scene33*「お出掛け」
せっかくおめかししたのに!
まったくもって女心わかってないんだから!
【33:お出掛け 】
カーテンを開けて、久しぶりのデートを喜ぶかのような晴天を目にした瞬間のウキウキした心を返してほしい。
“ごめん、サチカ!先に友達と約束したの忘れてた!”
遅刻しないか確認したメール。大丈夫だろうと思いつつ電車に乗った時に連絡するも、返ってきた返事がそれだなんて冗談にもほどがある。
私はありったけの腹立たしさを込めて、パンケーキに乗ったフルーツをフォークでぶっ刺した。
なによ、私の彼女の立場っていったい何!?
そりゃ地方からの友達が仕事ついでにこっちにきてて、案内ついでに飲むってなったら行かないわけにはないけれど、それにしたって私との約束をうっかり忘れてたなんて信じらんない!
結局、待ち合わせ場所にあれよあれよとついてしまった私は、やけになってショッピングをすることにしたのだった。
かといって、心躍って洋服やアクセサリーを見れるわけがない。
歩き続けるのもバカバカしくなってきて、せっかくならと人気のパンケーキを贅沢に楽しむことにした。
何故なら、彼氏は甘い物が大好きなくせに行列は大嫌いで、デートの時には絶対に行けない店だからだ。
やけくそになった私は、何が何でもパンケーキ食べてやるっていう執念の元に40分待ちの行列も苦にならず、悲しいかな「おひとり様ですね。こちらの席どうぞ」と、店内ど真ん中の二人席を案内されたのだった。
ハワイからやってきた!といった謳い文句のパンケーキ店は、きた当初はテレビにも雑誌にもとりあげられて、そりゃあ1時間以上待つのは当たり前!ってほどだった。けれど今は比較的落ち着いてきたのか、40分待ちといいつつも30分くらいで入れたのだからラッキーだ。
店内はハワイアンな音楽が流れていて、明るいクリーム色の壁紙に窓のサッシは白木の枠がはめられていて、ちょっとだけレトロ感のある内装になっている。
南国を思わせるような観葉植物がところどころ飾ってあり、各テーブルにあるシュガーポットもアンティークガラスのデザインでこりゃあ女の子に人気になるなと思った。
ここの目玉メニューは3つあり、メープルシロップと生クリームがたっぷり乗せられたパンケーキと、3種のベリーがこれでもか!ってちりばめられたパンケーキ。
極めつけはソーセージとサラダがトッピングについてとろりとしたチーズと温泉卵が乗ったお食事パンケーキだ。
この3種類はどれも魅力的だったけれど、一度は食べてみたかったベリーがたくさん乗ったパンケーキにした。
だって、よしんぼ家でホットケーキつくったって、こんなにたくさんのベリーを乗せるなんてできないし。
やっとやっと待ちわびて目の前に運ばれてきたそれは、とっても色とりどりで見ているだけで可愛かった。
思わずケータイを出そうとして……やめた。
一人で来て、一人で写メるのは……そりゃやるときもあるけれど、何となく今は惨めな気がしたから。
ええい、もういっそのこと思いっきり食べつくしてやる!
そんなこんなでイチゴをぱくついた。
口の中に甘酸っぱさが広がって、それだけでも幸せな気持ちになる。パウダーシュガーのかかったパンケーキも一口運ぶと、なんともふわっふわで卵の味が濃厚なことこのうえない!
「こんなに美味しいパンケーキ、世の中にあるんだ!」と感動しそうになった。
あーあ。
ユタカもこれ、ゼッタイ好きなのに。
甘いもの大好きだから、喜ぶだろうなぁ……。
ふと、そう思って手が止まった。
久々に会えるから、おめかししてきたのに。
可愛くしてきたのに……。
なんだよもう。
一人じゃ全然楽しくないよ。
どうしても楽しくなるはずだった今日を諦めきれなくて、再び悲しくなり始めていたその時……ケータイに着信があった。
画面を見ると、高校からの友達で今でもたまに遊ぶマユコからメールだった。
内容を見ると……『左斜め前の窓際見てみ』……?
