scene26*「ちょっぴり苦手」


ほら。

やっぱり苦手だ。



【26:ちょっぴり苦手 】



うちのクラスにはほっとけない感じの女子がいる。


小柄でそそっかしくて、からかわれやすくてすぐ何でも信じちゃって。

それなのにどんな時でもニコニコしていて天然で、まるでタンポポか陽だまりのような女の子だ。


今日だっていつも一緒にいる女子2人にちょっとしたことでからかわれて、でもすねたその顔がまわりからすると何か気になる小動物みたいで、余計にまわりはちゃちゃを入れたくなってしまう。


「ナカハラ君、今笑ったでしょ!もう!」

「ははは、笑ってないって」

「笑ってるし!」


タンポポや“お日さま”のような彼女は、名前だって陽だまりの春そのもの。


「ハルはそういう素直なとこが可愛いんだって~」

「そうそう!」

「ユカリンやナオちゃんまで!」

「可愛い可愛い」

「騙されないんだからねー!」


休み時間も昼休みもこの3人はいつも一緒だ。

ハルの保護者みたいなユカやナオが、いつもほっとけないハルの世話を焼いてるみたいな感じだけど、ハルのこのおとぼけ具合というか天然具合は作っているわけでもなく……。

つまり、素直で真っすぐな女の子なんだと思う。


この3人はいつも俺の席近くで喋るから、自然と俺も会話にまざるようになったけど、本当にコントを見ているようで楽しかったりする。

さっきまでハルがからかわれていたのにも

「ホクロはものによっては皮膚の深くまで染まり、ゆくゆくは周辺の細胞を破壊して腐らせる」という何とも分かりやすいデタラメホラーを、うっかり信じかけてしまったからだ。

しかしながらそれを話すユカやナオは本当に上手で、ハルが信じてしまうのも無理はないなと思った。

だってハルだから。


「しかし、ユカとか話すのうまいからそりゃー信じるわ」

「でしょ!ほら!」

「でも分かりやすいホラーではあるよな」

「ええ!?ナカハラ君の裏切り者!」


拗ねた顔を睨みつけるようにして俺のほうを見る。


あ、これ。


これだめ。

俺、ちょっと苦手。


「あー、はいはい。俺が裏切り者でした」

「みんなも騙されちゃえばいいんだ!本当に信じちゃうってあの言い方は~」


パッと顔の方向をユカたちのほうに向けたからホッとした。

正直まだ胸がドクドク言ってる。

だって、かわいすぎだろ。

可愛いんだよ。あの顔。


俺の様子を知らずにハルはユカたちにからかわれて頭をぽんぽん撫でられている。

その手を見ては、いいなぁと、ふと思ってはまた自分で恥ずかしくなった。


「あ、もうすぐ昼休み終わるからあたしトイレ行ってこよ」

「しまった!教科書忘れてたから借りにいかなきゃ!」


唐突にユカとナオがばたばたと教室をでる。

いきなり二人になった俺たちは、慌てて出て行った二人の背中を見送りながら

「じゃー俺らも席つくか」

「そうだね。今日ナカハラ君あてられそうじゃない?」

「まじで。そういうハルの勘あたるからヤベェな。心の準備しとこ」

なんて他愛ない会話をして席に戻ろうとした。


ハルの席は窓際の一番前。

ちょっと前までは教室の真ん中にいた俺の席の斜め前だったけど、席替えしてから離れてしまった。

と言っても、ハルの隣の列で後ろから二番目が俺の席だから、相変わらずハルの小さな頭を後ろから眺めているのには変わりない。

だけど斜め後ろからだいぶ離れてしまったから、大したことがない距離でも遠く感じる。

また席替えがあればいいのにと思うけど、席替えしたばっかだからそれも叶いそうにない。

そもそもクラスで一番小さいハルと、そこそこデカイ俺の席が近くなるってこと自体もうないかもしれない。

そんなことを思っていたら予鈴がちょうど鳴った。


机に腰かけてた俺の前を通って席に戻ろうとするハルはホントにちっちゃくて……


「ナカハラ君!?」


つい、ハルの頭に手を置いてしまった。


ハルのびっくりした声で、何てことやってしまったんだろうと我に返った俺は何て言い訳しようか焦った。

でもここで『小さかったから』とか言えばハルは絶対に本当に怒りそうで……。

コンマ数秒の早さで言い訳を考えた。

そして物凄いスピードで出した俺の答えは……


「で、デキゴゴロ……」


やばい、これも怒られるかな。

しかし、そう思った時、目を疑った。


真っ赤な顔したハルが、ビックリして目をまんまるくさせた。


そしてその後、恥ずかしそうに唇をキュッとむすんで、怒るでもなく黙りこくったまま目をそらしたのだ。


え?何だ今の表情?


そう思った瞬間、俺も顔が一気に熱くなった。そして手に汗が滲みそうだったから慌てて離してしまった。

何とも気まずい空気に、何か言わなきゃと思って謝った。



「……悪い、ハル」


「……デキゴコロ、じゃなくてもいいのに」


「え?」


今度は思わぬハルの発言に俺がびっくりしてハルを見てしまった。

するとハルは、いつもみたいにからかわれて困ったような怒ったような表情で俺を見上げてから「何でもない!」と言ったのだった。



ちょっとどころじゃない。


やっぱり苦手だ。この顔。


ほっとけなくなるぐらい、可愛くてしょうがないなんて。


今にも漏れてしまいそうなこの胸の音。

俺の胸あたりに耳が近いハルには、とっくに届いてるんじゃないだろうか。


むしろ届いてしまえばいいしハルも同じならいいのにと思った。



(  そんな顔するなんて、反則すぎる  )

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る