scene31*「海」
シャッ!とかっこよく、試着室のカーテンを開ける。
今年の夏は、絶対に楽しい思い出つくるんだ。
【31:海 】
ダイエットをした。
歯の矯正だって終わった。
あれだけ嫌だった天然パーマも縮毛矯正かけて、髪もちょっとだけ明るくした。
ピアスもあけてメガネをコンタクトに変えた。
自分が綺麗に見えるような簡単なメイクだって覚えた。
中学の頃まで住んでた街から、運良く親の都合で遠い県に引っ越した。
だから昔の自分を知る人なんかいないし、嫌だった頃の自分の写真や記録、卒アルだって捨てた。
これを機に、やってやろうって決めてたことがある。
高校デビューってやつ。
鏡を見れば、前の根暗でブスな自分なんかどこにもいない。
痩せたから顔だって綺麗な卵型だし、ウエストやおしりのあたりも一応は標準体型だ。
ニコッと歯を見せて笑うと幸せな気分になる。
人間って不思議で、自分を全て変えての真新しい環境だと心持ちがこんなにも変わるんだって知った。
実際、前よりも性格が明るくなったおかげでクラスの子とも普通に喋れるし、すっかり「普通の明るい女の子」だ。
笑われたりいじめの対象になることなんてまずないし、クラスの友達だって前の地域とは違って土地柄なのかのんびり優しい子が多い。
もう、やってくる明日に怯えないで新しい事だけを思っていればいいのだ。
試着室のカーテンをあけると、待機していた二人が私の姿を見てぱっと笑顔になった。
「ピッタリじゃーん!それにしなよモモ!」
「さっきのと比べるとそっちの色のが似合ってるね。うん。いいよ」
「うん、今まで試着したよか全然いいかも。これにする!」
今日は、仲のいい友達のリカとアイミと3人で、夏に遊ぶための水着を買いに出かけた。
二人とは 1年の時から同じクラスで、2年になっても奇跡的にまた同じクラスだったので、毎日のように遊んでいる。
私は再びカーテンをしめると、胸元にひらひらフリルのついているピンクの水着を着た自分に、我ながら「似合うかも」なんて思いながら元の洋服に着替える。
もちろんこの二人には、私が元々太っていたということを話してない。
そんなくらいで友達なんか離れていかないって思うけど、余計な事は言いたくない。本当の事を打ち明けるなんて怖いからずっと隠してきた。
私はもう大丈夫。
そう、おまじないをかけるように、以前の自分じゃ着れなかったような水着をレジに持っていった。
買い物を済ませて、ショッピングモールをぶらついているときにアイミがはしゃぎながら言った。
「モモ!イワイ君来れるってさ!!」
「マジ!?わーどうしよう!緊張して喋れなかったらヘコむ……」
「大丈夫だって。イワイ君、気遣い屋さんだから結構話してくれるよ」
「水着姿なんてホント見せても大丈夫かなぁ。引かれたらやだよ」
「来る男なんてそれが目当てなんだから大丈夫だって!」
私には好きな人がいる。友達の紹介で知り合ったイワイ君という同い年の男の子だ。
ものすごくカッコいいってわけではないけれど、穏やかで優しくてなんだか好感が持てる。
最初はメールで仲良くなって、しばらくしたら友達交えて一緒に遊んだりした。
彼の笑った時の目がすごく可愛くて、思わずぎゅうっとしたくなる。
3回目に二人で遊んだときに感じた気持ちの変化。
私はすぐ二人にこのドキドキを打ち明けたところ、驚かれもせずとっくのとうにバレバレだったようで笑ってしまった。
そんなこんなで、今年の夏は私とイワイ君と、私の友達のアイミとリカと二人がいいなって思ってる男の子二人とで 海に行こう!という事になったのだ。
そんなわけでみんな水着選びに余念がない。
私はピンクフリルとリボンのあるの可愛い系の水着で、アイミは黒地にラインストーンがキラキラついてちょっと大人っぽいラインのもの。