何だろうと思って、とりあえず左斜め前の窓際を見る。
するとそこにいたのは紛れもなくマユコだった。
それも一人で。
マユコはケータイを片手にヒラヒラと私に手を振った。
私はジェスチャーで「一人?」と聞けば、マユコはニコニコしながら頷きまくった。
そうと分かると私は店員にマユコと相席させてほしいと伝えて、席を移らせてもらった。
「マユコ、どうしたの!?びっくりした!」
「私こそびっくりしたよ!サチカこそどうしたの?」
「えへへへ……実は、彼氏にすっぽかされて一人でやけ食いしてた」
「えっ……!」
マユコはビックリして、紅茶を飲む手を止めた。
そりゃあ……何とコメントしていいかわかんないよね。こんな気まずい事言われたら。
これ以上気を遣わせるのも悪くて、私はマユコの一人パンケーキの事情を聞こうと思って明るく聞いた。
「マユコこそどうしたんだよ~。私の質問に答えてないじゃん」
「いやぁ……」
今度はマユコが明後日の方向をバツが悪そうに見た。
そして、うへへへとさっきの私みたいな笑いをしてから答えたのだった。
「実は、あたしもサチカと一緒で……ショウタにすっぽかされた。社会人野球だって」
「えー!」
「……で、サチカと同じに、やけ食いしようと思ってここに来た。だってここ前からあたしすっごく楽しみにしてたんだよ!?酷くない!?社会人野球なんてついてけばさ、終わった後の飲み会まで付き合わされるんだから!」
熱弁するマユコの怒りもごもっとも。
私はパンケーキにパクつきながらマユコの怒りを頷きまくって聞いていた。
マユコは高校の頃からずっとショウタ君と付き合っていて、まさに付き合いは7年といったところだ。
当時からしっかり者のマユコに、お調子もののショウタ君はぴったりのカップルで、今はマユコは都内のOL、ショウタ君は地元で消防士になっている。
結婚とかそろそろ考えてたりするのだろうかとも思うのだけれど、そこを突っ込むのはあまりにもデリケートすぎてお互いなかなか聞けなかったりするものだ。
「久々のお出掛けだったし、せっかくおめかししてきたのにやんなっちゃう」
「私もそれ!せっかくユタカと会うのに、ユタカが好きそうなピンクのワンピース着てきちゃった自分がバカみたいになっちゃった」
「私もだよー。気合い入れて新しくおろしたワンピ着てきちゃったよ。ホント男って信じらんないよね」
マユコもブルーの着心地良さそうな生地のワンピースを着てきていた。
私と同じくマユコも彼の為に選んだワンピースを着てきたんだと思うと、いじらしさにキュンときた。
「ねぇ、マユコ。このあとってどうする?用事とかある?」
「用事も何もないって。サチカこそ、何にもなかったら今日一緒に遊ばない?夜もこの際美味しい料理にお酒飲んで酔っ払っちゃおうよ」
「酔っぱらうの、夜で良いの?」
「……昼から行っちゃう?」
「立ち飲みワインバルがこの近くにあった気がするからパーッと行こう!白めっちゃ飲みたい!」
「じゃ、あたしスパークリングにしよ!」
お喋りしながらあっという間にたいらげてたパンケーキ。
それでもニヤニヤしながら次のお店を既に決めてるんだから、女の子胃袋ってどうかしてるって話。
私たちはそうと決めたらお店を出て、街を歩いた。
たくさんのブランドショップが立ち並ぶケヤキ並木の大通りはたくさんの観光客でにぎわっている。
きちんとおしゃれしてるマユコを隣に見て、こんな可愛いマユコを見ずに野球をとったショウタ君は相変わらずだなぁと思った。
男っぽいというか何というか。
こうなったら今日は私がショウタ君の代わりにマユコの可愛さを堪能してやろうじゃないか。
「今日すごくいい天気だねー!」
「ほんと!遊ぶにはサイコーじゃん!」
通りには木漏れ日のスポットライトが光り輝くようで、どちらともなく思わず腕を組んで歩いてしまった。考えたら友達とこんな風に遊ぶのなんて久しぶりかもしれない。
休みの日は何だかんだユタカと会ったり、家でついのんびりダラダラ過ごしてしまっていた。だけど今はそれまでの自分にちょっと反省して、もうちょっと女を楽しまないとなぁと思った。
「ここじゃない?」
「あ、そうだ。けっこうみんな昼から飲んでるねー」
通りに面したワインバルは、スペイン風のおつまみがリーズナブルな値段でオーダーできるお店だ。
オープン式になっていて、雑誌で読むには、夜は仕事帰りの人で賑わっていることが多いらしい。
日曜の昼だとどうなんだろうと思っていたけど、昼は昼でみんなのんびりお酒を楽しんでいてとても雰囲気が良かった。
