scene30*「おやつ」
食べられた恨みは……ことさら深い。
【30:おやつ 】
子供のときは学校から帰ってくるときの楽しみだった。
高校生の頃はお友達とのおしゃべりに欠かせなかった。 大人になっての今でいうと……家での休日の癒しの他ならない。 そんな私の唯一の楽しみを奪った責任はとても……重い…!
「ちょっと!誰か私の桃ゼリー食べたでしょ!!!」
私はゴミ箱の中からこっそり捨ててあった、空になった容器を証拠に掴んだままリビングでキレた。
雨の日曜日の午後。家族みんな出かけるでもなく、居間でテレビを見ながらくつろいでいるところの大噴火。
我が家は五人家族で、両親のほかに姉・ハツミと弟・スエツグがいる。きょとん、という言葉が今まさにお似合いの家族は、カラになったお菓子容器を手に憤る私を見ている。
「お母さんじゃないよ」
「俺は知らん」
「マナカのゼリー?私じゃないけど」
「オレじゃない」
「スエツグ、あんたでしょ」
「はぁ!?ちげーし!」
スエツグはマジギレして抗議した。どうもあやしい。最初からあやしい。
なぜならこれは姉のカンとやらだ。
「だってあんた昔っから人のもん勝手に食べたり飲んだりしてるじゃん!末っ子だからってさ、家のもんが全部あんたのものだと思ったら大間違いよ!クリスマスケーキのサンタの人形だけにしとけっての!」
「ざけんなし!俺じゃねーって!証拠でもあんのかよ!」
「だってあんた、前も私のデザートとかジュース勝手に飲んだじゃん!」
「だったら自分の名前書いとけよ!とにかくゼリーは食ってない!」
「じゃあ誰だって言うのよ!このゼリー、キャリーノで買ってきた季節限定のゼリーで高かったのに!」
「えぇ!そうだったのか!!」
素っ頓狂な声をあげたのはスエツグじゃなく……まさかの父親だった。
家族一同父親のほうを見る。あんなにしれっと「俺じゃない」と言っていた父は、完全に目が泳いでいた……。
私はとりあえず大きく息をついてからスエツグに謝った。スエツグは「お前マジで償えよ。人を悪者扱いしやがって!」とマジギレしたけれどこればかりは仕方ない。私はお父さんへと向き直った。
「それよりも……ちょっとお父さん!」
「いやぁ……桃、大好物だったもんで、ついな!マナカ、悪かった!」
「それよりもしれっと俺じゃないとか言ったのに私はショックだよ」
「さいてえ」
姉は呆れ顔で言った。
「父ちゃん…その嘘だけは俺もいただけないわ。」と、スエツグが残念な表情でつっこむ。
「お父さんたら…ちょっといつの間に食べてたの?」
お母さんですら引いている。
「……夜中。」
「「「夜中!!??」」」
「いや、なんか喉かわいて起きちゃって、冷蔵庫見て目に入っちゃったから…つい……桃なんだもん……」
桃なんだもん……て……。いや、だめだろ。
桃ゼリーひとつで騒ぐ私の心がよっぽど卑しいのだろうけれど、地元に本店がある有名洋菓子店のキャリーノで買ってきた、季節限定の結構いいお値段の国産桃ゼリー。
自分一人だけってのは申し訳なかったけどさ、仕事帰りに並んでまで買ってきたのを思うと……!やっぱり悔しい~~~!悔しい…けど……。
けど、まぁいっか。ちょうどいいきっかけだわ。私は大きく深呼吸して、告げたのだった。
「まぁ美味しいものを自分ひとりでせしめようとする私の魂胆がいけなかった。今度から高級なものは自分の名前を書くわ。だけど、そのかわりお父さんには私の言うことを聞いてもらいます」
「桃ゼリー一個で!!??」
お父さんが驚いたが私はすかさず言った。
「そうよ!そのたかが桃ゼリー一個でよ!!!」
「うぐぐ……買ってやらないからな」
「失礼ねっ!何もブランドもんのバッグ欲しいって言ってるわけじゃないしょ!」
「お父さんならお金、そんなにないからな!」
「スエツグじゃあるまいし、この年齢でタカるほど子供じゃないわよ!」
「俺だってそんなタカってねーよ!!」
「そんな?お姉ちゃん初めて聞いたわ~」
「ハツ姉までうるせーよ!!」
私とお父さんとスエツグのやりとりに呆れ顔しているお母さんと、たまにつっこむお姉ちゃん。
何にも予定がない日曜日は自然と居間にみんなが集まって、やいのやいのうるさい我が家。うん。うちの家族ならきっと大丈夫。私はニヤリと笑って言った。
「来週の日曜日。あけておいてね。私の彼氏、紹介するから」
「「「「ええええええええええ!!!!!!」」」
この何だかんだの我が家のドタバタは、来週まで続くに違いない。
次の日曜日には、キャリーノでとびきり美味しい桃ゼリーを6人分用意しなくちゃね。
(これがうちの家族です!)
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