リカは白地に赤い花柄の女らしい、ショーツの横に赤いヒモのリボンがついてるデザインだ。
大丈夫だよってお互いに確認しあいながら、みんな内心はドキドキしている。
だって自分で選んで買った水着(しかもみんな初ビキニ!)を見て幻滅されたらどうしようって蒼い顔になりたくないからだ。
「あ、ケンちゃんからメールだ」
アイミはケータイの画面を見て仲良しの男の子の名前を口にするとすぐにメールを確認した。
「なになに?」
「実はさっき、水着試着したの写メで送ったんだよね」
「「えーーーー!!」」
なんて大胆なんだアイミは。
だけどそれが彼女の良さでもあった。とりあえずアピール!をモットーにしてるから、恋する数も勿論多いし失恋も多い。だけど今回の相手は本当に好きらしい。
対して、リカはすごく明るいってわけじゃないけど、よく気がついてくれる優しい女の子。
茶色くてやわらかそうなショートボブがよく似合っている。
それに リカは雑誌の読モにもなれそうな感じに、とっても可愛らしい顔だちをしている。
二人を見ていると、あのスタイルの良さや天真爛漫さ、この顔立ちの可愛さや気持ちの優しさは作り物なんかじゃなくって、きっと本物なんだな、と思ってたまに自分が寂しく感じる時もある。
……イワイ君は本当は私の事どう思っているんだろうか。
本当は前の私を見抜いてたらどうしよう。嫌われたらどうしよう、という気持ちにふと気付いた。
ショッピングモールを出て、最近できた海外から日本に出店してきたっていう話題のハンバーガーショップで一休みすることにした。
いつもはすごく混んでるのに、たまたま行列が落ち着いた頃なのか、ちょっと待っただけで入れてラッキーだった。
みんなして買ってきた水着を袋の中から覗き見て確認しては、ついニコニコしてしまう。
だけど、ピンクフリルのついた水着を見て、私の心はなぜか罪悪感でいっぱいになりそうだった。
「モモ、そのシャドーどこで買ったの??」
「え、あ、うん。プラザで」
「あたしも真似していい?」
「うん、もちろん!」
「どうしたの?モモ」
テンションが低い私に気づいたリカは気遣うように私の顔をみた。
「ん、なんかちょっと、やっぱり自信がなくなってきたかも……」
「イワイ君のこと?」
「うん……」
「大丈夫だって!モモ可愛いもん。大丈夫だよ」
「…違う。本当は、違う」
「モモ?」
あぁ、私のせいでなんだか雰囲気が悪くなってしまっている。
だけど、とてつもなく悲しい気持ちで、言う事は余計だから言わなくていいことなのに、言わずにはいられない気持ち。
心にだんだん広がっていくモヤモヤは、とうとう溢れ出して私の口を割らせた。
「私ね、二人の事がすっごく羨ましいんだよ。アイミは明るくてスタイルいいし、リカは可愛くて優しいし。
二人だから、言うけどね。黙ってたんだけど……私ホントは中学まですっごく太ってたんだ。髪も天パだしメガネだし。だから結構いじめられてたりして……」
アイミもリカも驚いた顔してた。当たり前だ。
さっきまで明るく楽しくいた友達が、突然こんな暗い話を打ち明けるんだもん。
内心引くに決まってる。
「でも、自分にも原因があるって思ったから今こういう自分に変わることできたんだ。だけどさ、自分に自信がないのだけは変えられなくて……」
中学時代はほぼいじめられてた。
男子がふざけて言った『モモ肉!』なんて嫌なあだ名がついてまわってた。
誰かを好きになってもネタにされて笑われて、まるで恋をするのが迷惑かけてるみたいに自分でも思えてきて、本当に傷ついた。
歯も矯正の真っ最中だったから歯を見せて笑わないようにしてたし、でもそれがどうにも他の女子の中で「かわいくなかった」らしく、だんだん自分に自信が無くなってって、気がつけば内気になってた。
