scene32*「かくれんぼ」


まさか同級生の妹に本気で恋するなんて思わなかった。


この日くらいは、素直に優しくしてあげたいのに、心とは裏腹にしてしまう俺の心は厄介だ。



【32:かくれんぼ 】





『お前絶対注文取りに来いよ。俺がご指名してやるからさ』




俺はなんてキザッたらしいことを宣言してしまったんだろうと思う。


今日、好きな子に言ったセリフを思い返しては、恥ずかしさのあまり思わず両手で顔を覆って風呂の底へ沈んだ。


ことのはじまりは……まぁそんな恥ずかしいセリフを言ったのは今日なんだけど。


明日から始まる高校の文化祭。

うちの学校は模擬店とかステージ発表とか結構企画がしっかりしていて、どこのクラスも気合が入っている。


俺のクラスはお化け屋敷になったんだけど、俺はどうしても校内を回りたい理由があり、舞台作りの係を何とか勝ち取って当日あまり拘束されない自由を手に入れた。


一番仲の良い友達のケイスケも同じで、聞けばどうやら他校の彼女(やつはただの幼馴染だと否定しているが俺の中では完全に彼女と思っている)が来るから自由に動きたいらしい。

そんなこんなで明日の文化祭本番までこの1週間ちょいくらい、放課後ずっとお化け屋敷の舞台作りの作業をしていた。


「そういや、妹のサユキも今日文化祭準備で居残りするって言ってたわ」

「まじで?サユキちゃんとこメイド喫茶って言ってたな」


ケイスケの妹のサユキちゃんは同じ学校の1学年下に在籍している。

高校の初文化祭で、まさかメイド喫茶のメイドという大役を手にするなんて……なんて運の悪い…と思いつつ、俺にとってはとんでもなくラッキーだった。


そう、照れくさいことに、俺は親友の妹に恋をしている。


高校1年で同じクラスになった時からケイスケとは仲良くて、よく家にも遊びに行ったりしていた。

当時受験生だったサユキちゃんとも顔を合わして、たまに遊び行くついでに勉強教えたりするうちに何か可愛いなぁって思ってて、そしたらうちの学校に入学してきたからびっくりした。

まぁケイスケん家からうちの学校はそう遠くないし、それにこの兄妹は年子のわりにはすごく仲がいいみたいで、ケイスケがいるならってことで何となくうちの高校にしたらしい。


まだ着られてる感のする制服のサユキちゃんと話したり、ケイスケとサユキちゃんとその友達とでたまに昼飯も一緒にしたりして、気付けば完全に好きになってた。


もちろんケイスケには打ち明けてないけど、多分気付いていると思う。

さりげなく二人にさせてくれたりとか薄々俺も感じていて、近づくチャンスも何回かくれてはいるんだけれど……俺は困ったことに、つい意地悪をしてしまうのだ。


からかったり、たまにほっぺをつまんだり。

サユキちゃんは明るくておっちょこちょいで、反応が面白いから、からかい甲斐あってほっとけなくて……


「ナツオ先輩、ほんと私にいじわるだからキライです!」って本人にはちょっと嫌われてる感あるのは否めないけど。


……だけどそんなサユキちゃんがメイド喫茶でメイド役になってしまったって耳にした時、本人はすごく嫌なんだろうなぁって思ったけど、俺としては正直見に行かないわけがない。


「……ナツオ、お前なんか薄ら笑ってるぞ。怪しいんだけど」

「いや、サユキちゃん、面白そうだから様子見に行こうぜ」


あらかたお化け屋敷のセットもして、もう仕事はないはずなのにこの文化祭前のウキウキ感をもうちょっと楽しみたくて、クラスの奴らはだいたい残ってだべってた。

俺たちも最終チェックをしながらも何となく教室に居残っていた。時計を見ると6時ちょい前くらいで空は暗くなりかかっている。どうせケイスケもサユキちゃんと一緒に帰るんだろうから様子を見に行ってもいいはずだ。


「じゃ、サユキんとこ行くか」

「おう」


そうしてサユキちゃんのクラスに向かったのだった。

すると案の定メイド服を着ながら教室の隅に隠れていたサユキちゃんと目が合った俺は、ケイスケをほっぽり出してダッシュで女子トイレに逃げ込んだ彼女を追いかけた。

そしてこともあろうか籠城しているところを上から入り、トイレのドアに壁ドンしてあのセリフを言ったのだ。




ああもう恥ずかしすぎる!

