scene25*「本」

俺の彼女は、どうやら俺よりも本に恋をしているらしい。


【25:本 】



彼女が教室で読書をする姿に見惚れた。


あれはいつの放課後だったか、部活中に教室に忘れ物をして隣のクラスの前を通った時、クラスにポツンといたのが目についた。


窓から夕暮れの光が柔らかく差し込んでいて、その中で彼女は窓際の席で一人静かに読書をしていた。

きっと誰か友達を待っていたんだろうけど、俺は何となくその光景に見惚れてしまい、その次に何ていう名前なんだろうと思った。



そっからとにかく友達のツテで紹介してもらい、警戒心が強い彼女が俺とちゃんと話してくれるまで少し苦労した。

なにせクラスでのキャラも違うし、俺みたいな体育会系バカの事を、相容れない種族ばりに嫌っていたからだ。


俺はバレー部でも副キャプテンで結構信頼も厚いほうだと思うし、見た目だって自分で言うのもなんだけど、背もそれなりにあるし顔だって悪くないし人づきあいもいい。

正直言って女子には結構モテてきたから、自分の事を受け入れてもらえないなんて初めてだった。


アズサは友達は狭く深くなのか、いつも同じ友達と話している。

かといってクラス内で特別に浮いてるわけでもない。

そんなクールな雰囲気に裏切らず、スタイルだって華奢で折そうで今にも消えちゃいそうだ。


身長は背の高い俺と並んでも見劣りしないくらいで、周りからはスレンダーカップルとさえ言われているけれど、対象的な二人が付き合っているのはまわりからしたらやっぱり不思議に思うらしい。


「アズ、何読んでんの?」


珍しく部活が休みの俺は、アズに付き合って学校の図書室にいた。

アズはさっきからひたすら読書している。


放課後の図書室は人もまばらで、普段からこんなとこに来ない俺は時間を持て余してしまいそうだけど、アズが読書に没頭している様子を見るのが好きだから意外と飽きなかった。

俺は宿題を広げつつ話しかけると、彼女は目線を活字から離して答えた。


「『火星の人』今話題になってる映画の原作」

「面白い?」

「うん。主人公が逞しくてどんどん読んじゃう」


逞しさなら俺だって負けてないけど?って言いそうになったけど、言った後のアズのリアクションが何となく浮かんでやめた。

長い睫毛の目を伏せて、嬉しそうにページをめくる。

俺はこの表情がたまらなく好きなのだけれど、たまにはその表情で俺の事も見てくれたっていいのになって小さく思う。


アズは普段からメールもそっけないし二人で遊びに行ってもリアクションが薄くて、俺は正直脈なしなのこの恋を覚悟して告白したのだ。

どうしてOKしてくれたのかって一度聞いてみたら「これ以上毎日しつこくアタックされたら困るし疲れるから、いっそのこと付き合ったほうが楽かなって」と何ともまぁ落ち着いた答えだったのには拍子抜けした。


最初はアズの読書するだけの姿に惚れてしまったわけだけど、今となってはそれだけじゃない。

むしろ付き合ってからもっと好きになってる。


冷たいけど人を傷つけるような事は絶対に言わないし、周りの空気を読んだり推し量るのが上手だったり、自分を出さないだけでまわりのことをよく見て、すごく中身が大人だと思う。

部活で忙しい俺にも文句は言わないし、ほんとデキた彼女だなと思う。


だけど……アズは本当にそれでいいんだろうか。


俺ばっか好きだからかもしれないけれど、正直ちょっとだけ物足らない。

もっと近づきたいし触れたいと思うのに、アズからの距離がちっとも縮まらなくて、だから俺も迂闊に踏み込めない。

付き合う前はあんなにガンガン近づけてたのに……アズはどう思ってるんだろうか。


俺だけの一方通行の想いで始まった恋だけれど、それでも付き合うことになったんだし堂々とお互いの事知れるチャンスだから、もっといいところも見せたいんだけれど。


目線を活字に戻したアズは、俺の気持ちなんて知らなさそうだ。

同じ気持ちを押し付けたら、やっぱりどうしても同じくらいの気持ちをこっちに押し付けて欲しいのになって欲目。

きっと呆れられそうだけれど、確かめたくなってしまった。


「アズに教えて欲しいことがあるんだけど」

「宿題?どこ」


アズはそう言うと、本を置いて俺が広げているノートを見る。


「宿題じゃなくて」

「……何?」

「本と俺、どっちが好き?」


…………何もそんな無表情にならなくたっていいじゃんか。

アズは突然の質問に「日本語ワカラナイ」ばりな表情をして固まった。


「そこまで究極の選択?」

「いや、比べるものじゃないでしょ」

「じゃあ、俺の事好き?」

「それって、ここで話すことじゃないから、ここでは言わない」

「ここ出たら教えてくれる?」

「それは……」


アズが言いかけたところで、どうやら私語を続けている俺らは司書に睨まれていたらしい。

司書がわざとらしい咳払いをしたので、アズは観念したように溜息をついて、本を棚へ戻しに行った。

俺は筆記用具を慌ててカバンにしまい、アズのカバンも一緒に持って図書室の出入り口へ勝手に向かったら、本棚から戻ってきたアズが「してやられた!」って表情をしていた。



3階の図書室から1階の下駄箱へ向かいながら、俺は再びアズに聞いた。


「俺の事好き?」

「好きもなにも……付き合ったばっかだし。まだわかんない」

「じゃあ嫌い?」

「嫌いでは……ないと思う」


子供じみた俺の質問に、不愉快なのか眉間に皺が寄っている。

だけど、嫌いではないと言った瞬間、ちょっとだけ恥ずかしそうに目を反らしたので、どうやら初対面の印象からは抜け出せたようだと思った。

そんなとき、アズがふいに言った。


「アサクラは私の事、この学校に入って初対面って思ってるみたいだけど、本当は私、あんたのこと前から知ってる」

「え!!??」


突然の告白(?)に俺は素っ頓狂な声を上げる。俺は立ち止まってアズの顔を見た。

アズはこれまた恥ずかしそうな顔をして、言った。


「私もね、中学までバレーやってた。私の中学に練習試合でアサクラの学校がきたことあって、それで見かけた」

「なんで言ってくんなかったの!?」

「だって私がバレー部だったって知ったら試合とか見に来いってすごく誘うでしょ」


そりゃそうだ。だって俺の一番かっこいいところってバレーやってる時しかないし。

思ってることが顔に出てたのかアズは苦笑しながら「ほらね」とお見通しだった。


「だってアサクラ、あんた中学から有名選手だったもん。エースアタッカーで高校だってどこからも引っ張りだこだったでしょ?うちもすごく強い学校だったけど、まさか同じ高校だなんて思わなかったからビックリした」

「アズは何で高校でバレーやらないの?」


俺は普通に疑問に思ったことをぶつけると、アズはきょとんとした顔で言ってのけた。


「だって、これ以上のっぽになりたくなかったんだもん」

「それ!?」


「それしかないでしょ。だって私より背が高い男子ってバスケ部かバレー部以外いなくなりそうだったし、これで高校まで部活やって伸びまくっちゃったら恋人作るのにすごく選びそうだなって。それに、高校はもっとゆっくりのんびり過ごしたかったし。もともと読書が好きだから文芸部も入りたかったしね。ま、その文芸部も二週間に一回ペースでしか活動してないけど」


「その……アズは、バレーがキライってわけじゃないよね?」

「うーん。キライじゃないけど好きってわけじゃあないかも。練習キツイしかなかったから」

「じゃあ、俺の事もそんな感じ?」


ポロっと出た俺の本音に、アズは一瞬考えてた。そして


「……なんで私なのかなって思う。アサクラ、私とタイプが違うから」


アズの声がいつもよりやけに色がなくなった気がした。

立ち止まった俺たちに、廊下の窓から西日がさす。

それは眩しくて顔を覆いたいくらいなのに、でも何故かそうできなかった。アズのまっすぐな視線に似ていた。


「アサクラこそ、どうして私の事を好きになったの?どこを?私のほうがずっと知りたい」


アズの艶やかな肩までの髪が、西日に充てられて本当に天使の輪っかみたいになってる。

そう言えば、初めてアズを見かけた時もこういう光があったなって思い出していた。


「一目ぼれに決まってんじゃん」


気が付いたら、そう口にしていた。

アズの切れ長の目が、まるく驚いたかたちになった。


いつも落ち着いているのに、俺がアズの思惑とは意外なことを言った時に見れるこの表情も、付き合ってから知って好きになった。


「理由なんかねぇよ。そんなに必要?」

「必要ってわけじゃ……ない、けど。でも」

「一目ぼれなんだからしょうがないだろ。じゃあアズはなんで付き合ってくれたの」

「……だってそれは、食いさがらなかったというか……」

「じゃあ、もうしつこくしない」

「え?」

「だってアズ、俺がしつこくしても腹ん中もキモチも教えてくれないから」

「……なにそれ」


なかなか本音を見せてくれないアズに少しイラついてたのは本当だけど、自分でもこんな冷たい言葉がでるとは思わなかった。

俺はアズの顔を見つめ続けると、アズは気まずそうに逸らし、手がスカートをぎゅっと握ったのがわかった。

そして口をむすんだかと思ったら、何かつぶやいた。


俺はそれが聞き取れなくて「え、何?」と咄嗟に聞くと、アズは目をそらしたまま……と思ったら、目には涙が滲んでいた!

ちょっとそれ、今は卑怯じゃないか!?そもそもアズが泣いてる!!??