受験する頃には親の転勤が決まってたから、引っ越し先の学校の合格を見計らって登校拒否になった。
その間ずっと悔しくて、冴えない自分にもむかついて、猛ダイエットをした。
腹が立つから卒業式なんかにも出なかった。
……だから、イワイ君やみんなが本当のことを知って、嫌いになったりとか離れてったりしたらどうしようって……「嘘つき」ってもしも言われたら……本当は心の底からずっと怖くてしょうがなかった。
洗いざらい全部打ち明けて、頑張って笑顔を作ろうとしたけど引きつり顔になるだけだった。
だけど、隣に座るリカが私の頭を撫出てくれた。
そして優しい声で言った。
「そんなの、関係ないってば。……全然そんなの気がつかなかったし、気がつかないくらいにモモのこと可愛いって思ってたよ?初めてクラスで見かけた1年生のときから。本当いうと、私も中学生の頃いじめにあったときとかあったんだ」
「そうなの……?」
リカは少しはにかんだ笑顔をした。
「うん。でもさ、以前のモモがどうとか関係ないよ。だって努力してるじゃんか。あたしは今のモモのこと好きだし友達でいたい。それはイワイ君も同じじゃあないかなぁ?」
「そうだよ!もう何を言うかと思ったらさぁ!そんなんで友達やめるなんてそれのほうがおかしいよ。 それを言うなら、実はあたしも前はもうちょっとぽっちゃりしてたし!」
「うそ!?アイミが!!??」
私たちが驚くと、アイミは照れくさそうに笑った。
「うん。でも男にフラれて、悔しくてダイエットした。あ、そんときのプリあるよ!」
そう言ってバッグからプリ帳を取り出して、一番最後のページのファイルから出したプリクラに 、テーブルの真ん中に頭を寄せて注目した。
「「これ……ホントにアイミ……?」」
「別人っしょ。つーか高校入ってからアイプチもしてるしね」
「「…知らなかった…」」
「知られないようにしてたし」
3人とも顔を見合わせたら、ふきだすように笑った。
「コンプレックスに思ってるのはモモだけじゃないってことだよ」
リカが私の手を握るようにして優しく言った。
「そーだよ。あたしだって、怖いから黙ってたもん。モモが自分の事話してくれなかったら、あたしも話せなかったと思う。だから、あたしだけじゃなかったんだな、ってちょっと安心した」
らしくないみたいに真剣な目をして言うアイミ。
でもそれがなんだか、安心してしまって私は涙が滲みそうだった。
「……ありがとう」
嫌われるのは怖い。
だけど、勇気をだして踏み出さなきゃ分からない事だってある。
「つーかそのくらいで気にするような男だったらこっちから願い下げだよ!」
「そうだよ。そんなことでイチイチ値段つける男は大したことないし」
「……女の子の努力をバカにするのって許せないよね」
「あーノドかわいた!シェイク2本目注文してくるわ!」
元気よく席を立ったアイミを見送り、リカと顔を見合わせていたずらっぽく笑ってしまう。
「二人が友達で、私よかったよ。ありがとう」
「あたしも、今そう思ってるとこだよ」
「みんなの恋、うまくいくといいね」
「そうだね」
「……あっ!アイライナーとマスカラ、ウォータープルーフの買わなきゃ!」
「それ大事大事!」
「これ飲んだら買いに行こ!」
「アイミ戻ってきたよ!早っ!」
汗のかいたシェイクのカップ。
窓の外にはどこまでも突き抜けそうな青さをした空が広がっていた。
思わず、海の青を想像した。
本当に、今年はみんな楽しい夏になるといい。
もう、大丈夫。今度は、本当に心の底から思えた。
( 楽しい夏はもうはじまってる )
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