俺、そんなにかっこいいわけでもないのに!!

あれやって許されるの「※ただしイケメンに限る」っていうやつなのに!!!


風呂に潜るのも苦しくなり、俺は水面から顔を出す。

のぼせそうになってるのはきっと風呂の温度のせいだけじゃない。


サユキちゃんをからかった後はいつも一人反省会だ。

サユキちゃんに優しくしたいと思うのに、彼女の前だとついつい意地悪したくなってしまう。


意地悪して、もっともっと困る顔を見てみたくて、慌てさせたくてしょうがなくなってしまう。

彼女をわざと不利な立場にさせて、可哀想に頷かざるをえない状況にしてしまいたくなるのだ。

……これって完全に性格の悪い先輩そのものなんだけど……。


上手に隠そうとしていた気持ちは、だんだんと裏腹な形でエスカレートしている気がする。

逃げる彼女を無理やり追いかけるとか……。

どう考えても俺は意地悪というか、彼女にとっては恐ろしい人物なのでは……と考えてしまった俺は、考えを打ち消すかのように両手で頬を叩いた。

……メイド服姿は正直可愛かったし、明日くらいは素直になろうと思った俺は、文化祭当日を迎えたのだった。




文化祭当日は快晴で、行われるのは土日の二日間。

近所の人から、未来の受験生、OBなど色んな人が訪れる。

うちのクラスのお化け屋敷は勿論大盛況で、怖いのを我慢できた子供にキャンディーを配るサービスも好評だった。

教室内を迷路みたいにして作ってるから、驚いたお客さんやムリに進もうとする子供がいて、セットがちょこちょこ崩れたり壊れたりするのを裏で直しながら、抜けれる隙を窺っていた。


「あ、もう正門に着いたっぽい」

「マジで。じゃ、俺も抜けっかな」


小道具を直してたケイスケがケータイをチェックして言った。

さっきから着信を気にしながら作業してるのがバレバレで、落ち着かないのが目に見えてたから、ケイスケもその幼馴染とやらに恋してるんだなって思った。

(ていうかもう彼女じゃんってくらい仲良すぎ)


俺は一緒に小道具を直してる女子に、ちょっと抜けていいかこっそり相談すると、朝から手伝っていたのが功を奏したのかあっさりと許しをもらえたのでケイスケと教室を後にしたのだった。


何となく俺はケイスケについていき、ケイスケの彼女に挨拶してそこで別れた。

ケイスケの彼女は一緒に回ろうと言ってくれたのだけれど、ケイスケのあの目! 

『邪魔者、消えろ…』と言わんばかりにオーラで威圧してきたのだ……そりゃそうだよな。

「あとは若いお二人で♪」なんて言って別れてきたのだ。


小腹がすいてたので模擬店のフランクフルトとかやきそばを食べて落ち着いた後……「甘いもの、そろそろ食べたいしな」と、もっともらしい言い訳を自分にしてサユキちゃんのクラスへ向かった。




サユキちゃんのクラスはさすが「メイド喫茶」と銘打ってるだけあって大人気だった。

クラスをのぞくと……男ばっかじゃん!

他校の奴もいれば、一般客の男までいる。

……正直、あの中入りたくねぇなぁ……と思ったとき、聞きなれた声が中からした。


「お待たせしましたー!カフェオレとドーナツセットです♡」


サユキちゃんが給仕をしていた。茶色の生地のふんわりしたスカートのワンピースに、白いフリルのエプロンと二―ハイソックス。

頭にもヒラヒラしたカチューシャつけて、リボンでツインテールに結った髪のせいで何となくいつもより幼く見えた。


……正直、まずい。心配だ。昨日は至近距離だったからそこまで気づかなかったけど、スカートちょっと短くないか!?

