きです。俺の彼女になりませんか?    

 敬具、トチハラ』


これ、思いっきりストレートなラブレターですよね?


ビックリしたけど、何度も読み返してみて気づく。

だって最初と最後はものすごくかしこまってるのに、彼女になりませんか?って……ちょっとおかしいその文面に思わず笑みがこぼれる。

それなのに、私の心臓はドキドキしていた。

もし今が指名される授業だったとしたら、私の回答はきっとしどろもどろだろうし先生に叱られてしまうことだろう。

そうだったら本当にどうしてくれるんだろう。


ラブレターの主の印象は、普通の男子だ。

暗くも無く、明るすぎる奴でもない人当たりのいい普通の子。

聞き上手なのかトチハラ君は輪の中でも聞き役になっていて、相手の話に耳を傾けながらも上手に返したりする。

目立つような人ではないけれど、信頼を置かれているポジションって言うのかな?

誰であっても分け隔てなく接して、女の子にも気さくに話すし、おまけに背も高いから隠れてモテてたりするのを知っているけれど、私は彼に告白されるほど親密でもないし、だからこそ余計に不思議だ。


それに、普段見慣れない私でさえ使わない「拝啓、敬具」なんてかしこまった言葉が妙に私をドキドキさせた。


私はディズニーの可愛いメモ帳を引き出しから出して返事を書く。

少しだけ、ペンを持つ字が震える。

教室のど真ん中の席じゃなくてよかったかもしれない。


「拝啓、トチハラ様

 突然の告白で正直驚きました。

 返事する上で、ちょっと聞きたいことがあるのですが、返事はそれからで良いでしょうか?

 あんまり接点がない私なのに、どうしてなのですか?

 良ければ教えてください。

 敬具、ユズキ」


私はなるべくそのメモをちいさく折りたたんで、さりげなく彼の机に振り向いて置いた。

彼が後ろで私の手紙を読んでるというだけで緊張するし、自分の中で何となく妙な空気が流れる。

それと同時に後ろに 神経が集中して背中がむずむずするような感覚で、授業に集中することなんて今日は無理そうだった。

しばらくすると、最初と同じように右肩をトントン、と叩かれて手紙がやってきた。


『拝啓、ユズキ様

 接点なら、君と俺との席があります。

 後姿を毎日見て、君の様子を毎日見ていて、君が好きになりました。もっと、君を知りたいと思うようになりました。

 それは君に恋をしてるんだと思う。それと、もう一つ接点があります。

 今の、この手紙です。二人の秘密だと思います。

 君はこういうことを誰かにふざけて話す人じゃないと俺は思ったから、敢えてこの手紙というかたちを取りました。

 それと、君の字も見てみたいと思いました。

 これ以上書くと本当に恥ずかしい事ばかり書きそうなのでこのへんで。

 返事、待ってます。 

 敬具、トチハラ』



読み終えた瞬間、一気に、カァッと顔が赤く熱くなった。

これが恋愛小説か何かだったら丁寧で、繊細で、情熱的な文だと説明するんだろうか、なんてことを思ってしまった。


私は普通に過ごしていたけれど、トチハラ君はずっと私を見ていたんだ。

プリントやノートを後ろに回すのに振り向いたときや、他愛ない事を話しかけたりするたびに彼は照れたり、ドキドキしてくれてたのだろうか。


……これはなるべく綺麗な字で心を込めて書かなければと思ってしまった。

それと、無性に彼と話をしたくてたまらなくなった。

トチハラ君、どんな声で話していたっけ?と思ったら、彼の声を聞きたくてしょうがなくなった。


「拝啓、トチハラ様

 不覚にも、私は簡単にあなたの熱意に打たれてしまったようです。

 こうなってしまっては、あなたの彼女にならざるを得ません。

 私は、あなたの声を聴きたいと思っています。

 敬具、ユズキ」



最初みたく小さく折りたたんで、後ろに座る彼の席に手早く置いた。

私は思わずため息を漏らす。


思わず赤い顔になっているのが嫌で、机に顔を突っ伏した。

そうしたら丁度よく授業終了の鐘が鳴り響いて、みんながガタガタ席を立つ音がして一気に教室が賑やかになった。



私は、後ろの席を振り返る。


すると、彼は思ったよりもすごく真っ赤な顔をしていた。


二人揃ってほんのり赤い顔。恋の熱に浮かされた顔。

お互い目を合わせて、照れたように二人して笑ってみた。



「よろしくお願いします」

「こちらこそ」



ふと彼の机を見ると、私の手紙にプリントされていたディズニーキャラのマリーちゃんが可愛くウインクして笑っていた。

まるで恋のキューピッドみたいに。




( メモが可愛いピンクで、何となく良かったと思う )

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