scene27*「空のかなた」

サイダーみたいにシュワシュワと感じる、好きというくすぐったい感情。

きっと今しか味わえないであろうこの恋を、私は楽しんでいる。




【27:空のかなた 】





真っ白な入道雲が青い青い空に広がる。

窓際の席からボンヤリとそれを眺めて、窓枠はまるで額縁で、青い空と白い雲はキャンバスに描かれた絵のようだと思った。


目前に迫った沢山の楽しみにみんなが夢中で、誰一人として先生の語る『夏休みの注意』なんてものを真面目に聞いちゃいない。


それを頬杖つきながら傍観している私は、退屈のあまりあくびをした。

そして目の前にはもう一人、私と同じく退屈そうにしている男子が一人。




シャーペンを使って、スーッと意地悪に背中をなぞると、

ビクンッ!なんて思ったとおりの反応をしたもんだから笑ってしまう。

怒ったように煩わしげに振り向いたサカイの顔は、ますます私を楽しくさせる。



正直言うと、私はサカイに恋をしている。

彼のことが好きだ。

この気持ちに気づいたのは高校2年生になってからだった。


中学も一緒で、高校入学してもクラスが一緒で。

サイダーみたいにシュワシュワと感じる、好きというくすぐったい感情は、もどかしいけれど悪いものではない。

とっても大切にしたくなるのだ。



「ねぇ、今年も部活三昧なの?」

「弱小だろーが楽しけりゃいーんだよ」


拗ねたように言うサカイはバスケ部で、いかにも暇そうな私は名ばかり写真部だ。

サカイは私のほうに椅子ごと振り返っては、私の机に肘をついた。


「お前は何か夏休みどっかいくの?旅行とか」

「あー。お父さんのほうのばーちゃんちに行くかも」

「え?どこ、どこ。土産頼むなぁ」

「ドロッドロに溶けたチョコレート持って行くよ」

「だからどこ」

「カリフォルニア」


そう、ウンザリしたように言ってやったら、目をまん丸にさせて驚いてやんの。

そしてすぐに目をキラッキラに輝かせて身を乗り出しながら聞いてきた。


「マジで!?ばーちゃんすげーな!!」

「ばぁーか!!嘘に決まってんじゃん。鹿児島だっつーの」

「ぁんだよ、ウゼー嘘つきやがって」

「そっちはどっか行くん?」

「あー、なんか北海道に行くらしーよ?」

「なんで疑問系なのよ。行かないの?」

「だってその日部活の大会なんだよ。次の日はライブ行くし」


誰と?

……なんて聞けるわけない。

言いかけたけどグッと飲み込んだ。


「大会の次の日にライブなんで元気あんね。どこ?東京?」

「うん。なんか東京ってさ電車の路線とかスゲーあんからマジ緊張なんだけど」


そう言ってさも深刻そうに胸に手をあてたサカイは、椅子ごと壁に斜めにして寄りかかった。

サカイの背後にある窓からは空が青く広がっていて、

白い雲とサカイのシャツのコントラストがなんだか眩しく感じた。


東京かぁ。行ってみたことは何回かあるけれど、

電車で2時間半もかかるから面倒くさいし電車賃高いし、

空気だって美味しく無さそうだから、行きたいって気持ちは私はあんまり無い。


だけど他の女の子は渋谷や原宿に行くとか、

冒険をするようにウキウキしちゃって計画を立てている。

私も誘われたけど生憎、鹿児島に行く日とダブっていたので断ってしまった。

高2にして既に進路を決めている子は夏休み中に下見に行くって言ってた子もいたのを思い出した。



みんなを見ているとすっごく楽しそうで、元気があってキラキラしている。

私もそれにつられてテンションが上がる人間ならよかったのにな。

しかしながら、そう思ってしまう私は、どこにだって行けないような気がして、半分絶望する気持ちになった。



終業チャイムが鳴ると先生は少し疲れたような笑顔で 「じゃ、あんま羽目を外さないように!また新学期でな!」と残して教室から出て行った。

その途端ワッと盛り上がり、さっさと帰る子もいれば、

この後暫く会えなくなるのを惜しんでおしゃべりや旅行会議を続行する子たちで、教室はしばらく賑やかなままだった。



その時、隣のクラスの男子が教室から入ってきて、サカイに声をかけた。

サカイと幼馴染なうえに部活が一緒のミヤジマ君だった。

背が高くて顔立ちも男前な彼が教室に入ってくると、女子の半分以上はついつい視線をやるくらいの人気者だ。

サカイを通じて私も何回か言葉を交わしたけど、中々爽やかでイイ奴だと思った。



「ごめんユウタ!夏休みのライブさ、行けなくなったんだわ」


単刀直入にサカイに謝るミヤジマ君は本当にすまなそうな顔をしていた。


「マジ?どーしたの」


サカイが聞くとミヤジマ君はちょっと言いづらそうに、頭をポリポリと掻いて答えた。


「あー……ちょっとばーちゃんの具合、よくないんだわ。見舞いと重なっちゃってさ。俺さばーちゃんっ子じゃん?だから行かないワケには行かないんだわ」

「前日の試合どうすんの?先輩には言った?」

「あ、試合には出る。終わったらその足ですぐばーちゃんとこ行く事になってる」

「そっか。それじゃ仕方ないよな。うん、こっちは大丈夫。ありがとな」

「マジごめんな。ホントさんきゅ。じゃ、また部活で!」


笑顔に戻ったミヤジマ君のことを、図体はデカイけど少し可愛いと思った。

そう思っていたら、サカイは気がついたように 私のほうを振り向いて言ったのだった。


「あ、じゃあさお前一緒に行かねー?」

「え?あたし?」


それなら好きな子を誘いなさいよ、なんて言いたかったけど、

そんな事言えば墓穴を掘りそうで怖かった。

喉の奥のほうで何だか空気がつまるような苦しさを感じる。


「……考えとく」


そう言ってさりげなく、あんた部活は?練習行ったら?と話題を変えると「あ!やっべ!じゃー行く何日か前にメールすんな!土産もよろしく!」と、鞄をひっつかむようにして慌しく教室を出て行った。

バタバタと廊下を走る足音が遠くなる。

サカイが他の奴に声かけられて「じゃ!」とか 「おう!」なんて廊下で反響する調子のいい声も、だんだんと遠くなっていった。




思わず頬に両手をあてる。

顔の熱を確かめるみたいに。

顔が熱くなったのはきっと夏の気温のせいじゃない。


額縁に描かれたような青い空と入道雲を眺めて、東京までの一日を想像してみる。

長い長い旅みたいだけど、きっとあっという間な一日を。


さっきまで少し息苦しい気持ちだったのに、一緒に遊べるって考えただけでもう浮かれてしまっている。

目を閉じて心に耳をすましてみると、

心地のいいしゅわしゅわした、くすぐったい感じがした。

唇の両端が無意識に上がっていることに気づいて恥ずかしくなる。



田舎ってやっぱり悪くないかも、なんて調子よく思っては椅子から立ち上がった。




( 頬が熱く感じるのは夏のせいじゃなくて、あんたに浮かれて熱が上がったからよ。 )

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