いや、制服と同じくらいかもしれないけれど、服装が服装なだけに何だか心配になってしまった。


「おねーさん、注文いいですか」

「はーい!」

「こっちもー!」

「2名様入りますー!」

「おかえりなさいませ、ご主人さま!」


勿論他の女の子も同じコスチュームなのだけれど、サユキちゃんが心配でしょうがない俺は、とりあえず恥を忍んで店内に入ることにした。

ちょうど振り向いたサユキちゃんが、俺を見てギョッとした。

俺はその顔が面白くて「メイドがなんつー顔してんだよ」とからかった。

すると俺が好きな、困ったような顔でちょっと睨む。


……メイド服でそれは……。

ぐっときている気持ちを誤魔化すみたいに、俺はサユキちゃんの鼻をつまんで「注文、頼んます」って言ってやったのだった。


一人だったので、たまたま窓際に作られたカウンターっぽい席に案内される。

座ってメニューを見ると、オレンジジュースとコーヒーとカフェオレと、一緒に出してるフードはドーナツみたいだった。



「い、いらっしゃいませ」


横にメイド服のサユキちゃんが恥ずかしそうにして立つ。何故か目を合わせてくれない。

まぁ、いつも意地悪する兄貴の友達がからかいにきたんだから気まずいのは当たり前か。


「おう、ちゃんと注文取りに来たな。えらいえらい」


俺はニコッと笑って褒めると、サユキちゃんは褒められるとは思わなかったのか一瞬驚いた顔をして、まんざらじゃなさそうにしつつぶっきらぼうに言った。


「……何になさいますか?」

「じゃ、カフェオレとドーナツで」

「かしこまりました」

「何時に上がるの?」

「……そう言ったサービス、ないんですけど」

「バカかよ。腹減ってるだろうから、フツーに模擬店でごちそうしてやるってーの」

「ホントですか!?」

「ケイスケも今、幼馴染の彼女とまわってるから」

「リンちゃんきてるの!?えー、私も会いたい」

「だから、一緒に回って捜しに行こうぜ」

「じゃあ早く注文の持ってきますね。もうすぐ上がるので」

「おう」


サユキちゃんはウキウキしながら、フードとドリンクを準備しているカウンターへ向かった。

俺の注文の品はすぐに運ばれてきて、ドーナツは駄菓子のミニドーナツだった。

砂糖がまぶしてあって、懐かしいそれを口に放り込む。駄菓子だけどバカにできない美味さを久々に感じて、改めてぐるりと見回す。

廊下には何組か並んでいて、教室内は画用紙で作られたハートとか猫のマークとか輪飾りで明るくディスプレイされていた。

テーブルクロスもピンク色のツヤのある布で、メイド喫茶に行った事がない俺は、メイド喫茶ってこういうもんなのかーと思ってカフェオレを飲んだ。


「ねぇ、出身どこ中?」

「ここって美味しくなるポーズとかってやんないの?」

「カレシとかっているの?怒んないー?」


さっきから思ってたけど、どうやら客から迷惑な会話がちょこちょこ聞こえる。

女の子たちは困りながらも、マニュアルがあるのか当たり障りなくごまかしているようだった。

……これじゃあ来年のメイド喫茶は危なくて却下されるかもな、なんて思ってた時、「きゃ!」とひと際高い声が響いた。