地元にはこんなオシャレなお店がないから余計に嬉しくなってしまう。
やっぱりお昼からこんな風にお酒楽しみたいよね。
店内に入ると、ちょうど壁際にテーブルが1つ開いてたのでそこにした。
スプリングコートを壁にかけて、メニューを見る。
さっきパンケーキ食べたばっかりだけど、そんなことすっかり忘れてしまっている私たちは、お目当てのワインとおつまみを2種類頼んだ。
「やっぱり女子同士で気兼ねなく昼酒って最高すぎなんだけど」
「デートはデートでいいけど、やっぱ女子同士って格別な楽しさがあるよね」
「そもそもあいつらも、今頃男同士で楽しくはしゃいでるんだから、私たちは私たちで楽しまないともったいないよね」
「外でこんな風にワイン飲むの久々かも~。家でもついビールにしちゃうし」
「マユコ、ビール飲めるんだ!?私まだ苦いのだめで味覚がお子様だよー」
「え!?逆にサチカ普段は何飲んでんの!?」
「えーと……ほろほろ酔いのシリーズ」
「あれある意味ジュースじゃん!」
「でも、弱いわけじゃないよー。たまに家でワイン飲むし。ビールだめなんだよね。あとハイボールも」
「私、ビール党だしハイボールも超すき」
「あはははは。じゃあ私たち真逆だ」
お酒も入ってイイ感じに楽しくなってきた。
そんなとき何気なく通りに目をやると……一人の女性が目に入った。
ちょうどお店の目の前で、ケータイを見ながら立ち止まっている。
周りの人はせわしなく歩いているのに、彼女だけ時間が止まったように、顔から表情も消えている。
ちょっと待て。あの顔……見覚えがある。
私はマユコの肩をつついて確かめようと思った。
なぜならマユコも知ってる人物だったからだ。
「マユコ、あれさ……」
「あれっ。ナナじゃん。え!?なんかこの偶然すごくない!?」
「でも何か様子がおかしいよ。オシャレしてるし、デートかもしれないけど……」
「ちょっと行ってくる」
「え!?」
マユコは思い立ったらすぐ!って性格なのでテーブルを離れて確認しに行ってしまった。私も一緒にテーブルから離れるわけにはいかなく、とりあえず様子を見る。
ナナも同じ高校で、私との仲にいたっては小学校からの幼馴染だ。
小さいころよく一緒に遊んだりしてたけれど、大学からナナは一人暮らししてるから、大人になってから遊ぶなんて数えるほどくらいだった。それでも年賀状のやりとりはしてたし、元気そうかと思ってたけど……。
マユコに肩を叩かれたナナはびっくりしていて、でもやっぱり何だか元気がなかった。
マユコとしばらく話していて、するとナナは驚いた顔して私のほうを見た。
思わず手をふると、ナナは笑ってくれた。
そして遠慮がちに私がいたテーブルにマユコと一緒にきたのだった。
「ナナ、どうしたの?すんごい偶然で、一瞬目を疑っちゃったよ。昼間酒で良かったら何か飲む?」
私は一人分のスペースを空けて、ナナを誘導した。
ナナは申し訳なさそうに笑いながら私たちのもとへやってきた。
「私も急にマユコに話しかけられてびっくりしちゃった。そしたら二人、一緒なんだもん」
「ほらほら、メニューあるよ。飲める?」
マユコは卓上のドリンクメニューをナナに差し出した。ナナは少し迷って、白ワインをオーダーした。
やっぱりどことなく元気がないような気がして、私は単刀直入に聞いた。するとナナはやっぱり気を使って笑顔を作っていたのか、しゅんとしぼんで言った。
「実は、ホントは彼氏とデートだったんだけど、急に出勤になっちゃって会えなくなっちゃった」
「ありゃりゃ。彼氏何してる人?サービス業?」
「ううん。SE。一応土日休みなんだけど、結構システム障害とか何とかで急に呼び出されたりとかあって、こういうこと珍しくないんだよね。……だけど今日はさすがに落ち込んじゃった。」
オーダーした白ワインが運ばれてきて、3人で改めて乾杯する。
ナナは白のシフォンワンピースにデニムジャケットの可愛らしい服装で、本当に彼氏と会うの楽しみにしてたんだなぁって私でも分かった。
「サチカもあたしも、実は今日彼氏にドタキャンされた組なんだよね。悲しい偶然だけど」
「うそ!え、ほんとに偶然…?」
「偶然じゃなかったら悲しすぎるっての!たまたま会って、せっかくだから女子デートしちゃおう!って流れでとりあえず昼間から飲んでた」
マユコが笑って言うのと同じタイミングで、二人してワイングラスをまた乾杯させた。その様子にナナがふきだす。
