scene28*「ないしょの話」
お好みとあらば、努力しましょう。
【28:ないしょの話 】
「あ。」
「あ。」
そう言ったときには、もう遅かった。
まさか人がくるなんて思わなくて、油断していた。
だってこんな人がこなさそうな放課後の美術室に、誰か来るなんて思わなかった。
本当にうっかりだった。
夏服のブラウスじゃ暑くて、私は換えのTシャツを最近毎日のように持ってきている。
Tシャツ×制服のスカートの出で立ちで、毎日放課後の部活に励んでいたのだった。
そしてまさしく今、その着替え中だった。
先生は会議だし、美術部員なんてほとんどこないし、カーテンだって閉めたのに。
だけど教室のドアの鍵に関しては、今日に限って油断していた。
しかもそれを見た男子は、1年の時同じクラスだった、バスケ部副キャプのミヤジマ君だ。
それでも見られたのがまだミヤジマ君でマシだったかもしれない。
ちゃんと真面目で言いふらしたりしなそうな、ちゃんと人徳?のある男子だったからだ。
ミヤジマ君は一瞬真顔になってから「あぁ、ごめん。」と言ってドアを閉めた。
私はというと、Tシャツを被っていた最中で、驚きのあまり胸のところでシャツの裾を持ったまんま止まっていた。
ミヤジマ君は元々落ち着いているタイプだったけれど、こんな女子のあられもない(?)シーンをいきなり見て、もっと慌てるなりしないのかなぁ。
「あぁ、ごめん」だなんて、だって女の子の着替えだよ?
ブラジャー見ちゃったわけなんだよ?
私なんて……内心すごい心臓がバクバクだ。
慌てて着替えを済ませて「こ、今度こそどうぞ!」と、裏返りそうな声をドアにむかってかけるとガラリと扉が開く。
背の高い彼がちょっと屈んで教室に入ってきた。
表情は涼しいまんまだ。まるでさっきのことなんて私の想像の出来事みたいに。
「先生は?」
「会議中。課題提出?」
「うん」
ミヤジマ君は改めてぐるりと教室を見渡すと、作品を先生の机に置いた。
私はさも何もなかったかのように油絵のセットを机に広げて、チューブから絵の具を出す。
指先が緊張で震えたけど、一度手をギュッと握って思い切り開いたら震えが止まった。
今度はオイルのボトルを開けようとしたけど、硬く閉めすぎたのかなかなか開かなかった。
何もこんな時に限って開かないなんて…!と思いながら無理やり開けようと奮闘していたところ、見かねたミヤジマ君が近づいてきて、貸して、と一言 私の手からボトルを取り上げた。
「ありがとう……」
まさかこんな親切してもらえるとは思わず、ミヤジマ君がボトルを開けてくれるのを見ていた。
彼の腕の筋肉が一瞬張ったのを見て「綺麗だな」と素直に思った。
すぐに、カキッ、と乾いた音がして、そのままくるくるとキャップを回して、こぼれないようにかまた軽く閉めて渡してくれた。
「はい」
「ありがとう」
男の子だとちょっと力を入れただけで簡単に開いてしまうんだなぁ。
その差がなんだか気恥ずかしくて、余計「何か」を意識させられる気がしてしまう。
私はオイルを油壺に注いで、今度は軽めにキャップをした。
「じゃ、俺部活だから先生来たら言っといてくれる?」
「うん。頑張ってね」
「そっちもね。じゃあ」
あ、やっぱりうっかり見ちゃったさっきの事は、無かったことだったんだ。
当たり前だけれどそう思った途端、見られたのはこっちなのに何故かほんのちょっとだけ寂しい気持ちになった。
ミヤジマ君が教室から出ていこうとする。
私は意識をそっちに向けただけで、何となく視線は彼のほうへは送らなかった。
「あ、サクライさん」
「な、なに?」
「さっきの、ごめんね」
急に言われてびっくりしたので思わずドアのほうを見ると、ミヤジマ君と目が合った。
ちょっとだけ、照れくさそうだった。
……なんだ。本当はミヤジマ君も内心気まずかったんだ。
「あ、いや、あたしが悪いしあれは。あはは」
私も少しバツを悪そうにして笑って誤魔化した。
大したものじゃなかったわけだし……そもそも胸、ないし。
だけどそんな私にミヤジマ君はびっくりするような事を言ってのけたのだった。
「俺は好きだよ」
「え?」
「ピンク色のさくらんぼ柄」
「え!?」
「今度はできれば、俺以外に見られないようにね。じゃ」
そう言ってドアを閉めて行ってしまった。
私は筆を片手に、呆然と立ち尽くしていた。
頭の中でリフレイン。
俺は好き、ピンク色、さくらんぼ柄、俺以外に……。
私は思わず胸元を見る。さくらんぼ柄のピンクのブラがあるあたりに。
「…っ!!!」
言葉にならない声が思わず出て、顔が一気に熱くなる。
それでも胸がドキドキするのは悪い気分じゃなくて……
「や、やられた……」
……なんだ。やっぱりバッチリ見てたんじゃん。
そして思ったよりも、余裕しゃくしゃくだったのね。
ふと最後のセリフを考える。
深読みしていいのか、それとも誰にもかけてる言葉なのか……。
このドキドキとあの言葉。
コレはもしかして恋のはじまりにしてもいいんじゃないかって、勝手に思っても構わないのだろうか。
さくらんぼと同じ赤色の油絵の具が筆から垂れて、上履きに落ちてしまったなんて気づかない私だった。
( 次の進展は、望めるだろうか。それは君次第。 )
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