声のほうを振り向けば、サユキちゃんだった。

俺と同じカウンター席の2席隣の客のオーダーをとっていたようだった。


「大げさな声すんなよ!」

「だ、だって、いきなりスカートの裾、触るので……」

「めくったわけじゃねぇだろ。どんな生地してるのかなって触っただけでしょ」

「で、でもいきなり……」

「あのさぁ、高校生相手にそんなやましいことするわけないでしょ。生地触っただけなんだから」

「ご、ごめんなさ……」

「あーあー、俺なんか悪いことしてるみたいじゃん。注目されてんだけど」

「ほんと、ごめんなさい……すみませんでした」


男は小太りで、30代か?どっちにしろ普通の男じゃなさそうだった。

連れはおらず、明らかに好奇な目でここにきて、おまけに無断で女の子のスカート生地を触るなんて男のほうがおかしいに決まってる。


サユキちゃんは泣きそうになって男にペコペコして、何だか見ていられなかった。

周りもざわざわしていて、俺が席を立とうとした時に、男が何気なく呟いたのだった。


「これだから、女子高生どもは。勘違いばっかなんだよ」


聞き逃さなかった俺は、考えるより先に口走っていた。

「あんた、イイ年してダセェこと言ってんじゃねーよ」

「あ?」


俺はとうとう我慢ならなくてズカズカと行き、サユキちゃんを庇うようにして男に向き合った。

サユキちゃんは泣きそうな顔というか、困り顔のうえ既に半泣きで目が赤くなっていた。

胸元でメモとペンをぎゅっと握っているけれど、力がこもっているのが分かるし、怖かったのかカタカタ震えていた。

それが目に入ってますます許せなくなる。


男を睨みつけると、「なんだお前」というように睨み返して立ち上がってきたので向かい合った。

……オレよりずっと大柄で(というかデブ)まともなケンカだとぜってー勝てね~と、内心思わなかったわけではないが、その前に俺はここの生徒だ。それらしく対応しようと思った。


「お前、なんだ?ここの生徒か?」

「はい。そうですけど何か」

「ここに来てるんだから、お前そういう目で見てんだろ。好きな子でもいんのか?」

「じゃあ、あんたもここに来てるんだから、そういう目で見て、女子高生のスカートの生地を無断で触ってたってことですね」

「なんだと?」

「だってご自分で仰ったんじゃないですか。それに体格の良いあんたが立ち上がってるおかげで、相当悪目立ちしてますよ」

「その女が騒ぐからでしょうが。俺は一般客で純粋に楽しんで……」

「だからって、メイド服の女子高生のスカートを無断で触るっての無いでしょ。それなら本当のメイド喫茶で楽しんだらどうです?何の抵抗もできない1年生の子、大の大人がいじめてるみたいですよ。オキャクサマ」


俺はわざと大きめの声でハッキリ言ってやった。

周りはすっかり騒然としてしまって、廊下から先生がバタバタ走ってくる音が聞こえた。


男にもそれが分かったのか、舌打ちをして「たかが知れてんな、この学校は」と言った。それを聞いた俺は「そのたかが知れてる学校に来たのもお客様ですよね」と言ってやった。