「あっ、ナナ笑ったな。ナナだって既に立派な仲間だからね」
「まぁ、悲しいことだけど私も今日は女子デートに入れてもらっちゃおうかな。夕方会えるかもって話になったんだけど、何か疲れてそうだからまた今度にしようって私から言っちゃったばっかりなんだ。実は」
「ナナ、あんた優しいねぇ……あたしなんてショウタに、この野球バカ!って言ったばっかりなのに」
「私だって、友達と会う彼氏に楽しんできてねって言っても絵文字は怒ってるからね」
「そんな偉いもんでもないよー。今度絶対埋め合わせしてよねって言ったもん」
3人でそれぞれ話しながらお酒をくいくい飲んでいく。
おつまみも2種類追加して、久々の顔合わせに色んな話が止まらなかった。
何だかんだ言いながらみんな彼氏とは仲良くやってて、だからこそ楽しみにしていたデートで「せっかくおめかししてきたのに!」っていう女心は男なんて気にせずで、そこがまた悔しいよねって笑い合った。
「ほんとこっちはお出掛けでウキウキしてるのにさ、向こうは全然服装とか気にかけないんだから」
「せっかく可愛い服に靴とかはいても、ヒールなんてどうせ疲れちゃうんだからスニーカーとジーパンで良いのにって言うんだよ。たしかに分からなくもないけど、でもそうじゃないじゃん!女の子っぽくしたいじゃん!」
「わかる!あとすごい無意味なの、下着じゃない?」
「ほんとそれ!結局見てないっていうか、旅行とか気合入ったデートの時とかお気に入りのとか可愛いのするけどさ、結局むこう見てないの。分かっちゃいるけど、絵的にもうちょっとリアクションくれよってなる」
「メンズの下着ってアホみたいに安いのに、女子のだけセットであんなに高くて不公平だよね。けど安すぎると体に合わないし、ほんと難しい」
「やっぱりいくつになっても可愛いって言われたいよね」
「ほんと」
「可愛いって言われるだけで全然心の中違うよね」
「今日もせっかくおめかししたのになぁ……」
「…………」
「…………」
「二人とも、今彼氏の事考えてるっしょ」
黙りこくったマユコとナナに言ったら、ニヤニヤ~っと笑ったもんだから図星だったようだ。
「そういうサッちゃんだって、ユタくんのこと考えてるでしょ」
「えへへへへ」
「ほーんと、あいつら勿体ないね!」
「ほんとほんと。もう今日は女子会楽しんでる私たちを見せつけてやろうよ」
「ナナ、強気だね~」
「だってこんなに可愛い女子をほっとく男が悪い!」
そう、ワインをクーッと飲みきって、ナナはバッグからケータイを出した。
そしてカメラを起動して私とマユコに「画面、入って!二人にも送るから!」と言ったのだった。
私とマユコは楽しくなって、グラスを掲げると、ナナの「いくよ!はいチーズ!」という声を合図にしてシャッターが切られた。
「なんかいいじゃーん」
「うん。みんな可愛い可愛い」
「じゃ、二人に送るね~」
「さんきゅー」
「きたきた。じゃこれショウタに送ろう」
「私もユタカに送る。いいもん。実際ほんと楽しいし」
「今日はこのあとどうする?」
「そういえば近くに大きいショッピングモールできたって聞いたけど行ってみる?」
「なんか海外ブランドで日本初出店のが入ってるって言ってるやつ?」
「そうそう。あとそこの近くにあるロブスターロールがめちゃくちゃ美味しいらしい」
「うっ……パンケーキに続き、ワインにおつまみに結構お腹いっぱいなはずなのに、ロブスターロールとかめっちゃ気になる……」
「パンケーキ!?二人ともパンケーキも食べてきたの!?太るよ!」
「こういうときの女子の胃袋ってどうかしてるからしょうがないって」
「ほんとそれ。ウケるんだけど」
「ロブスターロールか……」
「ナナもめっちゃ食べる気満々じゃん!」
「だって私はパンケーキ食べてないもん!」
「もう今日はお出掛け楽しむぞー!」
「「おー!」」
オチがない会話でも、いくらでも笑えてしまう。
思い立ったら何とやらで、もうみんな心は次のお店に行きたくてソワソワしている。
これだから女心は次から次へと忙しい。
もう済んだ事にはかまってらんないくらいに。
せっかくおめかしたのに流れてしまったデートも、既に許してしまいそうだ。
この偶然に、ちゃんとおめかししてきて良かったかもしれないって、それぞれ心の中でちょっとだけ彼氏に感謝をしたのは女同士の秘密の話。
( 恋は女の子をいつだって綺麗に可愛くさせる )
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます