scene29*「のっぽ」
いつもいつも届かない。
あとチョットってところ。
【29:のっぽ】
あたしは背が低い。
中学3年生のときにとうとう前ならえのポーズが変わってしまった。
もちろん高校入学後も順調なくらいに伸びる事はなく、生活していて実に不便なことが多い。
友達とかは「ちっちゃいほうが絶対可愛いからいい!!」って言うけどさ、そんなことぜーんぜんない。
ちっちゃい事が可愛いって、何の得にもならないと思う。
洋服丈や靴のサイズも売り切れ早いしすぐサイズなくなっちゃうから、自分にぴったりサイズのものを見つけるのも一苦労。
大人っぽい服は似合わないし、ミニスカートなんかはくと子供っぽくなっちゃうし、満員電車に乗ればぎゅうぎゅうにオジサンたちの胸板に挟まれるし、150センチだと本当に溺れるように埋もれてしまうのだ。
つり革にも掴まりにくければ荷台にだって届くのがやっとで、荷物を乗せられたとしても下ろせない事も多々あるし、手がスカスカと空を切るのは本当に恥ずかしくなってしまう。
極めつけなのは、いつも寄るコンビニの入り口付近に張ってある、強盗対策の身長の表みたいなのは155センチからの表記で、あたしはメモリにすら入らなくてちょっとショックだった。
ちょうどその時、背の高い可愛い女の子が入ってきて、その子は160センチくらいだった。しかもよくみたら小学生の子っていう……つまり、小学生以下ってことじゃんあたし……。
次から次へと自分の身長に対する不満が頭にでてきて思わずため息。
背が低いなんて本当に良い事無い。
特に今日みたいに、日直で黒板消す係になっちゃった場合とか。
しかもさっきまで授業をしていた先生は、ギリギリ上まで書く人だから椅子使わないと上まで消せない。
あーーーーもーーーー!!!これだからチビって!!!!
これでもか!というくらいにジャンプをしながら消していた。
もちろん友達は私のこの様子に慣れっこなのか「まるこだなぁ!」と笑っている。
「もう、手伝ってくれたっていいじゃん!」
あたしがそう言うと、友達は笑いながら「だってなんか可愛いんだもん。ちっちゃくて」「がんばれ!がんばれまるこ!」と、まったく本名ではないあだ名でのエールが飛んだ。
まったくもって頑張れない!第一あたしはまるこじゃなくてマリコだ!
すると隣に人影が。
大きな影の下、見上げてみるとクラスで一番大きいタケハラだった。
無言であたしが届かなかった部分を消すのを手伝ってくれる。
「あ、ありがとータケハラ。マジ助かるよ」
「いや、いーって。助け合い助け合い」
タケハラはクラスでもちょくちょく話して、友達交えてけっこう遊んだりする間柄だ。
180センチくらいでひょろっとしてて、あたしと並ぶと「親子」とか言われる。
それをネタにタケハラもからかったりするのだけど、あたしがタケハラのことちょっと好きかもなって気持ちは、伝わってないと思う。
伝わってたらそれこそ困るのだけれど。
だってこの背の差だよ?
これでカップルになれたら嬉しいけど完全ネタじゃん。
だからこの30センチの差は、ちょうどいいのかもしれない。
タケハラは私が消せなかったところをサッサと消していく。しかも私よりも消し方が丁寧だ。
「タケハラ、イケメンじゃん!」
「てか、マリとタケハラが一緒に並んでると目の錯覚が起きた感覚になる」
「あともう一人、バレー部のアサクラあたり連れてきて三人四脚させたらロズウェルじゃね?」
「なにそれ」
「宇宙人のあれだよ!」
「もう!みんな勝手な事言うなってーの!」
あたしとタケハラが隣り合っている姿を見た友達が、次々と勝手な事を言うもんだから、とうとうあたしの堪忍袋の緒が切れた。
だけどあたしが怒ったところで……迫力なんて微塵もないみたい。
結局「怒ってもなんか怖くないし、ミーミー言ってるみたい」で済まされちゃうんだから……ほんと説得力無い。
あたしは同じく言われたい放題のタケハラを見て言った。
「タケハラ、あんたの背も一緒にからかわれてるんだよ?何とも思わないの?」
すると、タケハラはブフッといきなり噴き出した。
あんまりにもいきなりなリアクションに「どこにそんな笑いどころあったわけ!?」と即座に聞くとタケハラは小声で言った。
「ロズウェル……ツボりすぎてヤバい」
そこ!?てかそれ!?
「…運動会の三人四脚、男女混合オッケーならめっちゃそれやりたいんだけど……」
冗談じゃない!!だけど相当ツボだったのか腹筋を抑えてるタケハラを見て、まわりの友達のほうがツボだったらしい。
「マリコ、タケハラ的にはオッケーらしいよww」
「だいたい歩幅違うから、そんなんで出場しても勝てるわけないし!」
するとタケハラがますます笑って
「歩幅……!俺、マリコんこと引きずるの可哀想すぎてムリ……wwwそしたら俺、明らかに罪人じゃんwwww」
そう呟いた瞬間……もうみんながそれを想像してしまったのが、笑いのビッグウェーブが起こったらしい。
……ちょ、ひどいぞ!!
「絶対にやんないからね!!!」
本当に実現になりそうだったのであたしがそう訴えると、友達が笑いすぎて涙目になりながら慌ててフォローする。
「冗談だって!三人四脚も二人三脚も男女混合はなくなっちゃったし!でも、タケハラの妄想面白すぎwwww」
「それなwwwwてかタケハラ、お前ツボ入りすぎ!」
もうみんなウケすぎなんですけどー。
あたしはヤケになってタケハラに言った。
「いいよ、もうタケハラの中では私は引きずられ続ける女なんでしょ」
「引きずっ……ブフォ!」
「またそこで笑うなってーの!」
大きな背中を丸めてヒーヒー笑ってしまってるタケハラ。
ほんと、ここまで人をネタに笑ってるんだから、痛恨のラストパンチを食らわせてやろうかという気持ちになってしまっていた。
「タケハラ、タケハラ」
「どしたww」
「……ロズウェル」
「ブハッ!!!!」
笑いの沸点……低すぎるだろ。
いつも背の高さまんま鷹揚としているくせに、こんなにくだらないことに笑っちゃうとは思わなかった。
あたしのネタで笑ってるのに、それでもどこか嬉しくなってしまうなんて。
……やっぱりこの30センチ、気持ちを少しでも近づけられたらって気持ちが生まれてしまう。
いつもいつも届かないと諦めてしまうこの気持ち。
……こんなにもあたしの事で笑ってくれるタケハラになら、届くんじゃないか?って。
しかしながら、ロマンチックには程遠そうなこの背丈の恋に「笑いキーワード」という武器を心得てしまった私は、しばらくはこのネタでタケハラのこと遊んでやろうと思ったのだった。
( それ、授業中に呟くの禁止のやつ。 )
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