男は俺に言い返したかったらしいけど、先生がもう目前に迫っていてそれに囲まれるほうが嫌なのか、睨みつけてきただけですぐ教室を出て行った。


その男が出て行くと同じに先生が教室に入ってきて、男とぶつかりそうになった先生は、うわ!と驚いて避けた。

そして「このクラスで何か騒ぎがあったと聞いたんだが」と、この騒然としているクラスを訝しそうに見て、俺に聞いてきた。


「いえ?何か、うちのメイド喫茶がお気に召さなかったようで」と、何もなかったように肩をすくめてみせる。

なぜならこの先生は、生徒指導に厳しい先生で有名だったからだ。

この人に睨まれてしまっては、来年度からメイドじゃなくても給仕サービスのある模擬店はできなくなってしまうかもしれない。

喫茶店とかがない文化祭なんてつまんないし、みんなも楽しめなくなるし、もっと俺ら学生もしっかり気をつけて女子を守ればいいだけの話だ。


それも周りは感じとっていたのか、穏便にすませると先生は「…そうか。とにかく、こういう店は気をつけるように」と腑に落ちない顔をしながらも納得して教室を後にした。

やはり先生が来ると場が緊張したからか、みんなして、フーッと息をつく。


すると、どこからかパチパチ……と拍手が起こり、

「兄ちゃんアッパレ!」

「先輩、めっちゃかっこよかったです」

「てかあの男、さっきから女の子チラチラ見ててちょっと変だったよね」

「男子ももっとシッカリしてよね!」

「ナツオー!お前かっこよかったぞ!」と色んな声が聞こえてきた。


俺は何か照れくさくなって、後ろにいるサユキちゃんを見た。

サユキちゃんは、怖かったのか目をギュッとつむって、目じりには涙が滲んでいた。そして俺に深々と頭を下げて「ありがとうございました」と言った。

そこまでされると俺も逆にどうしていいかわかんなくて、ついしどろもどろになってしまう。


「いや、とにかくお前が変なことされなくて良かったわ」

「ほんと、すいませんでした。ありがとうございました」

「もういいから、大丈夫なら俺も安心したわ」

「ナツオ先輩……」

「……で、そろそろ休憩、入らせてもらえば?」

「え?あ……そっか」


するとサユキちゃんといつも一緒にいる子が「休憩、入りなよ。ここはもう大丈夫だよ」と声をかけてくれた。


「とりあえず、渡り廊下んとこで待ってるから」

「はい。着替えてきますね」


当たり前だ。あんな事があった後にメイド服のまんまでいられたほうがたまったもんじゃない。

この教室内にいるのも、他の人の目が恥ずかしくなってきたので俺は教室を出た。

出る時も何人かが俺の肩を叩きながら「イケメン!」と言ってくれて、照れくさ過ぎて鼻の頭を掻いたのだった。






「お待たせしました!」


学校の制服に着替えたサユキちゃんが慌ててきた。

いつもと雰囲気が違う?と思ったのは、メイド喫茶の為うっすら化粧をしていたのと、リボンは外していたけれど、髪型がツインテールのまんまだったからだ。


ピンク色のぽってりしたグロスに、薄桃のチークでほんのりほっぺが染まっている。

柔らかそうな髪もいつもは一つ結びかそのまんまなのに、いつもと違うとこっちも落ち着かなくなりそうだった。

何だかいつもより可愛くて……だから、さっきの男もスカートの生地と言えど触ったんだろうか。

男に酷い事も言われて、サユキちゃんが泣きそうに困った顔をしていたのを思い出す。

心配と同時に、今になってもまだはらわたが煮えくり返りそうになった。



「先輩?行かないの?お兄ちゃんとリンちゃん……」

「ちょっとこっち来い」

「え?」

「いいから」


俺は有無を言わさずサユキちゃんの腕をつかむ。

サユキちゃんは訳がわからないというようだったけれど、抵抗することなく黙ってついてきてくれた。


どこ歩いてもたくさんの人で賑わっていたけれど、俺は人がいない棟の2階職員室のほうへ向かった。

だけど職員室に入るのではなく、職員室と進路指導室と放送室の前を通り過ぎて、突き当りの階段へ向かう。

そこの階段は上がれば3階図書室の裏口につながっていて、下に降りると保健室や校長室、事務室のある職員玄関に繋がっていた。

この棟は普段からも先生くらいしか通らないし使わないしで、ましてや文化祭当日も一般客は立ち入り禁止エリアなので余計な人はいなかった。

幸いにも体育館は目玉のステージが始まっている時間で、本当にここを通る人なんていなかった。


階段の踊り場まで行って、サユキちゃんの手をはなす。

事態が飲み込めないサユキちゃんは、きょとんとした顔をしていた。


「サユキちゃん」