俺は一瞬にして「ちょ……!え!?どうした!?」と慌てた。

アズは涙をにじませながら言った。


「だって、信じられるわけないじゃん!中学の頃のスーパースターみたいな選手がさ、同じ学校だけならともかく、私のこと一目ぼれとか、好きとか、わけわかんないに決まってるじゃん!それだけでビックリなのに、自分の事好き?とか聞かれても、まだ頭も心も追いついてないんだから!」


キッと睨みつけられるように、怒りながら泣くアズは…………綺麗だしすごく可愛かった。

いつも取り乱さない彼女を見て俺は呆けた顔をしてたのか、アズはますます怒って「聞いてんの!?」と言った。

俺は慌てて「き、聞いてる!」と答える。

するとアズは何か気持ちがプツンと切れたのか続けざまに言った。


「好き?って聞かれてもまだ何も追いつけないのに、そもそも付き合ってからデートもアサクラの部活忙しいから全然できないし、もっと話したいなって思うことあるけど、アサクラ疲れてるからメールしてても寝ちゃうし、休み時間だって男友達ばっかりといるし!でも私があんたんとこいけばお互い背が高いから目立つしからかわれるし!」


「放課後は部活で会えないし、休みも試合続いてるから会えないし、メールも寝ちゃうし……私は本読んでるくらいしか、時間つぶせないもの。寂しいの誤魔化すのに、それしかないんだもの」


……そっけないメールは、もしかして俺のせいだった?

どんどん出るアズの本音に、俺は何も言い返せなかった。

アズはまくしたてるように言ったあと、一息ついて……俯いて小さく言った。


「アサクラは、どういう彼女が理想なのか分かんないけど……私だって……話したいことや知りたいこと……あるのに」


なんてこった。

アズとの距離が縮まらない原因は……遠慮させてたの俺じゃん。


俺は、自分に対してため息をつくしかなかった。……そして、アズの肩をつかんだ。

アズはびっくりしながら顔を上げて、俺と目を合わせた。

それを確認した俺は言った。


「ごめん!……俺、アズのこと、勘違いしてた。落ち着いた距離が好きなのかなって……俺が遠慮しちゃってた。そりゃ、アズも遠慮するわな。俺がそうさせてたってことだもん」


アズの目はうるうるしてて、鼻が少し赤かった。

一時間前のアズからは想像がつかない顔だった。

でも俺、性格悪いなぁ。

だってこんな表情見て「やっとこういう表情が見れた」ってちょっと嬉しくなってんだもん。


「アズ、俺ほんとにアズに一目ぼれしたんだ。それで付き合ってもらえることになって、何か安心しすぎてたみたい。……とりあえず、今アズが好きな本、貸して!」

「は?本??」

「うん。本」


アズはびっくりしていた。当たり前か。

だってこんなこと突然言い出すなんておかしいに決まってるもんな。

でも、近づくにはこれしかない。


「だって、アズはもうバレーは知ってるわけだから、俺もアズの好きなもの知らないとフェアじゃないじゃん。……アズと、もっと話せるようになりたい。アズの好きなものを知りたいし、それで色々話して俺の事もっと知って、俺の事好きになってもらおうかなって。だから、アズの好きな本、貸して」


アズはきょとんとして「……うん」と答えた。

そして「……今あるけど」と言って、さっそくカバンからカバーのついた文庫を出した。常にあるんだ……。

自分で言いだした癖に、読書があまり得意でない俺は、今になって読み切れるか心配になってきた。


「これ」


アズが差し出してくれた本を受け取る。

ページをめくって本のタイトルを確認すると『3時のおやつ』という本だった。


意外なタイトルに俺はアズの顔を見たら、アズは恥ずかしそうに「なによ」と拗ねた。


「だって……意外」

「意外とは失礼ね。ちゃんとした作家さんたちのエッセイです」

「でも、アズもっと難しそうな本読んでそうかと」

「今日読んでた本がたまたまこれだったの!」

「あははは」

「笑わないでよ!」

「ははは、ごめんごめん。いや、なんか可愛いなぁって」


可愛い、俺がそう言った瞬間、アズはイチゴのように顔が真っ赤になった。

そして「か、かわいく、ないし。こんなデカイの……」と顔を片手で隠し、もう片手で俺を遠ざけるようにした。

けれえどそのアズを見たとき、何だか胸がきゅーーーーーん!となりたまらず口にした。


「デカイとか、俺思ってないから!だって俺のがデカイし!」


勢い余ってつい声が大きくなってしまった。

アズはびっくりしながらも泣きそうな顔をし、何かを我慢する見たく口をきゅっと結んだ。

いや、もしかしたら俺はいつもアズにこんな表情をさせていたのかもしれないと思った。


さっきまでヒリヒリしていた空気はどこにもなかった。


「……アズ、とりあえず」


今日は手をつないで帰ろ。



俺は、アズがもう逃げられないように、アズが拒否する前に手をとって言った。


始めていたと思っていたら、まだ何にも始まってなかった俺たち。

もっと色んなアズが見れるように、アズももっと俺の事近づいてきてくれるように、今日はとりあえず離れずに歩こうと思った。アズの好きな本の話でも聞きながら。



( 今日がほんとの「二人のスタートの日」 )

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