「は、はい!」


心臓がありえないくらいにドキドキしている。

でも、さっきのサユキちゃんの困った顔、泣いた顔、怯えた顔を見てどうしても許せなかった。

だって―……


「俺の前以外、できるだけしないで」

「え?何を……?」

「困る顔、させていいのは俺だけにして」

「へっ!!!???」


今までにないくらい顔が熱い。

だけど俺の言葉を聞いたサユキちゃんも、負けないくらいに顔が真っ赤になった。

汗ばむ手をギュッと握る。


親友の妹を好きになるとか、気まずすぎてホントありえないけど、でも好きになっちゃったんだからしょうがない。

そんなの気にしてらんないくらい、可愛くて気にしたくて構いたくなる。

困った顔も、怒った顔も、しょうがないですねって笑う顔も……本当は素直になって全部独り占めしたいんだ。



「さっきの男マジで許せなかった。俺が腹立ったのも、男の前でサユキちゃんが困った顔してたから」


サユキちゃんはびっくりして目を丸くさせている。

頬は相変わらず恥ずかしそうに染まったままで、緊張しているのか唇はきゅっと結んだままだった。


「最初は、ケイスケの妹だからとか、気にしてたけど……やっぱだめだわ。サユキちゃんが他の男に苛められてたり、困らせられてたりすんの、見たくない」


それに……ほんとは俺も気づいていた。


「昨日、俺、注文取りにきてくれたらどうするって言ったか覚えてる?」

「……はい」


思い出したのか、サユキちゃんの瞳が揺れた。ますます恥ずかしそうにして、俯いた。



『俺クラスに遊びにいくから、お前絶対注文取りに来いよ』

『なんでですか!』

『俺がご指名してやるからさ』

『…もし逃げたら?』

『ちゃんと先輩の言う事聞けたら、良い事教えてやるよ』


校内で喋るたびに、ケイスケん家に遊びに行くたびに、なんとなく気づいてた。

サユキちゃんも、俺の事好いてくれてる事。

いつも意地悪でからかってばっかの俺を、どうして好きになってくれたのかわからないけれど、気持ちは同じってことに俺は本当はとうに気づいていた。


「良い事……教えてくれるって、言いました」


俺はサユキちゃんに近づく。

手を握ると、驚いたのか肩が揺れた。思わず左の薬指にそっと触れた。

それが分かったのかサユキちゃんはハッとした顔で見上げた。

そのタイミングで、俺は告げたのだった。


「サユキちゃんのこと、すき」


もちろん、イチかバチかの賭けだった。

だっていくら俺の事好いてくれてるって分かってても、同じ好きとは限らないし、もちろん気持ちの度合いだって同じくらいとも限らない。


だから、サユキちゃんにとって本当に良い事なのか難しかったけれど、あそこまで強気に言いきってみたんだから引っ込められるはずがなかった。

そもそも親友の妹ってだけで、気まずいままで終わってもしょうがない恋なのだからダメだったらそれはそれでしょうがないし、黙っているより男らしく伝えてしまったほうが良いと思った。


俺が答えを待っていると、サユキちゃんが、はーっと息をついた。

何て返事をするのか、カッコ悪いことに正直ドキドキしていた。

けど、俺の予感を裏切ることなく、サユキちゃんはいつもの困った笑顔をして、言ったのだった。


「昨日のかくれんぼも見つかっちゃったし……もう、ぐうのねも出ないです。私もです、先輩」


半分、分かってたとはいえ、いざその答えを聞いた俺は嬉しくて破顔した。

そんな俺を見たサユキちゃんは笑顔になって、言った。


「……あの男の人に、感謝しなくちゃですね。キモかったけど」

「は?なんで?」

「……だって」


かっこいい先輩見れたから。



その言葉で、全部吹き飛びそうなくらい嬉しくて、どうしようもなくなったけど……



「いたたたた!もぉ!先輩、何でですかぁ~~~!」

「うるさい。あの男に感謝しなくていいんだよ、バカ」

「だって~~~」



俺はサユキちゃんのマシュマロのようなほっぺをつまんで苛めてやる。

かっこいいと言われたのは嬉しいけど、サユキちゃんを苛めるような男に感謝なんてしたくもない。まったく。

困り顔で「もぉ~~~」と情けない顔を彼女にさせていいのは俺だけで充分だ。


だけど……今くらいは意地悪な先輩じゃなく、優しい彼氏になるのもいいかもしれない。


俺はつねっていた手をパッと離して、半泣きで頬をさするサユキちゃんの手をどかし、その桃色の頬に優しく唇をおとした。



( ほんとは優しくしたいのに )

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